【小説】コロナ禍のコロナカ


 総理大臣が「緊急事態宣言を発出します」なんてSFじみたことを言ってから、さらにSFじみたことが起こるなんて。

 やることがない。Netflixでアニメや映画を視るのにも飽きて、あたしはひたすらボーッとしていた。
 SNSを見てもコロナ禍のストレスからか、最近は誰かと誰かが揉めている様子ばかり流れてきて疲れてしまう。単純にやることが無くなったのもあるけど、やる気自体が消失してしまっている。世界や日本や自分がこれからどうなるのか考えていると、頑張っても仕方ないんじゃないか、皆どーせ滅びていくんだからとしか考えられなくなっていた。
 ふと鏡に目をやると、ボサボサの髪にヒゲの生えた小汚ない自分の姿が映っている。あんなに毎日頑張って美容に気を使って、女装アカウントのフォロワーを増やそうと頑張っていたのに、もう何もかもどうでもよくなっていた。


 部屋に宇宙人がいる。
 いつの間に現れたのか知らないが、招き入れた覚えもないのに宇宙人がいる。
 宇宙人ではなく地球人の不審者かも知れないけど、あたしの動物的勘によると、目の前に正座している宇宙人がいる。


「あの、ポクは宇宙人なのんデスんが」

 宇宙人だった。あたしの動物的勘も捨てたもんじゃない。

 いきなり部屋に宇宙人が現れるなんて、にわかには信じられないことだけど、まあ映画みたいなパンデミックが現実に起こっちゃうのだから、映画みたいに宇宙人がやって来てもおかしくないのかも知れないなーなんて、あたしの脳みそは突然やってくる変化に対する適応力をコロナ禍で進化させてしまったようだ。

「ポクの話を聞いてもらってもヨロシですかん?」
「いいよ。退屈してたとこだし」
 あたしが軽いノリで承諾してやると、宇宙人は続けた。
「この地球は滅亡シマス。あなた地球救うため戦うヨイデスか?」
 映画で10000回くらい聞いた内容を、まさかこんな間抜けな口調で実際に聞かされるはめになろうとは……。
「どういうこと?もっとちゃんと説明してよ」
 あたしが問い返すと、宇宙人は空中に手をかざした。すると「ヴォンッッ」と音を立てて空中にホログラムモニターとでも呼べばいいのだろうか?何やらPCの画面のようなものが出現するではないか!
(いいぞ!宇宙人っぽいぞ!)と感動していたのも束の間、宇宙人は「んー……」とか「あー……」とか唸りながらモタモタモタモタモタモタモタモタ画面をスクロールして頭を捻っている。あたしは心底ガッカリして、下を向いてビーフジャーキーをしゃぶって待っていた。どこの世界、いや、宇宙にも仕事の出来ない奴はいるもんだな。

 それにしても変な宇宙人である。初めて本物の宇宙人に会ったんだから、変な宇宙人なのか普通の宇宙人なのかなんて判らないけど、やっぱ変だ。地球人の中でも変な奴を宇宙人と呼んだりすることがあるくらいだし、宇宙人は皆コイツみたいに変なのだろうか?

 まずこの変な日本語は何だ?エセ中国人キャラみたいな、人の神経を逆撫でするような間抜けな口調は。そりゃあ、宇宙人と言えば「ワレワレハ宇宙人ダ」みたいなカタコトのイメージもあるけど、それにしたってこれはヒドイ。まあでも自分がもしも別の惑星に行かされて、その星の言葉で喋れって言われたら上手く喋れる自信は無いし、コイツもよくやってる方なのかも知れない。日本語なんて地球人の言語の中でも難しい部類だし、使ってる翻訳機が安モンだってことも有り得るわけだし、伝わってるだけ許してやるべきだろう。
 次に容姿も変だ。服装はフツーにUNIQLOで売ってそうなカジュアルな服だし、顔は三枚目で売ってる若手俳優みたいな愛嬌のある少しブサイクな日本人の若い男の子、だけど肌の色が違うのだ。なんというか"緑がかって"いる、わかりやすい宇宙人の真緑や青の肌ではなく、なんとなく"緑がかった"肌色で違和感があって、見ていると不安になる。「お前は普通の人間じゃない!」と言って差別してイジメてやりたくなってくる感情に気づいて、まじまじと見るのをやめた。向こうは向こうであたしをそう思って見ているかも知れないし、地球人同士でもそういう感情はあるわけだし……と、あたしがめんどくさい思考モードに入り始めた時だった。

「この世界にポクたちとは別の星から来た宇宙人紛れてるんだから、あなたソイツら見つけ出して戦うといいヨ、そしたら地球マモれるかも多分」
 どうやら資料の再確認が終わったらしい緑がかった肌の三枚目若手俳優はそう言った。
「宇宙人と戦う~!?ヤダよそんなの。危ないしめんどくさいし、そもそも外出自粛期間なのに外出たら宇宙人の前に自粛警察に殺されちゃうもん」
「アナタ星守りたくないカ?"母星愛"ナイのカ?」
 ぼ、"母星愛"とは……"地元愛"や"母国愛"ならともかく、"母星愛"とは大きく出たなコイツ……さすが宇宙人の言うことはスケールが違うぜ……。
と驚きながらもあたしはきっぱり「んなもんねぇよ」と答えた。
 宇宙人は王貞治が豆鉄砲を食ったような目と口を丸く開けた面白い顔をした後「アナタ、オスだろ?闘争心とかナイか?」と聞いてきた。
「あんたそれ地球ではセクハラ発言だぞ……。あたしは体はオスだけど性自認はどっちかつーと女なの」
「メスってことカ?」
「んー……メスって言うか……LGBTとか言ってもわかんないよなぁ……」
「あーシッテルシッテル!習った習った!ポクは地球人の文化習って高度なコミュニケーション術学んでるだから全部理解!差別発言ナイ偏見ナシ問題ナシ!」
「さっき思いっきり"オス"呼ばわりされたんですが……」
だいたい「高度なコミュニケーション術学んでる」とか自分から言ってくる奴コミュニケーション下手糞だと思うんだが……。
呆れつつも、何だか悪い奴ではないような気がしたので、つい気が緩んで自分語りを始めてしまう。
「あたしも自分で自分のことわかってるわけじゃなくて、男だけど女っつーか……でも人より自己顕示欲が強くてナルシストだからさ、そんなに不幸とか思ったことも無くて、LGBTって言葉知った時もなんかかっこいいなみたいな。人と違うってコトに嬉しさを感じるタイプっていうか。女装だって男の体でやるから特別視されてちやほやしてもらえるわけだし。でもまあ最近はフォロワーも増えないし、権利運動とか見てると疲れてきて、コロナのこともあって必死に人気者になろうとするのもめんどくさくなってSNSもサボってるんだけど。そりゃ普通の人並みに認められたいって不満がないわけじゃないけど、こんな世界中皆が大変な時に自分の不幸自慢しても仕方ないっていうか……とにかくあたしは案外恵まれてて親も理解があるっていうか放任主義なだけなんだけど、自分が特別不幸とか苦労してるとか思わないしわりと幸せに生きてきたほうかなーみたいな。あ、ごめんね?自分語りしちゃって、キモいかな(笑)」
「ダイジョブです、半分以上聞き流してイマシタ!」
「ぶっ飛ばすぞてめぇ」

 あたしはだんだん馬鹿らしくなってきて、溶けたバナナアイスにライフガードをドパドパ注いでスプーンでグルグルかき混ぜながら適当に話を聞き始めた。
「ホントにガンバラナイト、チョウド100年後に宇宙人に地球滅びさせられるイイ?」
「は?100年後なの?じゃああたし確実に死んでるし関係ないじゃん、どーでもいいよ」
「あなた死んでても子孫生きてる、子孫の生活ヤバイ」
「さっきも言ったけどさー、あたしは子孫残せないの。いや女とヤれば残せるけどヤりたくないし、だから関係ない。そもそもコロナ禍で目先の安全が脅かされてるのに、今宇宙人のことまで相手してらんないって」
「子孫オス同士でも残せるようにナル、ポクたちの研究で予測出てるヨ」
「え、そうなの!?」
 あたしはちょっとびっくりして、ついスプーンを回す手を止めてしまった。でもまたグルグルとかき混ぜて考え始める。
「うーん……子供作れるようになるっていうのはコンプレックスのひとつが解消されることだから嬉しいけど……でもあたし結局自分が一番好きだから別に子供欲しくないんだよなー、むしろ自虐ネタいっこ減っちゃうし。そもそも欲しいとしてもこんなに社会が混乱してる時代に生むのも子供が可哀想だし、やっぱ作らないだろうなー。ということで100年後の地球はどうでもいいや」
「冷てぇー」
 なんだその若者みたいなノリの返しは。
 あたしはアイスをかき混ぜるのにも飽きてスプーンから手を話すと、宇宙人に訊いてみた。
「あんた名前何て言うの?」
「"コロナカ"」
「え、嘘でしょ?」
「ホント、ポクは"コロナカ"っていうヨ」
 あたしは人の名前覚えられない方だけど、コイツの名前は生涯忘れることはないだろうな……。それにしても"コロナカ"かぁ……、最近聞き疲れていたこの響きもコイツの間抜けなキャラクターと合わさると、なんだか可愛らしい響きのように感じて「ふふっ」と思わず吹き出してしまった。
 コロナカは一息つくように、あたしがかき混ぜたライフガード入りバナナアイスをズズッと啜った。
「冷てぇー」
 冷てぇーじゃねえよ、飲むな飲むな勝手に。
「それ別にあんたに飲ませるために混ぜてやったわけじゃないんだけど、茶道じゃあるまいし」
「スイヤセン」
 ちょっと抜けてる子分かお前は。

「では、ポクは星に帰ります」
「え、いいの?意外とあっさりしてるね」
「イヤな人戦わせても仕方ナイ」
「次の候補探したりするの?」
「ホントはそう。ダケドもうこの仕事ヤメル」
「え、なんで」
 あたしはちょっと焦った、もしかしてコロナカにとっては大事な引退試合みたいな営業だったのだろうか。
「今日ハジメテの交渉ダタ、ケド疲れる向いてないこの仕事ヤーメタ」
「初仕事かよ!えー、ここで辞められたらあたしがめっちゃイヤな取引先で新人潰ししたみたいじゃん、もうちょっと頑張りなよ」
「ヤメル言ってるのに止めるパワーハラスメント、惑星問題になるヨ」
「コ、コイツ……自分はセクハラしといて……」
 そもそもパワーハラスメントってこの場合宇宙人であるコロナカの方が上の立場じゃないのかって疑問があるんだけど、地球人の方が立場上なのかなぁ……。
「それじゃポク帰るヨ、そのドロドロオイシカタんんヨ」
「あーうん、ドロドロて……。まあお互い頑張ろーね」
 あっさりした別れの挨拶を交わすと、コロナカは一瞬で目の前から消失してしまった。コロナカが居た場所の床はびしょびしょに濡れていて……。
「って墓場でタクシーに乗ってきた幽霊かお前は!」
 ったく、とことん迷惑なやつだなあ……これ拭くのも怖いな……有害な液体とかじゃないよね?と悩んだあげく、念のためというか記念に濡れた床の写真をスマホで撮って、とりあえずリセッシュをかけて誤魔化した。案外墓場でタクシーに乗ってくる幽霊の怪談も正体はアイツらかもしんないなー……と、あたしはまたボーッと考え事を始めた。
 まぬけなSFもあったもんだ。外出自粛してても出会いがあるなんて。よく考えると久々に人と喋った、いや人じゃなくて宇宙人だけど。なんだか楽しかった気もする。もし宇宙人と戦ってたらどうなってたのかな?これからまた宇宙人が暴れたり大変なことが起こったりするのかな?あたしが子供作ったらどんな子供が生まれるんだろう?つーかソーシャルディスタンス忘れてた……まあ相手は宇宙人だし大丈夫か……。そういえばコロナカの写真撮っとけばよかった、SNSに貼ったらどうなってただろう。
 スマホの画面に映るSNSのアプリアイコンをボーッと見つめていると、スマホの画面が真っ暗になってあたしの顔が映った。あー、ヒゲ剃らなきゃなー……。

 なんだかわからんしょーもない宇宙人コロナカとの出会いは現実味がなくふわふわしていて、だけど現実味のないふわふわしたコロナ禍のステイホーム中のあたしには久しぶりの現実的な刺激のようにも感じられた。
 この一件は誰とも共有せずに自分とコロナカだけの思い出にしよう。なんて考え方はちょっとクサイか。というか向こうはあたしのことすぐ忘れやがりそうだな……。
 あたしはあたし一人しかいない静かすぎる部屋に、独り言にしては大きめの声で不安を叫んだ。
「あーあ、明日はトイレットペーパー売ってるかなあー」

(完)

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