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誕生日なのに、早朝から号泣する事になった

誕生日だからって浮かれるような年齢はとっくの昔に過ぎ去ってて、数日前から楽しみに指折り数えるなんて事も全くなく、なんなら昨日「あれ、明日誕生日だっけ」くらいに思い出した程度のものだったりする。

誕生日返納制度があるなら全然返納しちゃってもいいと思ってるくらい別に必要もないしいらないものだと思ってる。

社会人になって何年も経てば、いつも通り仕事して終わり、ってなってくる人も多いんじゃないのかな。特に何も変わり映えがない日常と同じ感覚なわけですよ。


ただひとつ。ひとつだけ。寝ている時にネコさんに布団に入って来てほしい、一緒に同じ布団に入っている状態で目覚めたい。これだけはなぜか願ってしまう。誕生日だからって何か欲しいとは思わないけど、これだけはして欲しい。これだけで十分。これだけで幸せ。

寒い時期は毎日のように布団に入ってくるんだけど、ちょうど暖かくなってきて布団の中には入ってこない日が増えてくるギリギリの時期なのだ。そして昨日は少し寒かったからちょっと期待しながら寝たんだけど、明け方まだ暗い時間に「布団に入れろー」って来てくれた。ありがとう、これでもう十分。1番嬉しいものがもらえた。

ちなみに去年もおととしも同じように誕生日に布団に入って来てくれた。本人(ネコさん)にしてみればただ寒かっただけで何でもない当たり前の事をしただけなんだろうけど、もしかして分かってやってくれてる?と思ったりもする。

まあ、そんな事はないんだけどね、ウチの仔に限って。とにかく自分が1番で、自分さえよければそれで良いと思ってるヤツだからね。ワガママで自分勝手で全て自分の思い通りにしたいって思ってるヤツだからね。うん、それでいいのよ。それがいいのよ。世界一自由で幸せでいればそれでいい。


そんなこんなでまだ眠い早朝に起こされまして、ご飯を作って食べながら毎日とりあえずログインだけはしているサイトなんかを巡回しつつ、メールを見たらnoteから「今週のおすすめ」のお知らせが来てた。どれどれ、面白そうな記事があるかなとチェックしたら、そこに大好きな漫画の作者 ろばたんさん の記事があった。

「猫さまとの最後の日々はおだやかなものでした」

と始めに書いてあった。すぐにどういう内容なのかを察した。ろばたんさんちの猫さんが病気になってしまっていた事は知っていたのでね。そっか…そっか…、と思いながらその記事を読みに行く時にはもうすでに涙が流れ、読み始めてからはテーブルの上がティッシュだらけになり、目も鼻もこすり過ぎて痛くなったからそのまま流れ落ちるものを放置しながら記事を読みました。


ろばたんさんは実際に一緒に生活している犬と猫を題材にした「犬と猫どっちも飼ってると毎日楽しい」という漫画を描いていて、初めてこの漫画を読んだ時、とゆーか3ページ目くらいにはもうハマってた。感情丸出しの犬くんとツンデレの猫さんの対比がすごく面白い。

生き物がとにかく好きという事もあるんだけど、特に猫さんの表情と行動に心を奪われ、周りにいる漫画好き・ネコ好きの人達にこの漫画を押し付け…じゃなくて、すすめまくった。もちろんすでに「知ってる」ってゆー人も何人かいたけど。ほとんどの人が「めっちゃ面白い、教えてくれてありがとう」といった具合でみんなハマってた。


日常生活が漫画になっていてそれを読んでいたからか、なんだか実際に会って遊んだ事があるような気もする犬くんと猫さん。犬くんは猫さんよりも先に旅立ってしまいその事を知った時も号泣したけど、それはつらくて悲しいという事ももちろんあるんだけど、それよりも大事にされて愛されて生涯を終えた動物がいるという事実がたまらなく嬉しかったりもするのだ。

嬉し涙、というとちょっと語弊があるけど。犬くんも猫さんも大好きなろばたんさん家族と最後まで一緒に生活できた事。何かを誰かを恨むような事はひとつもない生涯を送れたんだろうな、と。病気になってしまって痛かったり苦しかったりした事もあるかもしれないけど、心配したり面倒を見てくれる人が常にすぐそばにいたという事。そういう幸せな環境の中で一生を送れたという事。

もちろん旅立ってしまったという事はどうしようもなくツライ。もうすぐ旅立ってしまうという事がわかっている状態で一緒に生活するのもすごくしんどかったと思う。そのへんはうちのネコさんと自分に置き換えて読んだりしてたから、余計に読んでいてつらかった。もうホントに未だに涙が止まらない。

いなくなった後に、「してあげれば良かった」って思う事をアレコレ考えて後悔する事がないように、常にできる事は全部してきてはいるんだけど。やっぱり存在そのものがなくなってしまうという事を考えちゃうとダメだー。ティッシュがどんどん減っていく。

だから普段はその事をなるべく考えないように、とにかく楽しく仲良くしてはいるんだけど。ろばたんさんが感情を書くのがすごく上手いから、もう乗せられて乗せられて。

誕生日に朝早くから号泣しまくったわー。まったく、良い幕開けになりました。


ここからは記事を書いていて思い出した事とか、生き物に対する自分の考え方とか。

以前…、もう20年くらい前になるかな。ホームセンターの猫のご飯売り場で老夫婦に話しかけられた事がある。お互いにカートに大量のカリカリを乗せていた。その時うちには一緒に生活している動物はいなくて、ノラさん達のご飯を定期的に買いに行っていたんだけど。確認できていただけでも7匹のノラ猫と1匹のノラ狸がいたもんで、けっこーな勢いでカリカリがなくなるから毎回買い溜めしてたのね。

そしたらそのカートを見た老夫婦が「あら、(猫が)沢山いるのね」と声をかけてきた。私は簡単に事情を説明して「そちらこそ沢山いるんですね」と返したんだけど、「違うのよ、うちも同じで1匹もいないの。全部ノラさんのご飯なの」と。まさか同じ事をしている人がいてさらに話しかけられるなんて思ってもみなかったけど、その時はすごく嬉しくなったから今でもその事を覚えている。

毎日お腹いっぱいご飯を食べてるノラさんがいるという事がとにかく嬉しかった。そうしてあげている人が話しかけてきてくれたという事も嬉しかった。


よく「クセになるからノラに食べ物をあげちゃダメだ。最後まで責任取れないなら何もするな」とかって言う人がいるけど、アホかと思う。みんなが自分が出来る事をちょっとずつやればいいのよ。誰の責任とかじゃないんだよ、人間全員の責任なんだよ。人間が動物の居場所や食べ物を奪ってるんだよ。

腹が減ってるなら食わせてあげればいい。毎日できないならやるなって言う人もいるけど、生まれてから死ぬまで常に空腹でいるより、一生のうち1日だけでも1回だけでも腹いっぱい食った事があるって方がいいじゃん。出先で出会った猫さんに毎日ご飯を届ける事はできないけど、その時にもし出来る事があるならするよ。

責任とれないなら何もするなって言うなら、募金とかもしない方がいいって事になるよね。カンボジアの難民のために小銭を募金するな、その人の人生を責任持って面倒見ろって事でしょ。ホントにアホかと思う。


今まで道路で轢かれてしまっている動物がいたら、それ以上踏まれる事がないように端に移動させたりもしてきてる。車の免許を取ってからもうずっとしてる。トラックに乗っていた頃は1度通り過ぎてしまうとUターンするのが大変だったりもしたけど。毎回ハンカチを被せてたらあっという間にハンカチがなくなって困ったりもしたけど。

触らせてくれるノラさんがいたら身体を拭いてあげてノミ取りの薬も投与してきた。首輪をしていたから飼い猫だと思っていたら、幼い頃にうちに帰れなくなってしまったのか、首輪がぎゅうぎゅうに締まっちゃっていたノラさんもいた。すぐに外してあげたら、猫ってこんなに感情を表に出すの?ってくらい喜んでにゃ~にゃ~鳴きながらこすりまくって来た。ずっと苦しかったんだろうな。気付いて良かった。


ちょっと話がそれたかもしれないけど、自分ちの仔だけじゃなくよそんちの仔もノラも関係なくみんな同じように生き物が好きだ。爬虫類もミミズもカエルも蜘蛛もみんな好きだ。自分ちのネコさんとは深く関わっているわけだからもちろん1番情があったりもするけど、全部が全部みんな幸せな一生を送ってくれたらいいな、と昔から思ってる。人間だけは好きじゃないけど。



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