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運命のデュエット(運命 改題 長いバージョン)


(SE) (風でバタバタ旗が翻る音)

 

語り手 秋の風が立ち込めていた。城壁の旗は激しく翻っていた。そこへ、伝令の兵士が帰って来た。


(SE) (鎧がカチャカチャ鳴る音)


伝令 申し上げます! 先鋒の騎馬隊が敵にぶつかりました。手はず通り、将軍は退却しておられます。

 

恐らく敵は、我らを侮り追ってくる。引き続き敵味方の様子を見つつ報告するよう。

 

伝令 はっ!

 

(SE) (鎧がカチャカチャなる音)

 

語り手 本営の中央には、一人の若い男がいて、その左脇に、若い女性が座っていた。そのほかに数人の者がいた。女が話し始め、男が応じた。

 

あの時の事を思い出します。

 

あの盗賊どもの事か。

 

はい。四年ほど前になりますか。

 

お互いに青かったな。

 

私(わたくし)もあの時は、少々、やり過ぎました(くすくす)。

 

語り手 他の者たちが、この話を聞いていて、怪訝な顔をした。大軍が攻め寄せ、諸将は出払っているのに、このお方は、夫人を本営に連れてきて、昔語りをしておられる。「大賢は愚に似たり」とは言うが、本当に、皆が言うような優秀な人なのだろうか。

 

あなた様は、先を見通せる気味の悪い子だと言われていましたね。遠くの戦(いくさ)の勝敗までわかると。

 

幼少の頃は、化け物扱いされて孤独だった。そんな時に、お前に出会った。お前は、私の奇妙な夢の話を面白がってくれた。

 

私も似たような夢をたびたび見ていましたから。夢の中では、私は別の人間で、複雑なカラクリを作っては喜んでいました。父は、あの性格ですから、私の見た夢の内容を気味悪がるどころか、面白がって、記録するほどでした。あなた様の夢も聞いていて、私も、たいそう面白うございました。

 

夢の中で、わしは小僧であった。触ると文字や絵図が写るカラクリを来る日も来る日も扱っていた。不自然に整った文字がたくさん書いてある書物もあった。それらが、膨大にあった。わしは、部屋に籠って、そのようなものばかりを読んでいた。

外が怖かった。弄ばれたことがあったからだ。それは、それは、酷い扱いを受けた。それについては、思い出したくない。その夢の中でも、わしは変わり者だった。人と違うという事が、許されない、酷く狭い世界で生きていた。閉じ込められたように生きる、わしにとっては、その書物を読みながら、そこに登場する人たちを想像するのが何よりも慰めであった。どのように、この人たちが躍動したのか……そのような常軌を逸した夢の話を、家族に話しても相手にされるはずもない。夢の中だけでなく、現(うつつ)でも居場所がない折に、お前に出会った。お前はわしの言う事を面白がった。そなたの父上も、面白がった。わしにそなたら親子は大層親切にしてくれた。

 

(くすくす笑う)あなた様は、あれほど詳細に世の中の情勢を言い当てるのですから、人々が訝しがるのも無理はありません。

 

……わしが夢の中で読んでいた書簡には、様々な事が書かれていた。その内容が、現実と一致する事が多い。断片を繋ぎ合わせてみると、それは歴史書のようだった。詳細な地図や地名、起こる戦いや変事が……そして、それに関わる者たちの名前が載っていた。予想はそれで当たりをつけているだけだ。もし、前世というものがあるなら、わしは、それを夢で見ているのだろう。

ところで、お前の御父上は、こんな事を、おっしゃっていた。お前が幼い頃、こんな事があったそうだな。井戸の滑車の縄が切れて、付け直そうと縄が用意された。「縄が短い」と即座にお前が言った。皆、怪訝な顔をした。測量をしたわけでもないのに、お前がそんな事を言ったからだ。測ってみると本当に長さが足りなかった。

 

はい。短いとすぐにわかりました。そんなことが何度かあって、私は、物の形や大きさ、位置、重さなどを頭の中で、測り描く事が人より長けているのだとわかりました。様々なカラクリの仕組みが見ただけでわかりました。これは稀有な才能だと、父も愉快そうでした。

たびたび見る夢の中で、私は小娘で、やはり金物(かなもの)の精緻(せいち)なカラクリばかりを触っておりました。酷く燃えあがる粉や液体、おのずから長い間、動き続けるカラクリ……それらを、思い起こして、それの模型を木で作ってみたり。幼い頃から、そんなことばかりしていました。「女の癖に、なぜ、そのようなことをする」と母にはよく怒られたものです。私も、あなた様と同様、前世の時の心得があるのかもしれません。

そんな時に、私は、あなた様に出会いました。私と同じ。このお方はこの世界の枠を超えた才知を持っている。このお方と何かをしてみたい。そう思ってしまったのです。

 

……村を襲った馬賊(ばぞく)どもを仕留めたあの罠も、見事過ぎた……村には粗末な木材や縄くらいしか無かったものをお前が采配して皆に作らせ仕掛けさせた。

 

いえ。あなた様が、馬賊どもを巧みに誘導したからこそでございます。

そもそもの始まりは、盗賊に村の者が襲われて死者が出たことからです。その折に、旅の御方が……廖化(りょうか)様と申しましたでしょうか。大層武芸に秀でた御方でしたね。その廖化様がその盗賊を打ち殺し、命が助かった者がいました。しかし、近隣に出没する盗賊どもの数を思えば、それは馬賊どものほんの一部で、報復のため、本隊が押し寄せてくる可能性が高い、と、あなたは言いました。

それで母を通じて領主さまに兵を出してもらうようお願いしたのですが「馬賊どもは居所を頻繁に変えていて、ひとときに捕まえるのは難しい。兵がいれば賊は警戒して来ないだろうが、賊が諦めるまで、いつまでかかるというのだ。そもそも、屯所(とんじょ)もない場所に長期間、兵を置けない」。と断られてしまいました。

それで、あなた様は、皆が驚く事を言いだしました。「お母上を通じて領主さまに伝えてくれ『兵はいりませぬから、駿馬一頭と、できるだけの数の荷車をお貸しください。さすれば、賊を一人残らず討ち取ってご覧にいれます』」と。

 

その策くらいしか思いつかなかったのだ。領主さまとゆかりがある、お前の御母上がいなければ、あの策は立てられなかった。

 

村の皆を説得して、あなた様は、あの葦原(あしはら)の小道に、私に罠を作るよう命じられました。馬賊どもの本隊が近づいて来た時に、手はず通り、廖化殿は騎馬で馬賊どもの前へ出て、彼らを挑発して逃げました。村の者たちも、手はず通り、あまたの荷車を押して移動しつつ逃げ出す振りをしました。それを遠くで見た賊どもは廖化殿を追わず、村人たちを追うために、近道に入って来た。私がたくさんの罠を作っておいた、あの狭まった葦原の小道に。

 

いや、あれは凄まじかった。あれは……凄まじ過ぎた。しかし、その凄まじさの噂が広まったお陰で、他の盗賊団も震え上がり、村に手出しをできなくなったのだが。    

 

はい……父にも叱られました。「穴に落ち、体を貫かれ、火に焼かれ、泣きながら死ぬ者を見て、お前は笑っていた。いくら知略があっても、殺傷を楽しむ鬼畜になってはいかん」と。「大儀があったとしても、他人を殺す者は、自らの心も、周囲の者の心も、蝕んでいるという事を、しかと肝に銘じよ」と。私は策が当たるのが嬉しかったし、同胞を殺めた悪党なぞ八つ裂きにしてもよい。私は良い事をしたのだ、ぐらいに思っていました。私は、父の言った事が理解できなかった。

父の懸念はおおいに当たり、思い上がっていた私は、皆に疎まれ苦しみました。そのような時、あなたは親身になって慰めてくださいました。

 

(笑い声)……『あの男の嫁選びを真似てはならぬ』と人々は言ったものだ。しかし、あの騒動以来、我らを嘲ける者もいなくなったが、近づくものも現れなくなった……難しいものだ。

 

似た者夫婦という所でございましょうか(くすくす)。しかし、乱世ゆえ、その一件を聞いた、領主さまをはじめ、様々な方々が、あなたを召し抱えようとしましたが、あなた様はどなたにも仕官なされなかった。

あなた様が乗り気ではなかったのは、あなた様が夢で見た歴史書に、あなた様のお名前もあったからではないかと思いました。その行く末が芳しく(かんばしく)ないので、ためらっておられるのではないかと。

そんな時、あの御方が、来られました。冬の寒いさ中、御自ら(おんみずから)身分の低い、遥かに年下の私どもの所へ、三度もご来訪されました。最後は、あなた様がお昼寝をしている最中でしたね。

それで、あなたに申し上げましたっけ。「また、あの御仁(ごじん)が来られました。『起こして来ます』というのに、あなた様が『起きるまで待っている』とおっしゃって長い間、外でお待ちになっております。尊い御方が、一介の農夫を三度も御自ら訪ね、教えを請うなど、劉備(りゅうび)様は筋金入りですよ? どうなさいますか? 孔明様」と。

 

あの時は、運命というものを改めて感じた。本当に、歴史書通り我が君がやってくるとは……

「運命は変えられるだろうか?」と、わしが問うと、お前は笑いながら、こう言ったな。「かの御方に付かれるかどうかはともかく、『これは運命だ』と諦めたくなるような事にでも、挑んでいくことは生きる上で価値あることではないでしょうか? お気持ちがあるのなら、どこまでもついていきますよ。その方が面白そうですし」と。お前には敵わぬと思ったわ(笑い声)。

  語り手 延々続く夫婦の話を聞いていた者たちは、その内容が尋常でない事に驚いていた。もっともその内容を半分も理解できなかったが。数刻の時間が過ぎ、辺りが暗くなってきていた。

 (SE) (鎧のかちゃかちゃなる音)

 伝令 申し上げます!
退却するわが軍を、引き続き、敵軍は追ってきて博望坡(はくぼうは)に達したとの事。

   敵将は、あの馬賊ども同様、なぜ我が軍が、たやすく引いていくのか考えない様子ですね(くすくす)。

  予定通りの大風だ。月英(げつえい)…… お前の作った発火物も、博望坡の樹木の茂った小道で大いに役立つ事だろう。

  孔明様、勝利の宴の準備を致しましょう。

  

登場人物

 

伝令 男。二十代くらい。

男 (諸葛孔明)二十代くらい。

女 (諸葛孔明の妻。黄月英)十代後半~二十代くらい。


※               諸葛亮孔明。中国後漢末期から三国時代の蜀漢の武将(軍師)・政治家。「伏龍」「臥龍」とも呼ばれる。今も成都や南陽には諸葛亮を祀る武侯祠がある。

 

 

物語に記述されてない人間関係や背景の蛇足メモ

 


・三度孔明を訪れた貴人……三国志の英雄の一人、劉備(りゅうび)。諸葛孔明の主君。劉備は、この頃は、弱小で独立勢力になれないでいた。諸葛孔明を軍師として迎えた。自ら孔明を訪ね三度、教えを請うたという。三顧の礼。

 ・孔明の妻の父……黄承彦(こうしょうげん)。奇特な孔明を高く評価していた。「私の娘は顔こそ醜いが、才知は君にお似合いだ」と持ちかけ縁談を成功させたという。

 ・廖化(りょうか)……のちに劉備に仕え、孔明とともに戦った。廖化は劉備と孔明が立てた国の誕生と滅亡の両方を見た数少ない人物である。

 ・領主さま……劉表(りゅうひょう)。舞台である荊州(けいしゅう)の長官。劉備の勢力を取り込んでいた。劉表の側近の蔡瑁(さいぼう)の妹が劉表の妻。姉は黄承彦の妻であった。

 ・博望坡の戦い(西暦203年)……劉表と敵対していた曹操配下の武将、夏侯惇と劉備軍が博望坡で戦った戦い。劉備軍が偽の退却をするのを夏侯惇は追撃し、伏兵に遭い敗北したと伝わる。

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