見出し画像

諦めることは残念なことじゃない。

身体が不自由になってから諦めることが多くなりました。それは辛い決断の時もあったけど、大体のことは「今の生活に必要のないこと」でした。その気づきは大切でした。原因不明、病名不明の分からないことだらけの最中で「分かること」はとても強みになりました。

まず初めは子供のことを1人でできなくなった時でした。

今まで1人でやれてたのに、そのことによって子供の命の危険を脅かしてしまった時は相当落ち込みました...。日中薬でウトウトしてしまい、ハッとした時にはもう椅子に乗って引き出しからハサミや薬やら出してたり... 。 

自分で家事育児するのを諦めました。

 その頃はまだ同居したてで本当目が離せなかった。色々言えなかったし!柵をつけてもらえたのもだいぶ後になってからで、育児のこうしてやりたい、が口に出て要求になると雰囲気が悪くなる。  他のことでもそうだけどやって欲しいことをどんどん口にしてしまうとわがままにきこえるし自分も嫌いになるし頼まれた人は今自分のやりたい事じゃないし。当然ですがヽ(´o`;


人のやり方と自分のやり方は全然違う、そして自分のやり方は 人、少なくとも我が家の人間は求めていない事でした。

掃除するのを諦めて減らしました。料理の品数も減りました。洗濯は任せました。(ありがたや)育児は....


育児は育て方を減らしました。理想の育児は捨てました。でも大事な根っこの部分は捨ててません。諦めたことによって本当に必要なもので、大事なことが見えるようになってきました。

自動車運転を諦めました。  家族も他人も傷つけずに済みました。

自立して歩くことを諦めました。  車椅子の世界が広がりました。

病名探しを諦めました。  これは単純にストレスが減りました。 冒頭でも話が出ましたが、分からない事が不安にさせて生活に影響が出ていたので、今必要のないものとして気持ちを処分させた方が家族にも自分のためにも良かったです。



...それでもいいことばかりではなかったです。「前の自分」に必要なものだったから、捨てきれないことも葛藤も多かったです。家族と激しくケンカしたこともあった。


けど「今の自分」には必要のないもので、時間と共に納得してけるもんです。


「今」はそれどころではなく子供を生かすことが最優先ですから、(家族がペットボトルをいつも片付けないんですが、)もうしません。


....



自分でやれよ!!!(# ゚д゚)

くらい思ってます。笑  本当自分でやれよなんだけど...。

悩んで、迷って、悔しくて泣いたりしてもそれでも時間を進んでかなくちゃならない。



諦めることは残念なことじゃない。諦めるのは生きてくために整理する事だから  生きてることは残念なことじゃないから。



なんか締めれたのか締めれなかったのか....




私の肛門は緩いです!!!


1日3回の痛み止め座薬でゆるゆるです。2時の方向にキレ痔があります、そっちじゃないです、お尻から見て2時の方向です。

私の肛門の話まで読んでくださった方、本当ありがとうございました。そしてすみませんでした。

今日も一日お疲れ様でした。おやすみなさい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?