植物に聞いてみた ~チョウセンアサガオ
難病になり人生がボロボロになっていた「私」。あるきっかけで、なぜか植物と話せるようになる。彼は、個性豊かな植物に、その生き様を教えられて、それをヒントにしながら絶望していた彼は少しずつ、変わっていく。
音声でお聞きになりたい場合は
語り: その場所は、自動車整備工場の跡地だった。私は、難病を発して、リハビリのために歩いている時、ハルジオンという雑草に、話しかけられた。最初、幻聴かと思ったが、そうではなかった。どういうわけか、私は、植物と話せるようになったらしい。ハルジオンは、心身ともにボロボロな私を独特なやり方で、励ましてくれた。そして、「別の植物とも話してみたらどうか」と言った。ハルジオンに聞いた場所に来てみると、大きな白い花が咲いていた。初めて見る花だった。チョウセンアサガオは、どうしてこんな場所に住み始めたのだろう。今、思えば、それも、聞いておけばよかったと思った。
私 :こんにちは。ハルジオンさんからの紹介で来ました。ねこつうといいます。よろしくお願いいたします。意外に、こんな所にいらっしゃるんですね。
チョウセンアサガオ :「エンジェルストランペット」などという名前で、可愛がられている者もいるな。話は聞いている。ハルジオンは地味だが、なかなかの奴だろう?
私: はい。短期間で、除草剤を克服するなんて、びっくりしました。それだけでなく、丁寧に私を励ましてくださいました。とても親切な方でした。
チョウセンアサガオ: アイツは苦労している分、頑張っている者には優しい。ハルジオンが克服したパラコートは、人間も殺せる程の毒だが、奴だけでなく、次々と除草剤を克服する者たちが出てきている。我々もやられっぱなしではない…と言う事だ。ま、毒に関しては、キョウチクトウの方が詳しいだろうが …… それで? 今日は私に何が聞きたいのだ?
私 :ハルジオンさんに医学については、チョウセンアサガオさんの方が詳しい、と聞いたのでお話を伺いたくて。
チョウセンアサガオ: 私にわかる事だったら、答えよう。
私 :特に神経系について、詳しいと聞いたのですが。
チョウセンアサガオ: あぁそのことか。私は、我が友、トリカブトと共に、画期的な麻酔薬の開発に使われたのだ。
私 :麻酔……ですか?
チョウセンアサガオ: そうだ。我らは、神経に作用する毒を持っている。私の毒は精神症状を起こすので、キチガイナスビなどと、酷い別名がある。私たちは、人や動物を殺せる程の毒を持っている。しかし、神経毒の種類によっては、薄めて使えば、痛み止めや麻酔に使えるのではないか、と考えた人間がいた。なかなかの発想だ。
私 :毒を薬に?
チョウセンアサガオ :ニチニチソウの奴は違う性質の毒を持っていて、薬にも使われている。奴の毒は細胞分裂を阻害する。これを、細胞分裂が激しくなる病気…つまり、ガンに使おうとした発想もなかなかだ。まだ、現役の薬として登録されているそうだな。
私 :ええ……? あんなに可愛い花に毒があるんですか? ガンの薬に使われているなんて、初めて聞いた………
チョウセンアサガオ: ああ、話を戻すが、華岡青洲(はなおかせいしゅう)と言う外科医が居る。彼は、私…チョウセンアサガオとトリカブトを主軸とした麻酔薬を開発した。記録に残る上では、最古の麻酔薬を使った外科手術を成功させた人物だ。乳ガンの手術だった。
私 :……麻酔で乳ガンの手術って、日本人が最初だったんですか?
チョウセンアサガオ: 麻酔薬を使って外科手術をしたような伝承は、ほかの国にもある。しかし、詳細な記録を残しているものは、1804年、華岡先生の手術が最初だ。先生は、外科を通じて人類に貢献した医師のひとりとして、アメリカの国際外科学会栄誉館に祀られている。その功績のお陰もあって、日本麻酔医科学会のエンブレムも私を象ったものだ。
私 :1804年って江戸時代ですよね。その当時の日本人の医師で、そんな国際的に知られた人がいたのですか……初めて知りました。
チョウセンアサガオ: いや、昔は一部の専門家以外には、華岡先生の名は知られていなかった。有吉佐和子(ありよしさわこ)という作家が、「華岡青洲の妻」という小説を書いてから一般にも知られるようになったのだ。彼が、母上や奥方に人体実験をしたような話が載っているが、本当にそんなことがあったのかは、はっきりしていない。あの時代に新しい麻酔薬を使うのは、かなりの冒険だっただろうから、そんな噂が立ったのかもしれん。現代も、人間界には、新手の感染症が流行っている様子だな。新しい薬やワクチンを随分、焦って使っていると聞いている。大丈夫なのか? 植物にもウィルス性の病気は多くあり、様々なやり方で我々も戦っている相手でもあるが、なかなかな難敵だぞ。
私: お気遣いありがとうございます。昔から、人間も感染症と戦ってきましたが、ウィルスよりも、人間の無理解の方が恐いです。マスクが品薄になったら、バカみたいな値段で売られたり、感染した人がとても差別的な扱いを受けたり、医療関係者のお子さんを学校や保育園に連れてくるなという話があったり、そのウィルスが中国で初めて確認されたので、海外では、アジア系の人に対して暴力があったり、病気で体にダメージがあるだけではなくて、人間性みたいなものを問われるようなことが随分ありました。
チョウセンアサガオ:フッ、万物の霊長を名乗っている割には、残念なことになっているな……。今度は私から聞きたい事がある。その無理解というものと繋がるかもしれん。これは、わが友、トリカブトも嘆いていたことだが。
私 :なんでしょう?
チョウセンアサガオ :我ら植物の毒は、薬だけでなく盛んに暗殺に使われているな、大昔から。
私 :ああ、そうですね……時代小説でも、トリカブトの毒は、よく使われますね……
チョウセンアサガオ: 野蛮な昔ならともかく、なぜなんだ。こんな話を聞いた。数十年前の話だが、保険金がかけられている女性が、トリカブトの毒で死んだ。夫が容疑者だった。夫が彼女に何かを飲ませたとしても、その夫はとても遠い場所にいて、時間が合わない。
私 :あ、それ、なんか聞いたことある……鉄壁のアリバイがあったんですよね。
チョウセンアサガオ :どうやら、二重のカプセルに入れて飲ませる仕掛けだったのではないかと、言われている。なぜなんだ?
私: え?
チョウセンアサガオ: ニチニチソウや我らの利用の仕方は、素晴らしいと思う。華岡先生も少々無茶をしたかもしれないが、病気で苦しんでいる者を助けたいと思ったからだ。尊敬に値する。しかしなんだ? 二重のカプセルというのは。
私 :いや植物の毒を、使った犯罪があるのは、本当に申し訳ないと思いますが……
チョウセンアサガオ :違う、そこじゃない。
私 :はい?
チョウセンアサガオ :そんな巧妙な事を思いつく才覚があるのなら、まっとうな方法で頑張っても立派にやっていけそうなものだ。なぜ、そんな事に頭の良さを使うのだ。人間と言う生き物は実は馬鹿なのか?
私 :それは……
チョウセンアサガオ :そんな方法で小金を得た所で幸せになどなれないことは、子どもでもわかりそうなことだ。なぜなんだ。…人間と話す機会があったら、聞いてみたかったのだ。
私 :人間は、心と体を節約して使いたい所があります。それが、悪い方に出れば、そういうこともあると思います。
チョウセンアサガオ: イチョウの奴が話してくれたが、詐欺の方法も、随分じゃないか。面接で一次審査をした上、詐欺の電話のかけ方を何百回も練習させる。
あるいは優れた台本を作るグループ研修を丹念に行って、優秀な者を選び、役割分担して犯罪に臨むそうだ。それだけ徹底した鍛錬を行っている者にかかったら、素人など、ひとたまりもあるまい。
私 :知りませんでした。振り込め詐欺の人たちって、そんなに訓練してるんですか。どうりで被害者が多いわけだ……
チョウセンアサガオ: 心と体の節約どころではない。それだけの知恵と、努力を、どうしてそんな方向に使うのだ?
私 :自らに誇りを……他者には敬意を……合わせ持って生きているチョウセンアサガオさんには、わかりにくいかもしれませんが……おもしろくなるのだと思います。
チョウセンアサガオ :なに、おもしろくなるだと?
私 :そんな方法でうまくいったら、そのスリルと快感を忘れられなくなってしまう人もいるんだと思います。そして、繰り返す。
チョウセンアサガオ: 邪悪なギャンブラーというわけか。
私 :はい。悪の道は、独特な魅力があります。捕まるまで止まらない……捕まっても、違う道を選びなおすのは、とても難しいと思います。保険金殺人は、繰り返して死刑になる人もいます。
チョウセンアサガオ: フン、そういう生き方もあるということか。私はそんな生き方は、軽蔑するが……まぁいい。そういえば、植物の中にも、だまし取ることに特化した奴らもいるな。全く、呆れた能力を持っているものだ。
私: え? 植物にも、そんな方がいるんですか?
チョウセンアサガオ: そういう分野は、ネナシカズラやヤドリギの奴の方が詳しいのだが……しかし、この近所にはいないな......
私: あの……それより、どうしてイチョウさんが、そんなに詐欺師の修行に詳しいのか、もの凄く気になるので、どこに生えているイチョウさんからの情報なのか、教えていただけませんか?
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