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じじい死ね


 いとこの家の壁には「じじい死ね」と書いてある。砂壁なので、彫ってあると言った方が正しいだろうか。

 その家には私のいとこであるまさ兄にいと、その妹のかえでクリニックと、叔父さんと叔母さんとじいちゃんが住んでいた。

 例の「じじい死ね」なのだが、実は未だに犯人が判明していない。
 ただ、そういうイタズラをするのは子どもだろうということで、我々は将兄による犯行だと認識していた。
 本人は認めていないが、それが彫られた頃楓クリニックはまだ2歳だったので、ほとんど確定したようなものだったのだ。

 その時何があったのかは知らないが、おそらくじいちゃんと喧嘩でもして、ムシャクシャして書いたのだろう。

 そんな将兄をじいちゃんは何事も無かったかのようにいつも可愛がっていた。あの壁の落書きなど見えていないかのように、将兄に愛情を注いでいた。

 その頃私は時々将兄の家に遊びに行っていたのだが、その壁を見る度に心臓がきゅーっと痛んだものだ。

 それから何年か過ぎ、私が中1、将兄が中2の時にじいちゃんが死んだ。
 急な事故とかではなく、老衰だったのでみんなで最期を看取ることが出来た。

 じいちゃんが寝ているベッドを囲んで、みんなでじいちゃんの手を握りながらそれぞれ感謝の言葉を述べたりした。

 そしていよいよ、じいちゃんの最期の言葉を聞く時が来た。

 じいちゃんは泣いていた。自分は幸せ者だと何度も繰り返した。
 後のことは頼むぞ、孫たちを立派に育て上げてくれ、など私たちの親に言っていた。

 そして、またみんなに会いたいと言った。

 生まれ変わってもまたみんなと暮らしたいと、同じ人間に生まれたいと、そう言ったのだ。

 しかし、その次にじいちゃんが発した言葉にその場にいた全員が耳を疑った。

「ただ、もし生まれ変わったとしても絶対に将弥まさやとだけは出会いたくない」

 はっきりそう言ったのだ。

 将弥とは将兄のことだ。
 将兄はこの言葉にとてもショックを受け、すでに意識も朦朧としているじいちゃんを殴ろうとした。
 楓クリニックが将兄の腕を掴んで宥めたが、将兄はその腕を振り払ってもう1度じいちゃんに殴りかかった。

 将兄の拳がじいちゃんの右頬に当たったが、じいちゃんは無反応だった。

「無視すんじゃねーよじじい!」

 将兄は半狂乱になりながら、何度もじいちゃんの遺体を殴った。

 何度も殴られたじいちゃんの遺体は次第に薄っぺらくなっていき、最終的にスルメのようになってしまった。

「おじいちゃんがスルメになっちゃったよ〜! うわぁ〜ん!」

 じいちゃんの珍奇ちんきな最期に涙を流すかえでクリニック。

「父さん! 父さん! そんな最期ってないよぉ!」

 叔父さんもパニックになっている。

 くる⋯⋯

 暖房のせいでじいちゃんの遺体が丸まり始めている。病室というのは中々暑いものなのだ。

 くる⋯⋯くる⋯⋯


 くるりんぱ!


 こうしてじいちゃんは完全に丸まってしまった。

 それから葬儀屋の人が来てスルメを将兄の家に運んでいったので、私たちも各自で向かった。

 将兄の家に入ると、あの落書きが消えていた。

 玄関を入ってすぐの階段の横のところに「じじい死ね」と彫ってあったはずなのだ。
 なのにそれが消えている。どういうことなのだろうか。

「なんで消えたんだ⋯⋯」

 1人で壁を見ながら呟いていると、葬儀屋の人に「どうしたんですか」と声をかけられた。

「いや、あまり言いたくない話なんですがね、実はここに『じじい死ね』って落書きがあったんです。それが消えていたのでどうしたのかなと思いまして」

「死んだから消えたんじゃないですか? ほら、言葉には力が宿るって言いますしおすし」

「おすし?」

「そうです。イカのお寿司です」

「それって避難訓練のやつですよね」

「えっ」

 あれ? 確かそうだったはずだけどな⋯⋯

ついて
「イカ」ない。
「の」らない。
「お」お声で叫ぶ。
「す」ぐ逃げる。
「し」らせる。

 うん、避難訓練じゃなかったわ。

 でも勉強になった。やっぱり死に関わる仕事をしてる人はいろいろ知ってるなぁ。

 翌日、私はじいちゃんの通夜に出た。

 通夜には雀荘で仲良くしていたという老人が100人くらい来た。
 また、ほとんどの人が棺桶を見て「スルメじゃねーか!」「丸まってんじゃねーか!」「ツモ!」と叫んでいた。賑やかなのが好きな人だったから、あの世で喜んでいることだろう。じいちゃんの好きそうな雰囲気だ。

 ただ、その通夜の席には将兄の姿がなかった。

 気になった私は叔父さんに声をかけてみた。
 すると、予想だにしない返事が帰ってきた。

「隣町で牛裂きの刑を受けてるよ」

 なんということだ⋯⋯
 人をスルメにすると牛に裂かれるのか。

「昨日の夜隣町で万引きしたらしいからな」

 スルメ関係ないのかよ。

 ていうか息子が裂かれてるのになんとも思わないのか? この人は。

 お葬式は皆好き放題していた。

 スルメになったじいちゃんの顔を舐めたり、ふちっこの方を少し刻んでもんじゃ焼きに入れたり、正月に配ったり、サッカーしたり、爪を研いだり、マタタビを齧かじったり、顔を洗ったりしていた。

 それを見ていた楓クリニックが言った。

「あたし、お医者さんになる! 今回のおじいちゃんのことで、この世にはまだまだ見つかっていない病気があるんだって気づいたんだ!」

 じいちゃんは老衰で、スルメになったのは将兄の百裂拳のせいなんだが⋯⋯

 火葬場ではいい匂いがしていた。
 雀荘からやってきたジジイどもがその匂いで1杯やっていた。ワンカップにスルメ。正月のようだった。

 やがて遮断機が下りた。

 炉から出てきたじいちゃんは、1本の骨になっていた。

「あいつ、骨1本しかなかったのかよ! マジャジャジャジャ!」

 雀荘に住んでいるジジイ特有の笑い声が火葬場に響く。

「いや、これは骨ではなく軟甲なんこうと呼ばれる痕跡器官です。イカの先祖は貝だったのですが、その貝殻の名残だそうです。なので骨は0本ですね」

 火葬に立ち会っていたイカの専門家が言った。

「イカの先祖って貝だったのか⋯⋯そうか! クリオネもハダカカメガイって名前でイカっぽいもんね!」

 頭から火山とゴルフクラブの生えた小僧が言った。全く関係ないのだか、なぜか種田山頭火が頭に浮かんだ。

「イカっぽくないが?」

 否定する楓クリニック。

「えっ?」

 不意をつかれたような顔をしているゴルフボルケーノヘッド。

「全然イカっぽくないが?」

 非情を貫く楓クリニック。

「死のう⋯⋯」

 楓クリニックの冷たい対応にショックを受けたゴルフボールケノヘッドは雀荘の仲間とともに心中してしまった。

「よし決めた! あたし、医者になる! はむっ」

 本日2度目の決意をしながらハーゲンダッツを素手で食べる楓クリニック。

 努力の甲斐あって、楓クリニックは見事半年後に医者になった。

『楓クリニッククリニック』という名前のクリニックを開業したらしい。


 性的なサービスを受けられるので、私は毎週通っている。

 日本語というのは難しいものである。

 なぜか?

 なんかみんなそう言ってるからである。
 特に私は難しいと感じたことはない。

 ではなぜこんな話を始めたのか。それは本編があまりにも短かったので、ここでボリュームを出そうと思ったからだ。
 炭水化物を増やし、生クリームをドボドボと入れ、烏龍茶で煮る。

 大根を大さじ1加え、アヒルの腸に詰めていく。

 2時間寝かせたら、それを持ってみんなで走る。出来るだけ早く走る。

 それを半年続ける。

 すると、あなたは痩せている。

 そう、スルメのようにね。






 イイハナシダナー( ;∀;)





 むらさきのうんち(´;ω;`)絶許ンゴ!

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