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【小説】連綿と続けNo.30

思いもしなかった決別の言葉に
ただただ泣きじゃくり、
その夜は眠れぬまま過ごした。
そして航にメッセージを送る。

『ごめんなさい もう一度話がしたいです』

すぐに既読がついたものの、
返信はなかった。

どんなに辛い出来事があっても
仕事は休むことが出来ない性分だ。
翌日、出勤すると、
同期の高岡が飛び上がって驚いている。

高岡)ちょ、ちょ、ちょっとぉ!何その顔!ひっどいクマ…。あっ、わかった。どうせ彼氏と朝までイチャイチャして、寝不足のまま出勤したんでしょ?はいはい。幸せそうで宜しゅうございますね?ったく…1秒でも心配して損しちゃったじゃないの!

そんなことを言いながら勝手に怒っている。
侑芽は言い返す気力もなく、
無言でパソコンを開き、
ほとんど誰とも話さないまま仕事をした。

それから1週間が過ぎたが、
相変わらず航からの連絡はない。

侑芽は生まれて初めて失恋の痛みを知り、
生きる気力さえ失くしている。

食欲がわかず、夜は眠れないという悪循環が続き、
フラフラになりながらも仕事だけはこなしていた。

そんな時、富樫が頼み事をしてくる。

富樫)悪いんやけど、もうすぐ高瀬遺跡の菖蒲祭りやさかい、これ届けに行ってくれる?

そう言って
パンフレットの束を渡してきた。

季節は5月の終わり。
この日は蒸し暑かった。
時折り雲の合間から、
目眩がするほど眩しい日差しが降り注いでいる。

高瀬遺跡は井波と隣り合う高瀬地区にある。
越中国えっちゅうのくに 一之宮いちのみやである
高瀬神社の南側に位置し、
土器や銅銭などが発掘された場所である。

今は遺跡公園として整備され、
園内を流れる水路沿いに
6月になると花菖蒲が咲き誇る。

侑芽は頼まれたパンフレットを渡してから、
間もなく花開くその蕾をぼんやりと眺めていた。

侑芽)全部咲いたら、綺麗だろうなぁ

そんな事を呟き敷地を出た。
せっかくだからと目と鼻の先にある高瀬神社に参拝に行く。

木々に覆われた高瀬神社は、
一之宮とされただけあり
おごそかな雰囲気が漂っている。

賽銭を入れ、
本殿を前に長いこと手を合わせた。

“航さんがずっと仕事を続けていけますように”

もしかしたらもう
会う事はないかもしれない相手を思い、
必死に祈った。

参拝を終えて帰ろうとすると、
ピカピカに光っているウサギの像を見つける。

高瀬神社の『なでうさぎ』である。

自分の癒してもらいたい部位と同じ箇所を
祈念しながら撫でると治ると言われ、
皆が撫でることから全身ピカピカに光っている。

侑芽)あなた、ピッカピカだねぇ

侑芽はそのウサギに向かって話しかけた。
そしてウサギの胸のあたりを撫でながら

侑芽)ここがずっと苦しいの。どうやったら治るかな?

すると背後から声をかけられる。

西川)あれ?一ノ瀬さん?心臓でも悪うしたんか?

観光協会の西川だった。

侑芽)あっ…西川さん。お疲れ様です。変なとこ見られちゃいましたね

そう言って笑うと、
西川も爽やかに微笑み

西川)何?それとも、もっとナイスバディになりたいんか?

と冗談を言ってくる。
侑芽もそれにのって

侑芽)フフフ!まぁ、そんなとこですね!

久しぶりに人と話して笑った。
少しだけ立ち話をし

侑芽)それじゃあ私はこれで

西川)待って

侑芽)…?

西川)いや…暫く見ん間に、痩せてしもたんやないかなて。あっ、これセクハラになるんかな?そんなんやないよ?ちょっこし心配になってしもて…

侑芽)あぁ…ちょっと忙しかったので、食欲なくて…

西川)その…、航とは上手ういってるんか?

侑芽)さぁ…どうなんでしょう

本当のことは言えなかった。
航の名前を聞いた途端動揺してしまい、
急にこみ上げてきて、
慌てて去ろうとする。

侑芽)すいません、もう行かないと

足早に歩き出すと、
後ろから西川が大声で声をかけてくる。

西川)なんか悩みあるんやったら、いつでも聞くさかい。溜め込まんでな?

侑芽は一度振り返ってから笑顔を見せ、
軽く頷き会釈をした。
それが精一杯だった。

一方、航は
仕事をしながらため息ばかりついている。
時折り頭を抱えてうなったりもしている。

侑芽に酷いことを言ってしまった事を
心底反省しているらしい。

自戒の為に侑芽と連絡をとらず、
会いにも行かずに頭を冷やしていた。

しかしそれも限界に近づいている。
歌子と正也も2人の異変に気がついていた。

歌子)あれは、何かあったね

正也)そう言えばここ数日、侑芽ちゃん見かけとらんちゃ

歌子)高木さんが言っとったけど、2人が付き合うとるって皆んな噂しとるみたいで。それが原因で何かあったんかなぁ

正也)まぁ、2人とも大人やし。そっとしとくけ

歌子)そうやね…

だがその日の夕方、
春子が突然、井波にやって来た。

鬼の形相で街を歩き、
すれ違う誰もが恐れおののいて春子をよける。
そして皆藤家の前までくると、
大声で叫んだ。

春子)たのもー!!

まるで果合はたしあいを申し込む
武士のようである。

その声に驚いた歌子が出てくると、
春子は挨拶も早々に

春子)航さん、いらっしゃいます?

そう言って玄関の前で仁王立ちした。

歌子)お…おるよ?

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