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ショートショート『神ノ音』

ショートショート
『神ノ音』

 カチ・力チ・カチ……。
 チ・チ・チ・チ・チ……。

 いつの頃からか「その音」は世界に響きわたっていた。
「その音」が鳴り響くと世界から突如として「何か」が消え、あるいは「何か」が現れるのだ。
 それは一個の家の場合もあれば、巨大な建造物の場合もある。
 そうかと思えば道路や森などの場合もあるし、巨大な樹が突如として現れる場合もある。
 ある村は一夜にして消え、かと思えばある村は一夜にして現れた。
 人々は恐怖した。
「その音」の対象は徐々に人類ヒトにも及び始めたからだ。

 始まりは一人の娘だった――。
 その娘は消えたかと思うと暫くしてから発見されたが、消えていた期間の記憶は無いという――。

 この娘のように神隠しに遭い無事で戻ってくる場合もあるが、残念ながら戻って来ないことの方が多かった。
 また、恐ろしいのは中身が別人のようになって戻ってくる場合もあるという事だ――。
 淑やかで美しく聡明な娘が傲慢で派手好きな浪費家となって戻ってくる。
 穏やかで家族思いの凡夫が無鉄砲な冒険者となり家族を捨てて町から出ていく――。
 そんな人々の人生を狂わす「その音」が今日もまた鳴り響く。

 カチ・力チ・カチ……。
 チ・チ・チ・チ・チ……。

 大いなる力を前に無気力になりつつある人々。
 しかしいつの世にも勇気ある若者は居るものだ。
「――あの音の正体を見極めよう。そしてこの状況に終止符をうつのだ」
「しかし、そんな事をして神の怒りに触れたら……」
「相手が神か悪魔かもわからないじゃないか! 人類は最後まで抵抗するべきだ」
 ――若者は「その音」に関する調査を始めた。
 入念な聞き込みの結果、次のような事が判明した。

 曰く、モノや人が消える前には空に巨大な影が現れるらしい。

 「凄いぞ。大きな進展だ」
 調査が進む中、喜ぶ若者をあざ笑うかのように再び娘が消えた。
 そしてその母親が言った――。
「私は見たよ! あれは巨大な蟲だ!! 空を覆い尽くす程の身体! そこから生えた十本の脚がうごめいて娘をさらっていったんだ!!」
 「なんだって――蟲!? それが我々の神なのか」
 母親やその場に居合わせた者達の証言で新たな事実が加わった。

 曰く、「神」には脚がたくさんあり空を覆い尽くすほど巨大である。

蟲のようなモノ――どうやらそれが我々の「神」であり「音」の正体らしい。
 こうして神の一端を知ることができた。
 しかしながら、それからというもの人々の間には益々不安が広がった。

 カチ・力チ・カチ……。
 チ・チ・チ・チ・チ……。

 あの音がする度に巨大な蟲が歯を鳴らし、舌舐めずりしているようで落ち着かない。
 常に月よりも大きい目で見張られている気がしてならない――。
 ああ。今にも空から顔を出してきそうだ。

 カチカチカチカチ……。
 若者は毎日空の観測を続けた。
 そしてある日、ついにその時がきた。
「神」と目が合ったのだ――。
 若者は叫んだ。
「見たぞ……! 『神』の正体を!!」
 ……しかし時は既に遅かった。
 畏れていたことが起こりはじめた。
 これまでに無いスピードで家々が消えはじめたのだ。
 村や街の規模ではない。
 国が……! 大陸が……!! 目の前で消えていくのだ!!!
 世界の危機、人類じんるいの危機、生きとし生けるモノの危機に人々はみな畏れおののいた。

 地面が消え、空が消え、人が消えていく……!!

 白く削り取られゆく世界に残された者たちは、ただ安らかに召されることが出来るよう、胸の前で十字を切る事しか出来なかった……。
 あの勇敢な若者でさえ……。
「おお! 神よ!!」

          ***

 カチ・力チ・カチ……。
 チ・チ・チ・チ・チ……。

 つい先ほどまで蜘蛛を思わせる優美なる指使いで物語を紡いでいた創造主クリエイターは一転してBackspaceを押し始めた。

 カチ・力チ・カチ……。
 チ・チ・チ・チ・チ……。

 何だか筆がのらない――と。
 Backspaceを押す。押す。押す。

 「消し始めたらスッキリしてきたな。いっそもう全部消してしまおう。

 私にはもっと素晴らしい作品が書けるはずだ」
 カチ・力チ・カチ……。
 チ・チ・チ・チ・チ……。

 今宵も気まぐれで根気の無い創造主の手により一つの世界が消えようとしていた。 

 カチチチチチチ……。Backspace。Backspace。Backspace。Backspace。Backspace。Backspace。Backspace。



          (了)

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