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ありがとう、くまさん【スピリチュアル怪談】

私は昔からぬいぐるみが大好きだ。もちろん大学生になった今も大好きだ。一人っ子なもんだから遊び相手はいつもぬいぐるみたち。一人暮らしを始めた今も実家から全部のぬいぐるみを持ってきては一人で遊んだりしている。いや、ぬいぐるみなんかではなく姉妹のような存在であり、命の恩『人』でもあるのだ。

私の相棒でもある「くまさん」が命の恩人になったのは、私が小学六年生の時。私は生まれつき体が弱く、小さい頃はよく入院していた。ベットで暇そうに寝ている私に母が買ってきてくれたのがくまさんだった。買ってきてくれたのは三歳の頃らしいから、一番付き合いの長いぬいぐるみだ。くまさんの目はクリクリしてて、いつも優しい目線で私を見守ってくれている。でも、さすがに小学六年生となるとぬいぐるみで遊ぶ機会は減った。それでもくまさん含めぬいぐるみは大好きだったからひとつ必ずしていたことがある。それは

出かける前には「行ってきます」家に帰った時は「ただいま」を言うことだった。普通だったら「何歳だよ」と思うかもしれないが、私にとっては『家族』だから当たり前の事だった。ただそんな私でも、周りの人はそんなことはしていないと分かっていたから自分だけの秘密にしていた。

そんなある日、くまさんが命の恩人になった日は突然訪れた。
その日は小学校の卒業式だった。今までお世話になった『家族』に感謝の気持ちを伝えるべく、卒業式で歌う歌の練習をたくさんしてきた。しかし、当日はあいにくの雨だった。小6の私は、よく分からないが、どこか嫌な予感を感じて朝起きてからずっとぎこちなかった


するとくまさんは私の声に応えるかのように、座っていた私の机の上から滑り落ちた。ぬいぐるみたちはぎゅうぎゅうにして机の上に置いているので、たまに机の上から滑り落ちることはあった。ただ、さすがに今回はタイミングが良すぎたので思わず「わっ!」と声をあげてしまった。お母さんから「どうしたの?」と聞かれたが、今あったことを話したとしても『気のせい』的なことを言われるのは目に見えていたので「なんもないよー」とテキトーにごまかしてくまさんを元の位置に戻してから家を出た。

外に出てみると、起床した時より雨がひどくなっていて雷も近くで鳴っていた。私の家から学校まで最低でも15分はかかるので、制服が濡れないか心配だった。水溜りを踏まないように下を見ながら歩いていると急に目の前が光に包まれ、それと同時に銃声のような大きい音が10m程先から聞こえた。雷だった。身の危険を感じて早歩きで学校に向かった。

学校に着いて教室に入ると、教室にいたクラスメイトの半分以上が服を濡らしていた。ただ卒業式ということもあり、服が濡れていることを気にする人はあまりおらず、みんな急いで自分の荷物を片付けて体育館へ行く準備をしていた。

卒業式が始まると、聞こえるのは司会進行の先生の声と、激しい雨の音だけ。
「校長祝辞。」
司会進行の先生の声が聞こえて、今から長い校長先生の話が始まるのかと思うとだんだん眠くなってきた。気を紛らわせようと、なんとなく登校中に目の前に落ちた雷のことを思い出していた。
「怖かったー。あんなの当たったら絶対死んじゃうじゃん。命っていつ無くなるか分かんないんだなぁ。もし、もう少しだけ早く家を出ていたら……。」
小6ながら、命の儚さに気づいた私は、いつこの命が消えてもおかしくはないと思い、だんだん怖くなってきた。

怖さから逃れようとして気持ちをとりあえず和やかにしようと思った時、ぬいぐるみたちと遊んでいる私の姿を想像しようとした。すると、ふと今朝くまさんが机から落ちたことを思い出し、あることに気づいた。
もし今朝家を出るのが10秒遅れていたら、今私はこうやって卒業式に出ることなく搬送されていた。そう、それはいつも通りに家を出ていたらの話。ただ、今朝は一つだけ違った。
くまさんが私の前でいきなり机から落ちた。まるで私の声に呼応するかのように。そして私はくまさんを元の位置に戻した。その一連の流れは約10秒。つまりくまさんがこの命を救ってくれたのだ。
考えすぎかもしれないが、あの卒業式の日から大学生になった今まで、ずっとくまさんには感謝し続けている。

命の恩人というのは必ずしも『人』とは限らないのだ。


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