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言葉の花束ーアキの詩集No.31


1.「辛くても幸せ」


今日も
誰かと
語らい
笑い合った

人との関わりは
相手がいて
出来ること

人との縁に
感謝

家族の笑顔
笑い声
あふれていることに
感謝

みんな
何かを抱えていて
辛いこともある
苦しいこともあるけれど

それでも
笑うことが出来るのは
どうしてだろう?

辛いこと苦しいことがあるからこそ
笑って吹き飛ばしたくなるのかな?

辛くても
幸せな心は持てる

辛いからこそ
今が苦しいからこそ
幸せに気付いたとき
大きな喜びが生まれる

だから
私の家族も
アンバランスではあるけれど
幸せな方なんだと思う



2.「ズボンのポケットにカイロを」


肌寒い日には

ズボンのポケットに
カイロを入れて
温まろう

仕事中
凍える体を
芯まで温めてくれる

その温かさが
心まで届いて

安心感を
もたらしてくれる

どんどん
寒さが増してくる
この季節

どうか
頑張りすぎないで

せめて
寒さが少しでも
しのげるように

カイロをポケットに入れて
自分を労って下さい

頑張ることは
当たり前だからと

自分を
労ることを
忘れないで

あなたを大切に思う人のために

まず
あなたが
自分自身を大切に思う人であって下さい



3.「味方を見つけて」


あなたは
誰と闘おうとしているの?

鏡に映った自分?
自分は
敵ではなく
友でしょう?

目に映るもの全て
敵に感じて
身構えるなんて
しないでよ

敵はいるかもしれない

けれど
探そうとするから
敵が見つかるのであって

探さなければ
そもそも
闘う必要なんて無い

どうせ探すならば
味方となってくれる人を探して

心を落ち着けて
ノイズを鎮めて
探してみて

そこにいるよ
自分の中に
まず
見つけて

自分という
味方

自分が一番の
味方になれれば
怖い物も減っていく

そうして
一人
また一人と

味方を見つけていって

どうすれば見つかる?

それは
人を受け入れて認める気持ち
そして感謝すること

それが出来れば
見つかるよ



4.「夢を見るならば」


眠っている間に
夢を見るならば

今は疎遠になってしまったけれど
お世話になった人達や
仲の良かった友人達

もう二度と会えない
あの人達に

会いたいな
夢の中だけでも

または
夢を自在に
操れるならば

自分が
「帰りたい」と願っていた
心のふるさとへ
夢の中だけでもいいから
行ってみたい

おそらく
緑豊かで
水も透き通っていて新鮮で

鳥獣
草木花虫
あらゆる生き物が
生き生きとしている

そういう場所だと思う

自分をいつわる必要が無く
ありのままの自分でいられる

そういう場所だと思う

今晩
見る夢は
どんな夢だろう?

たとえ忘れてしまうとしても
私の見たいと願う
夢であって欲しい



5.「喉風邪引いた」


喉が痛い
風邪引いた

自分を労りなよという
体からのサイン

ちゃんとキャッチして
今日は体を温めて
早く寝ます

何で
風邪引いたんだろう?

寒さがだんだん
厳しくなってきたからかしら?

それもあるだろうけれど
いつも
頑張りすぎるんだよ

取りあえず今日は

軽く
心のストレッチがてら

ポエムを
書いて
読んで

好きな音楽を聴いて

心の息吹を
促していく

そして
優しく
自分の体に手を触れて
ぎゅっと自分を抱きしめて
自分の温かさを感じて

自分が心から安らげるよう
労る

そうやって
自分が心から喜ぶことを
してあげようね



6.「冬場の夜の公園」


冬場の
夜の公園の
もの悲しさ

誰一人いない
遊具だけが
夜闇に溶け込む

そこの空間を
散歩なんてしたら

気晴らしどころか
いっそう寂しくなってしまいそう

幽霊すら
そこに漂うのを躊躇ってしまうほど
もの悲しい空間だ

自分の中の
悲しい思い出に浸りたいなら
そこは格好の場所だろう

公園の横の道路を照らす街灯が
いっそう
その不気味さを際立たせる

私は
ネガティブに溺れて生きるのは御免だ

夜闇の中
道を見失って
右往左往したくない

自分の心の光を灯し
道を照らして
行くべき道をどんどん進みたい

そう思いながら
颯爽と
公園の傍を車で通り過ぎた



7.「年老いた先に残るのは?」


年老いた先

私には
何が残るだろう?

頑固さだけを残して
世話する人達に
迷惑をかけて生きるのは嫌だ

死ぬ最後まで
「ありがとう」と人に
言い続け

感謝や喜びを抱きながら
生きていきたい



8.「毎日」


毎日が
同じことの繰り返し

そう見えるけれど
感じることも
考えることも
実は違っていたりする

同じ日が
繰り返し来るわけではなく

毎日が
違った日を生きていて

その日その日の
ストーリーを作っている

そう思うと
明日はどんな日になるのか
楽しみになってくる



9.「君は傷ついて良い存在じゃ無いよ」


「自分のせいにすればいい」

「自分が我慢すれば良い」

なんて
自分を犠牲にするような
他者への愛し方はしないで

「そうすれば楽に生きられる」
だなんて

確かにそうかもしれないけれど
それはすごく
危険な考え方だよ

君は
愛したい相手と同じくらい
愛されるべき存在だよ

愛し愛される権利は
無条件に誰にでも存在しているんだよ

誰かを愛するために
自分はいくらでも傷ついても構わない

そう思う人は
結構いるけれど

それは
健全な愛し方では無いし
私はそれを
真実の愛だとは思わない

真実の愛は
誰にとっても愛の恵みがもたらされる

そこに
誰かを傷つけるような要素なんて
あってはいけない

傷つけられていい存在なんていない

だから
傷つけるのもいけないし

傷を受けることも
本当はいけないことなんだよ

「この人から暴言を受けているけれど
自分は傷ついて良いから
相手を受け入れたい」

そうやって
自分はいくらでも傷ついて良いと
暴力を甘んじて受け入れる人もいる

それは
偽善だと私は思う

相手はそれで
すっきりするかもしれないけれど
自分は
どんどん傷が蓄積していくよ

自分が恨まなければ良い

そう思って
そのうち自分が駄目になったとしたら

それで悲しむ人は
どうなるの?

それ以前に
自分自身は自分を大切に
思わないの?

それで
相手は何も変わらず

次の標的を探して
また誰かを傷つけたら

それって
良いことじゃないよね

だからね
誰かを愛したいと思うなら
まずは
自分で自分を愛さないといけないよ

誰かから愛されて
愛を知って
自分を愛する

自分が満たされていない状態で
誰かを健全に愛するのは
無理なことだと思う

もう一回言うけれど

君も
君が大事だと思う相手と同じくらい
愛を受けて良い存在だし

君は
傷ついて良い存在じゃ無いよ



10.最後に(詩の解説)


1.~8.の詩は

日常や哲学的なことを綴った詩です(簡単な説明ですみません)。


9.の詩ですが

とある動画で
悪口を言ってきた友達に対して、「自分がなかなか構ってあげられていないから愛が欲しくてそう言ったんだ」と言って、その友達といっぱい遊ぶようにして仲直りした、というのは良いのですが

「何か悪いことを相手がしたとしたら、自分のせいにすれば楽だよ」と言っていたのが、忘れられなくて。
小学校1年生だと思うのですが
何というか、その子のそういう自己犠牲的な考え方が
すごく悲しくて

すごく大人びた子なのですが
その分、色々抱えてしまって将来潰れそうな印象があって
私はすごく心配です。

それだけでなく、動画を撮影している母親はその発言に対し「凄いね!」と言って高評価をしていて、動画のコメントも、その子の発言を賛美しているものしかなくて
周囲が持ち上げている状況があまりにも情けなく腹が立って

周囲がそうやって、大人みたいなその子を「信仰」している状態が
その子を追い詰めやしないかが本当に気がかり
です。

コメント欄で、「自分のせいにするという考え方は悲しすぎる」「他人と同じくらい自分も愛してあげて下さい」と私は書いたのですが
多分、読み飛ばしているだろうなと思います。

私は、受け狙いのコメントは書きたくないので、率直に思ったことを書きました。
そうすることしか出来ない自分の力不足さが歯がゆいですが。

この詩は、動画の男の子に向けた詩です。
君も愛されて良い存在。傷ついて良い存在ではないということを
知って欲しい
です。


最後までお読み下さりありがとうございます。

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