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極東から極西へ5:カミーノ編・day2(Burguete〜Bizkarreta)

前回の粗筋
嵐の中、ブルゲーテに到着した。

今回はブルゲーテから、ビスカレッタまで。
本来であればDAY2でズビリまで行くのだが、前日の嵐のダメージを癒す為に手前で休むことにした。




・出会いと別れ


 出発前にゴミを捨てに行くとエミリーが荷物を纏めていた。

「メール送ってね! 私の名前言いにくいでしょう? ニックネーム教えるね。親しい友達はつねって呼ぶの」
「 分かった送るわね。またね、ツネ。ブエンカミーノ」
「またね、エミリー。ブエンカミーノ」

 常、は大学の文芸部の頃からのペンネーム。現在付き合いのある友人達は大体私のことを常と呼ぶ。短いから、覚えてくれるかな?
 なんとなく、本当になんとなくだけど、もう彼女には会えないんじゃないかと思った。今日歩くのは10km程度。彼女はもう10km先へと行ってしまう。
 この差って、果たして埋まるのか。ロンセスバージェスが毎日一杯になるくらいの人が歩いているし、巡礼者達に紛れて見つからないんじゃないのか。

 ふと、「星のおうじさま」の、沢山のきつねの中の一匹から、唯一の一匹になる話を思い出した。沢山の巡礼者達の中で名前を教えあった最初の友人。

 とぼとぼと部屋に戻り、荷物の整理を始めた。

 長い道のりだからきっと、出会いと別れを繰り返していくのだろう。
 彼女の旅の無事を祈る。

・カフェで朝ごはん

 ゆっくりと出発して、アルベルゲから50m離れたカフェで朝ごはんを食べる。スペイン語を試してみた。

「カフェラテ……二つと、このパン……二つお願いします」
「二つね!」

 通じた。
 スペイン語の2が、doux(仏)なのか、due(伊)なのか、dois(葡萄牙)なのか、dos(西)、なのか一瞬分からなくなったけれどなんとか正解。
 陸続きの国々の言葉、本当に似ている。なんならどれかで言っても伝わったんじゃないだろうか。方言みたいなものだろうか。


注文できた!
カフェの外見。お洒落。


教会。上から降るように鐘が鳴る。

 鐘が鳴る中で、外の席で、コーヒーを飲む。

「今なんて言ったんですか?」
「ドス カフェ コン レチェ イ エスト……ドス ポルファボー。カフェオレとこれ二つ下さいって言ってみたよ」
「へー!」
「使ってるうちに慣れるかなあ」

 ちょい文法が違いそうだけど。
 青空の下で朝ごはんを食べていると、懐っこい猫がおこぼれを狙って足元に擦り寄ってきた。

 今日は順当に行けば、12時過ぎには次の街に着く。アルベルゲが開くのは14時からなので、街を見学してゆっくりしよう。

・Burguete〜Espinal

 
 前日の行軍が嘘のようにスムーズに進んだ。意外にも筋肉痛があまりない。
 牧場の中を通りながら、この辺が、「日はまた昇る」の主人公がミミズを捕まえて缶に入れた所だろうかとちらっと思う。


小川をよく渡る
牧場は相変わらず広い
また川を渡る

 
 エスピナルの入り口に居た男性に声をかけられた。

「おはよう。ようこそエスピナルへ。韓国からかい?」
「おはようございます。日本からです」
「日本から! 韓国の人が多いんだよ。もし君達、朝食がまだなら、この先にカフェがあるから寄って行って。ブエンカミーノ!」
「ありがとう!」

 なんだか。RPGの村の入り口にいる人みたい。手を振って別れ、一つ道を曲がると正面にカフェが見えた。進んでみると店の名前の下に、〝Irati〟と書いてある。

スタンプをもらったカフェ


「前のカフェに書いてあるイラティーって言うのね、川の名前なんだよ。小説の主人公がマス釣りしたところ」
「そうなんですね。全然調べないで来ちゃったなあ」
「まあ、そういう所縁のある場所なんだよ。あと、ちょいちょい街の名前が二つあるのはバスク語とスペイン語ね」

 標識の名前を見るSさん。返事はあったけれど、街並みに気を取られて聞いていなさそうだ。


教会のステンドグラス
タイル画だった!


窓枠が可愛い

・Espinal〜Bizkarreta

 カフェでスタンプを押してもらい、近くの教会を観てから先へと進む。アップダウンはさほど無い。木漏れ日がキラキラ落ちていて、動いている身体には程よく感じる温度の風が、常に吹いていた。
 石の橋を渡り、暫く矢印とホタテ貝を追いかけると、やがてビスカレッタの街が見えてきた。
 入り口付近にあるスーパー兼カフェで皆ご飯を食べている。

「どうします、もう食べる?」
「うーん、先にもあるかな?」

 迷ったけれど街中ではないので先に進むことにした。
 先程のエスピナルや、昨日泊まったブルゲーテのように、瀟洒な街並み。石造りで壁が漆喰。オレンジの屋根が青空に映えていた。
 カフェが泊まる宿の近くにあったので、寄る。巡礼者メニューを食べてみたかったのだが見当たらず、トルティージャとカフェコンレチェ(カフェオレ)を頼んだ。


柔らかめ。ジャガイモたっぷりで美味しい。
手前の白テントがカフェ。奥に教会

「あ、美味しい」
「本当美味しいね。うち、おかずにトルティージャ出るんだけど、味が似てるなあ」

 母と私を含めた三姉妹ともトルティージャの作り方を知っている。母が、スペインの方に教わり、母から私達が教わった。
 スマホで「ごちそうさま」と、「すごく美味しかったです」を調べて店員さんに伝えたら、今まで無愛想だったのに、笑顔になってくれた。一生懸命伝えるのは大事なことだ。

 街をぐるっと周ってから靴を脱いで休憩。他にもちらほら巡礼者がいて、ザックを下ろしたり同じように靴を脱いだりしている。
 私は日記を書き、Sさんも何かしていた。


石の枠みたいなところに座って休んだ。

 
 14時、宿がオープンした。

・多国籍晩餐会


 La Posada Nueva という宿で、オスピタレロはかなりスペイン訛りの強い英語を話していたので、一瞬分からなかった。

本日の宿
談話室の奥が、バルコニー。オレンジ屋根の一軒に泊まるのだと思うと感慨深い。


 洗濯する場所を訊くと、何か言っていたのだけれどまさか英語だったとは!

「バーニョでして。干すのはバルコニーよ」
「ああ、バーニョ。分かりました」

 OK?
 OK!

 OKは万国共通。

「バーニョってなんですか?」
「バスルームのこと。トイレを指す場合もあるよ。だからカフェとかでトイレどこ? って訊くなら、バーニョ使うの」

 シャワーを浴びて洗濯をする。
 バルコニーには既に何人かの巡礼者の洗濯ものが干してあった。


バルコニー
バルコニーから見た巡礼路


「そろそろ行きます?」
「行ってみようか。明日日曜日だしね」

 そう、明日は日曜日。
 店がほとんど空いていないと聞いたので、買い物をしにいきたい。
 階段を降りると、オスピタレロに声をかけられた。庭の緑を背景にして、逆光でよく顔が見えない。

「どこいくの?」
「買い物!」

 Sさんが答えると何か更に言われた。戻ってきたオスピタレロは、紙に16.30と書いた。

「あ、シエスタ? 16時半まで開かない?」
「そう。まだ閉まってるわよ」
「そっか、16時半に改めて行ってみます」

 16時半に出直して無事に買い出しを終えた。


 夕飯の時間になり食堂の前に行くと、ぴったりの時間にドアが開いた。
 隻腕の女性と一緒に席に着く。彼女はスウェーデンから来たそうだ。スマホやPCから離れてリフレッシュしたいと言っていた。
 そのうちに、カリフォルニア、オランダ、トリニダード・トバゴ出身の人が集まって、賑やかに会話が始まる。
 最後に来たのは韓国の男性だった。

「参ったな、男は僕一人か」
「ラッキーじゃない!」

 そうだラッキーだと皆口々に言う。
 確かに他は皆女性だった。

 英語もスペイン語も堪能なカリフォルニアのメレディスが、自己紹介をしようと提案した。オリソンのアルベルゲでは最初にしたらしい。
 国と名前と巡礼の動機を順番に伝えていく。
 Sさんは理由を考えていなくて(訊かれるから考えといてね、とは事前に伝えたよ)、海外に旅行に行きたかったから、という理由を英訳して私が伝えた。

 リタイアした人。働きすぎてリフレッシュに来た人、この道が憧れだった人。色々な人がいた。

「昨日、きつかったよねー」

 きつかったと口々にこぼす。
 メレディスは、上手に場を盛り上げてくれる。
 料理はスープ、沢山のマカロニと、卵と野菜の何か。どれも優しい味で、私は丁度良かったのだが、何人かは塩と胡椒をかけていた。

「きつかったから、ロンセスバージェスから今日はここまで」
「わかるー。無理は良くないわ。良い判断よ」
「あなたは?」

 ブルゲーテから、ここまでだと伝えた。

「だよねー」
「疲れたもの。酷い雨で」

 日本語に訳しながら会話をした。意外とできるものだ。

「嘘でしょ!?」

 トリニダードの女性が声を上げる。彼女は孫に旅の記録を送っているらしいが、なんで車も電車も、飛行機だってあるのに歩くのかと不思議がられているらしい。

「この人、今日ロンセボー(ロンセスバージェス 仏)からここまで来たって」
「うわあ、超人」
「信じられない」

 韓国の男性はどれだけ健脚なのだろう。2週間でサンティアゴまで着いちゃうかもね! と自分で言っていたけれど、ひょっとしたらひょっとする……いや、ないか。
 いつの間にかに、トリニダードの女性の連れの男性が現れて人数が増えた。
 
「昨日は酷かったね。僕は羊が近くに来たんで写真を撮ってたんだけど、嵐が来ちゃって慌てて駆け抜けたんだよ。馬もいたけど、どかしてきちゃってね。ああ、何人か見た顔がいる。君らもいたね」
「抜かされましたね」

 確かに抜かされた覚えがある。歩くのが速い男性はこの人だったのか。

「そんな速いのに、なんでストームの時間まで山の中にいたの? 馬と羊ってマリア様あたりじゃない?」
「フードカーで食べまくってたから遅れたのよ!」

 ワインの酔いが皆程よく周り、場がくだける。
 ネイティブのスピードに近い会話は聴き取るのが精一杯だ。なんとか受け答えしつつ、Sさんに訳した。
 風速10mを超える強風で、巡礼者の列の後半の人はかなりの苦戦だったと言うことをこの時に知った。台風みたいだったもんなあ。

「ブルゲーテに7時前なら、君達良くやった方だよ。良いペースだったよ」

 足の速い男性に慰められた。
 パンプローナまでいく面子は先に部屋に帰った。我々もその中にいた。

「お休みなさい……!」
「お休みなさい……」

 最初に話したスウェーデンの女性。お互い、また明日ね、とかまた会おうね、と言えないので少し胸が痛い。ブエンカミーノ。
 私達は明日、今日遅れを取った分飛ばしてパンプローナだ。彼女はゆっくり進むと言うので、もう、会えない。

 少し話しただけなのに、朝に引き続きちくっと胸が痛んだ。


 部屋に帰ってベッドに倒れ込む。

「疲れた……Sさん助けてよ。私そんなに日本語でもぺらぺらは喋んないよ」
「知ってる。同じ職場だったから。頑張って話してるな、すごいなー、がんばれー!って思ってた」
「タスケテ」

 仕事モードオンで、会話に馴染むのだ。
 仕事ならぺらぺら話せる人だ。

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