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土 地球最後のナゾ(藤井一至著)㊦

                          2018年出版 光文社新書 962  920円

前回㊤では、地球の土壌や腐植ふしょくの仕組みについてのお話でした。著者の藤井一至かずみち氏は1981年富山県生まれ、カナダの永久凍土からインドネシアの熱帯雨林までスコップ片手に世界各地、日本の津々浦々を飛び回り、土の成り立ちと持続的な利用方法を研究しています。

学者先生と言えばずっと机に向かい難しい論文を書いているイメージですが、スコップ片手に飛び回るフットワークの軽さに驚きます。その姿勢はどこから来ているのでしょう?




「100億人を養う土壌を求めて」

サブタイトルの語句ですが、具体的にはどういうことでしょう。

 読者諸賢には何を好き好んで土なんて掘っているのかと思われるかもしれない。家や道を作るためでもなければ、徳川埋蔵金を探すためでも……ない。100億人を養ってくれる肥沃な土を探すためだ。毎日の食卓を支える地球の土を研究している。

『土 地球最後のナゾ』 まえがき p6

 しかし、70億人を突破した世界人口は、さらに30億人も増えて21世紀中には100億人に達するという。一人当たりの畑は30メートル×30メートルの面積しかないのに(正しくは、45メートル×45メートルだと後に知った)、砂漠化によってさらに土が減ってしまう。食いしん坊の直観にすぎないが、ずいぶんと狭い。本当なら一大事だ。100億人が、なによりも自分がお腹いっぱい食べていくには、どうすればよいのか。100億人分の肥沃な土を見つけるしかない。

同上 p6

著者が農家の長男であることの影響があったのか、少年でありながら世界の食料を心配し、進路をエジプト考古学から土の研究者へと変更しました。人口爆発、食糧危機、砂漠化など危機をあおる言葉に怯えるだけになりがちなのに、立ち向かおうとするその勇気に頭が下がります。そして、ここを出発点かつゴールとして、土の研究を始めたのだそうです。


                    『土 地球最後のナゾ』 口絵1 世界の土壌図


植物工場で100億人 養えるか

けれども、土でなくても、今では水耕栽培や植物工場などがあると疑問が浮かぶかもしれません。実際はどうでしょう?

土のない植物工場と野外の露地栽培とでは、圧倒的に植物工場の方が早く大きく育つ。土は植物工場に勝てない。「土が野菜成長の足かせなんじゃないか」という人までいる。これは一面では事実なのだ。作物の品種改良やバイオテクノロジーの発達は、植物の成長力を限界まで高めた。

同上 P46

という事なら、植物工場の方が良さそう…

 植物工場が100億人分の食糧を供給してくれるなら、土に固執する必要はないかもしれない。しかし、植物工場は肥料もエネルギーもたくさん消費する。植物工場で仮に米を作ったとしたら、さぞ高価になることだろう。今でも経済格差が食糧の不均衡を生んでいるのだから、この仕組みで100億人を養えるとはとても思えない。それは火星の農業にも当てはまる。

同上 P46

そう、地球上では飢餓と飽食が確かに同居しています。そして著者は土の魅力を語ります。「露地栽培では植物工場ほど肥料を必要としない」。さらに植物が栄養分を摂取する仕組みへと考察し、肥沃な土を探っていきます。

 (略)肥沃な土の条件が明確になった。粘土と腐植に富み、窒素、リン、ミネラルなどの栄養分に過不足なく、保水力が高いと同時に排水もよく、通気性もよい土壌。注文の多い私たちに、土もさぞやビックリしていることだろう。条件がたくさんあって混乱するかもしれないが、ミミズや植物の気持ちになってみれば、共感できるものばかりだ。作物の生産能力を最大限に発揮できる土壌の発見は、100億人の生存に向けた近道になる。

同上 p48

読んでいて私も混乱します。は、ミミズや植物の気持ち…?長年の研究により培われた洞察力でしょう。専門家のすごみを感じる文です。



12種類の土

「12種類の土、すべてを見たい。土を研究するものにしか理解できない夢だ。」と、著者は12の土を巡る旅を始めました。それは、永久凍土、砂漠土、チェルノーゼム(黒土)、ポドソル、未熟土、若手土壌、粘土集積土壌、強風化赤黄色土、泥炭土、ひび割れ粘土質土壌、黒ぼく土、オキシソル。

土を探す旅はユニークな体験ばかり、ここは本を手に取って読んでほしいところです。

           同上 図21 P51


 北極圏から赤道直下まで1万キロメートルを駆けずり回り、ようやく地球の12種類の土のすべてを見ることができた。(略)
 肥沃な土壌は、そう多くないということだ。地球にある12種類の土のうちで単純に肥沃と呼べるのはチェルノーゼムと粘土集積土壌、ひび割れ粘土質土壌くらいだ。そして、これらの土は局在している。

同上 P135-136


「だが、作物のタネのように、土を運ぶことも増やすこともできない。多くの人を養うためにはよい土が広い面積あり、水も適した作物も必要である。トラクターも肥料も農薬もお金が要る」と、課題は山積みのようです。                       



土壌改良の事例


そして、スコップ一本からの土壌改良に挑みます。インドネシア熱帯雨林での事例です。大がかりな投資ではないところに、優しさを感じます。

 よく見ると、窒素.リン.カリウムという三大栄養素を集める植物があり、それぞれの植物がかき集める分だけ表土の養分が増加することが分かった。植物を見れば、そこを伐り拓いて燃やしたとき、どんな肥料を補助的にやれば収穫量が上がるかが分かる。例えばマカランガ林を伐り拓いた場合にはリン酸が増加するため、残るアカシアとチガヤの落ち葉を持ってきて燃やせば、足りない栄養分(窒素とカリウム)を補完できる。この小さな技術のウリは、3種類の植物資材が現地でいくらでもタダで手に入ることだ。

 収穫量が上がれば、農地を捨てて新たに森林を伐採する必要がなくなる。もともと、野菜の少ない熱帯雨林の人々は森のフルーツにビタミンを求める。森も大事にしたいはずなのだ。技術の普及はまだこれからだが、現地の人々も喜んでくれた。裏山の成り立ちから始めた研究は、初めて人の役に立つ目途が立った。

同上 P185

思わず拍手したくなりました。足元をよく観察し知識を持てば、良いアイデアがうまれる可能性と希望がある。困ったことがあると、つい遠くばかり探しがちですが、土に限らず全てのことに言えそうな気がします。



                   水田の向こうには神社  ある集落の風景

日本の土


日本の土は必ずしも肥沃とは言えずそれなりの問題があり、注意深く手をかけないと連作障害も起きるし、一見のどかな農場は農家が守る戦場なのだそうです。けれど、水田土壌は不思議なくらい優れているようです。

 裏山の若手土壌、台地の黒ぼく土と並んで重要な日本の土は、水田土壌だ。当たり前のように稲穂を実らせる風景を見る限り、肥沃だとしか思えない。しかし、雨が多いと酸性になりやすいのは若手土壌と同じだし、火山由来の粘土がリンを吸着する力が強いのは黒ぼく土と変わらない。田んぼの土は、本当に肥沃なのだろうか。

同上 P196ー197

 土砂崩れにより生じた土や沖積土は分類すれば未熟土だが、それなりの利点があり、2千年にわたり先人たちは未熟土を耕してきた。
 酸性土の問題だが、灌漑水を取り込むことでカルシウムなどの栄養分が補給され、土が中和され、水を張ることでリンの問題も解決され、イネは成長できる。日本の土が抱える問題が水田土壌ではなくなる。連作障害もない。

同上 粗い要約 P197-198

そして、この優れた稲作は雪解け水を始め豊かな水により、支えられてきたそうです。(稲作がアジアに多い理由でもあるそうです。)


SATOYAMA

専門家の集う学会では、海外でもSATOYAMAで通じるのだとか。里山の資源利用は幅広く、柴刈りで集めた草葉や小枝は燃料にするだけでなく、田んぼの土に混ぜて肥やし(刈敷かりしき)にも利用したとか。

 田んぼに張った水を泳ぐオタマジャクシやアメンボのかたわら窒素を待機中は、さりげなくラン藻も浮かんでいる。肥料の半分近い窒素を大気中から固定し、田んぼを肥沃にしてくれている。化学肥料に依存し始めたのは戦後の話で、数千年の日本の稲作の歩みはむしろ里山の養分供給能力に支えられてきた。さまざまな生態系のつながり、生き物の結びつきを活かせば、農家の大きな負担となっている肥料価格の高騰に対抗することも可能だ。

同上 P204-205

里山を身近に聞いたことはないので、分かりずらい所です。けれど、桃太郎の話は、里山の資源利用の例だとか。今も活用の余地が残っていそうです。


                   稲作には豊かな水量も欠かせません


 

感 想

読み応えのある本でした。身近なのに、ここまで無知であった自分に驚きました。紹介できなかったのですが、文明の発展.戦争.人口にも土壌は関係しているようです。とても興味深い内容です。

近頃は消毒殺菌ブームで、人は滅菌環境に暮らすべきかと錯覚しそうです。けれど、「さまざまな生態系のつながり、生き物の結びつきを活かせば」の対象を土から人に置き換えて考えれば、そう良好な環境ではなさそうです。生きることは食べることなのですから、自然や先人が築いてくれた土壌という足元(原点)から発想する姿勢を少しでも持ちたいと思います。

『土 地球最後のナゾ』から文章や図を多数引用させていただきました。藤井一至様、誠に有難うございました。そして、「100億人を養う土壌を求めて」が少しづつでも実現することを願っています。


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