へぬるへぬるそ様
Mission
「Shit! Mania wanna cutter car!」(訳:クソ! 間に合わなかったか!)
何者かにより山が荒らされ、動物たちの死体がいたるところに転がっている。調査隊が到着した頃にはすでに犯人の姿はなかった。
この地点から東に約40mにわたって草木が倒されている。おそらくヤツが無理やりここを通っていったのだろう。
ガサゴソ
と背後から音がした。男は倒れた草木に気を取られていたせいで反応が遅れてしまった。
「Mr.島田,Murder year gotta no car!」(訳:しまった、まだ居やがったのか!)
『臭くて可愛い子ってほとんど見ないよね』
『確かに』
『基本居ないね』
三ツ首の怪物が会話をしながら男に近づく。男は腰を抜かしてしまい、足はガクガクと震えている。
「WARRRRRRRRRRRRRR!!!」(訳:うぉぉおおあああああああああああ!!!)
『(・∀・)ウマシ!』
『(・∀・)オスシ!』
『(・∀・)メザシ!』
その後、彼の姿を見た者はいないという。
Past
「はぁ⋯⋯つらい⋯⋯」
過去は過去だと割り切れる人間が羨ましい。
彼にとってはまるで昨日今日の出来事だった。
終わってなどいない――過去は、過去ではないのだ。
この男、竹下ウンコマンには不意にどん底が訪れる。彼は過去に6年間、いじめを受けていたことがある。その記憶はいつでも鮮明に蘇り、彼を苦しめる。
「おいウンコマン! 30分後に河川敷に来い! 来なかったら⋯⋯分かってるよな」
上司である筍上シッコマンの命令は絶対だ。たとえ勤務時間外だったとしても――
「おう、来たか。今日は千本ノックだ。俺が打つからお前は全部キャッチしろ。1球でも取れなかったらタダじゃおかないからな」
「は、はい⋯⋯」
ほとんどホームランだったので結局4球しか取れず、ウンコマンは川に沈められた。そう、この16年前の記憶こそが彼を苦しめている原因なのだ。
61歳になった今でもシッコマンから受けたいじめの記憶に怯えながら過ごしている。
「あなた、本当に笑わなくなったわね⋯⋯あの時私が気付いていれば何か違っていたかもしれないのにね⋯⋯」
ウンコマンの妻、竹下ウンコシッコマンが言った。彼女は当時、夫がいじめられていることに気付けなかったことを今でも後悔している。
「心配掛けてごめんな、ウンコシッコマン。笑おうと努力はしているんだけど、どうしてもなぁ」
彼は今日も仕事に向かう。幸い例の上司は16年前に亡くなっているので、現在彼をいじめる者はいない。
「しかしあいつの死に方、何だったんだろうな⋯⋯」
ウンコマンは度々疑問に思うことがある。自分をいじめていた上司の死に様だ。山で見つかった彼の遺体は両腕両足を食いちぎられており、顔を見ると満面の笑みだったという。
身体は山の獣にでも食われたのかもしれないが、満面の笑みだった理由が分からない。そこにどうしても疑問が生じ、同時に不安も感じる。
「怨念を感じる死に方だよなぁ」
笑顔で死んでいたことになにか深い意味があるのではないか、彼はそんな気がしてならないのだ。
「どうか⋯⋯どうか⋯⋯」
ウンコマンの妻がパソコンに祈っている。真っ暗な画面に赤い字で『へぬるへぬるそ様』と書かれていた。
へぬるへぬるそ様とは別名山の神と呼ばれている怪異で、その昔人々を笑わせにどこからか現れていたという。あまりに面白すぎて笑い死にした者もいたと言われている。
彼女はたまたまその存在を知り、へぬるへぬるそ様を呼ぶ儀式を実行しているのだ。
「僕が笑える日はいつ来るのだろうか⋯⋯いや! 自分で作らなきゃダメか! 会社休んじゃお!」
ウンコマンは人が変わったように元気になり、会社にはズル休みする旨を伝えた。
『おいお前、ズル休みしますってなんだよ!』ブチッ
すぐに電話を切り、彼は山に向かった。特に意味がある訳ではない。そこに山があるから登るのだ。きっとその先に彼の求める未来があるから⋯⋯
異様に力が溢れ、有り余った力を使うべく逆立ちで山を登るウンコマン。そのうち腕を動かさずとも、指をウネウネガサガサ動かすだけで登れるまでになっていた。
『来たか、君がウンコマンだね。なにか悩んでいるね』
ウンコマンの前に現れたのは、三ツ首の怪物『へぬるへぬるそ様』だった。
「あ、あなたは、私が悩んでいるのが分かるのですか! やはり、顔に出ているんですかね⋯⋯」
ウンコマンは自分が悩んでいると言い当てられて、今にも泣いてしまいそうな顔をしている。
『さあ、悩みを言いなさい』
「はい、トラウマのせいで毎日眠れなくて⋯⋯寝不足なんです」
トラウマとはもちろん彼が過去に受けていたいじめのことだ。へぬるへぬるそ様は答えてくれるのだろうか。
『オールナイト!』
『オールナイト!』
『オールナイト!』
3つの首全てが徹夜すべきだと言っている。それで解決出来るのだろうか。
「満場一致かよ! 適当集団だなお前ら!」
ウンコマンのツッコミが炸裂する。
「ハッ、こんなに元気な声を出したのはいつぶりだろうか⋯⋯」
『じゃあ布団の中でなにか数えてみるっていうのは?』
『それがいい、それがいい』
『うんこが1品、うんこが2品⋯⋯』
「うんこなんか数えられるかっ! しかもなんで単位が品なんだよ! はははっ!」
この時、実に22年振りに彼に笑顔が戻った。そして彼は気付いた。この怪物は寝不足の相談に乗っているのではなく、彼の心の中にある本当の悩み、ずっと笑えていないということを解決しようとしてくれていたのだ。
「ありがとうございます! 僕に笑顔が戻りました! なんと感謝していいやら⋯⋯って、何するんですか!うわああ!!」
『(・∀・)ウマシ!』
『(・∀・)オスシ!』
『(・∀・)メザシ!』
どんな事でも感想いただけると(・∀・)ウレシ!
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