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【小説】君と僕と彼女と…〜谷原真嗣〜

「…はい?」

「せやから、手作り…教えてくれんか?」

ある日の日曜日の朝。

朝食を食べていた親友がやおら奇妙なことを口走ったので、真嗣は瞬く。

「て、手作りって…なんの?」

その問いに、藤次は顔を真っ赤に染めて俯く。

「チョコレート…なんか、ないか?ワシでも作れそうなの。」

「そんなの…チョコレート溶かして市販のシリコン型とかに流し込んで固めれば誰でも出来るさ。わざわざ教えるようなもんじゃないよ。」

バカだなぁと、半ば呆れながらそう返すと、藤次は自分のスマホを見せる。

「こう言う…丸っこい。トリュフ言うんか?作りたいんやけど…何から材料揃えてええか分からんし、チョコレートも、何使ったら美味く出来るか分からんし…お前やったら、なんか分からんかなて…」

「トリュフねぇ…まあ、作れないわけじゃないけど…って言うか、なんで藤次がチョコレート作るの?バレンタインて、普通男性はもらう側だよ?しかも手作りだなんて…誰にあげるつもりさ。」

その問いに、藤次は益々顔を赤らめて小さく呟く。

「絢音に、やりたいんや…ワシの気持ちが本気やて、伝えるために…」

「そう…」

予想はしていたが、やはり自分ではなく絢音のためかと思うと、真嗣の胸はチクリと痛んだが、先日彼女が自殺未遂をしたと聞いて帰って来た時、自分に隠れて、密かに風呂場で声を殺して泣いていた様子を知っているだけに、このまま知らないと突っぱねるのは酷かとため息をつき、側にあったメモ帳に何かを走り書きする。

「真嗣?」

不思議そうに自分を見やる藤次に、真嗣は小さく笑う。

「作るんだろ?だったら買い出し…行かないと。言っとくけど僕、厳しいからね。覚悟するんだよ?」

「お、おう!!」

「ん。じゃあ、さっさと片付けてスーパー行こう?今の時期なら、製菓コーナー充実してるだろうし、まあ…それなりの物が手に入ると思うよ。」

「おおきに!やっぱりお前は、ワシの1番の親友や!!」

「ハイハイ。分かったから、ご飯粒飛ばすの止めて。」

「す、すまん…」

そうして朝食を済ませると、2人は近くのスーパーへ買い出しに行き、ラッピングも含めて材料を買い揃える。

「いい?チョコ作りは水分が大敵だからね。チョコに水分が入っちゃうと、うまく固まらなくなるから…材料溶かす器具の水分をしっかり拭くのもだけど、湯煎するときは特に気をつけて…」

「ん!」

真嗣にアドバイスされながら、藤次は覚束ない手つきでチョコレートを刻んでいく。

「刻み不要のタブレットタイプだってあったのに、なんだってわざわざ…」

「何遍も言わせんな。絢音に、あいつに気持ち本気やて知ってもらうためや。せやから、手抜きとか、簡単な道は選びとうない。手ぇでできるとこは、したいんや。一個一個想いを込めて、ちゃんとしたい…」

「今時重いよ。そーゆーの。」

「喧しわ。誰に何と言われようが、ワシはホンマに…アイツが好きなんや。妥協とかしとない。アイツが笑ってくれるなら、こんなん、苦でもなんでもない!」

ザクッと力強くチョコを刻む藤次の横顔を見つめながら、真嗣は微かに笑う。

「変わらないね。そう言う真面目で純粋なとこ。遊びの娘が逆ギレして、公衆の面前でコーヒーぶっかけられたり、二股の掛けてた娘に実は彼氏がいて、ボコボコにされた時まで、自分が悪かったって頭下げて謝って…ホント、器用なんだから、不器用なんだか…」

「そんな昔の話、今更ほじくり返すな。あの頃はホンマに…誰でもよかったんや。求めてくれるから、もしかしたら男でも良かったかもしれん。けど、今は違う…今は、絢音やないと、あかんねや。あいつがおらん世界なんて、もう、考えられへん。…こんな気持ちになったん初めてや。せやから、大切にしたい。絢音も、この気持ちも…」

グッと、まくった袖で汗を拭い、チョコを湯煎にかけながらそう言う藤次に、真嗣は目を伏せ、クッキングシートをテーブルに広げる。

「…そんなの、僕だって同じだよ。僕だってずっと君を…」

そこで会話は途切れる。玄関の呼び鈴がなり、宅配便の呼び声が聞こえたからだ。

「すまん。出てくれるか真嗣?ワシ、手ぇ離せんねや。」

「う、うん。分かった。」

頷き、赤い顔をなんとか抑えて、玄関へ向かい荷物を受け取ると、それは自分宛で、中には娘加奈子からと、元妻嘉代子からのチョコレートが入っていて、加奈子の手作りと思しきチョコには、辿々しい字で「パパだいすき」と、ホワイトチョコで書かれていたので、真嗣は思わず目を細めて笑う。

元妻は、素っ気ない有体な高級チョコだったが、メッセージカードが添えられおり、お幸せにとだけ記されていたので、今度は苦笑する。

「幸せにかぁ〜。ま、一緒にいられてるし、半々かな?」

そう呟いて台所に向かうと、なにやら満足そうに笑う藤次の姿が。

その目の前には、白いリボンでラッピングされた赤い小さな箱。

「あ。出来たんだ。やったじゃん。」

「おう!見た目ええやつ見繕って詰めた。あとは、渡すだけやな。早よ、面会日来んかな…」

そう言って嬉しそうに頬を上気させる藤次を、優しく見つめていると、不意に彼が、不恰好なチョコの塊を自分の口に持ってきたので、真嗣は慌ててそれを口に運ぶ。

「な、なに…?」

口の中いっぱいに広がる甘みに酔いしれながらも、不思議そうに問うと、藤次は白い歯を出して屈託なく笑う。

「ハダカで悪いねんけど、友チョコや。教えてくれて、おおきにな。」

友達…

分かりきった事実に心は僅かに軋んだが、初めてもらった、愛しい彼からの手作りチョコをしっかりと噛み締めながら、真嗣は藤次と共に台所に並び、チョコに塗れて甘い香りの漂うシンクの中に、手を入れた。


これから数日後の2/14当日に、藤次に延々と、絢音との惚気話を聞く羽目になるとはつゆ知らず、その日はただひたすら、藤次が余ったからとくれた手作りトリュフチョコに心弾ませ、彼と2人、それを肴にして、更ける夜を共に過ごした…


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