家

とあるNPO児童会館を見学して

子どもにとって放課後というのは、興味関心を広げたり、学習の苦手を克服したり、得意を伸ばしたり、非常に重要な時間です。

その放課後の時間こそ、親でも先生でもない第三の大人と接点を持つ絶好のタイミング!塾や習い事で忙しい子も多いでしょうが、他にはどんな場所で放課後を過ごしているの子がいるのか。「子ども」「放課後」「過ごし方」といったキーワードで検索をしてみると、「児童会館」という検索結果が多々出てきました。田舎育ちの私にはあまり馴染みはないけれど、よく耳にするし、たまに見かける場所です。

私を応援してくださる方に、「有料だけど、親御さんからの人気がとても高い児童会館がある」というお話を伺い、とある児童会館を紹介していただきました。小学校の低学年とふれあうのは従弟(小2)を除くと、6年ほど前に小学校ボランティアへ通っていた時以来です。私はワクワクしながら見学へ行ってきました。

今回は、そちらの児童会館のスタッフさんからお伺いしたお話と、実際にそこへ通う子ども達と触れ合って考えたことを綴っていきます。

尚、団体やスタッフの皆様、親御さんやお子さん達といった、関係者の皆様が私の感想で不快に思われるかもしれないことを懸念し、詳細は記載せずぼやかしつつ記載しております(私がもっと多くの施設を訪問していて、その中のどこの話なのか分からないような書き方を出来ればよかったのですが・・・)。

親御さんにとって有難いサポート体制

本来、児童会館では学習のサポートは行っておらず、閉館時間も早め。けれどその児童会館はNPO法人として運営されており、公営の児童会館よりも親御さんに人気のポイントがいくつもありました。

まず、授業を終えた児童達は自宅へ帰るような感覚で施設へ帰り、宿題を片付け始めます。公営の児童会館では基本的に学習指導は行っていませんが、こちらでは学校の宿題の他、学年に合わせたドリルの学習等の実施もありました。遊ぶ前に宿題を終わらせる習慣付けができ、苦手な勉強は先生(スタッフ)に教えてもらえるというのも、親御さんとしては嬉しいポイントだと思いました。

宿題が終わったら、施設内のおもちゃで遊んだり、みんなと一緒におやつを食べたり。ほとんど、家にいるのと同じ過ごし方ができるような場所になるよう目指していると、スタッフさんからお聞きしました。閉館時間が遅いので、親御さんは仕事が終わるまでの間中、安心して児童を預けておくことができると思います。

また、お花見やキャンプ、ハロウィンパーティーやスキー旅行、観劇などのイベントも盛り沢山です。希望者はピアノのレッスンを受けることもできます。行事の多さから、子ども達に色々な体験をさせてあげたいという施設代表の思いが感じられました。

Aさんにとっての最適な学習環境

しかし、気になった点もいくつかありました。中でも今回の施設見学で私が最も考えさせられた出来事は、障がいのある児童Aさんとのふれあいでした。

こちらの施設では、障がいのあるお子さんも入会することができます。Aさんは、そばで遊んでいる他の子の声や物音が気になるらしく、なかなか宿題に集中できていませんでした。

一人きりで部屋に籠ったりせず、リビングで、家族によって交わされる会話レベルの雑音があった方が集中力が向上するとされる『リビング学習』というスタイルは有名です。しかしそのリビング学習においても、テレビや電子音、幼い弟妹の声等、騒がし過ぎる場合はノイズキャンセリング型のヘッドホンの装着が推奨されているようです。

私自身は集中するまで、できるだけ外界の音をシャットアウトしたいタイプなので、Aさんの状況に身を置かれたら、おそらくストレスで施設を飛び出します。自分が勉強している真後ろで、真横で、または隣の部屋で、友達が大声で遊んでドタバタ走り回ったりしている状況です。その環境下でも(かつ、スタッフさんに注意されながらも)宿題をやり切ったAさんは、本当にすごいなと心から思いました。

Aさんのコミュニケーションに関するフォロー

私はAさんについて、もう一つ気になったことがありました。Aさんは、会話をする上で多くの言葉を話すことが難しいようです。また、ルールを守らず、自分の要求を通そうとする等、協調性が未発達であると感じられる部分もあります(障がいだけではなく、まだ年齢的に幼いということも要因にあると思います。あくまでも、これらは私がAさんや他の児童達と同じ空間で一緒に遊んで過ごして感じたことです。Aさんの障がいについて、スタッフさんから詳しいお話は聞いておりません)。

そんなAさんが、他の児童から煙たがられているような瞬間を、私は1,2時間の見学の間に何度か目撃しました。Aさんの言うことをなかなか理解できない周囲の子達と、周囲の子達の話を聞くことができないAさん(❝言葉の意味を理解❞できないのではなく、「座ってはいけない場所に座らない」だとか、「舞ちゃん(私)を独り占めせず、みんなで遊ぼう」といったような、❝他者の考え方に賛同❞ができないのだと私には見えました)。

私自身は、納得のできないルールは不要だと思うし、みんなとルールを守って遊ぶことも好きだけれど、自分勝手にひとりで行動する我の強さも大切だと考えています。しかし、人との円滑なコミュニケーションの取り方を学んでおくことは、損ではないと思います。

AさんやAさんの周囲の子達のコミュニケーションに課題があるのであれば、もっと1人の大人が付きっきりでコミュニケーションの取り方や相互理解に必要な知識や考え方について教えてあげないと(Aさんに対しても、Aさんに対して困惑したり迷惑だと感じている子達に対しても)、Aさんはただただ周囲から嫌がられてしまうのではないか、と心配になりました。

もちろん、大人が介入せず、子ども達の間だけで成長していくことも多々あると思います。現に、Aさんのそばにいて一緒に遊んでいる子もいました。また、私と二人だけで遊ぼうと部屋を閉め切ってしまうAさんに、私が困っていないか様子を見に来てアドバイスをくれる高学年の子もいました。しかし、私たち大人ですら難しいコミュニケーションについて、まだ未発達である子ども達に丸投げでいいのか・・・・・・という問題はまた別のところで考えたいと思います。

一人ひとりに対応する教育

Aさんの学習の環境についてと、Aさんを中心としたコミュニケーションのフォローついて、私の意見をお話してきました。しかし、学習環境もコミュニケーションのフォローも、Aさんに限った話ではありません。一人ひとりの子どもに適した学習環境を整えたり、一人ひとりの子どもの性格に必要なフォローをしていくことは、すべての子どもに必要な、そして理想的な教育だと私は考えています。一斉型授業のような現行の学校教育に対する限界と同じ感覚を、私は児童会館でも感じました。

しかし、一人ひとりの子どもに適した教育をしようとなると、やっぱり人員が必要です。理想だけで言えば、子ども一人に大人一人がついて、導いてフォローしてあげたいものです。❝専属教育コンシェルジュ❞みたいな。あなただけのドラえもん、みたいな。一緒に遊んでくれたり、悩みをきいてくれたり、アドバイスをくれたり、色んな道具(問題を解決する方法や、面白い時間の過ごし方)を提示してくれたり。

子ども一人ひとりに大人が・・・なんて無理だと思っていましたが、テクノロジーの進歩で、それに限りなく近いことは実現できる気がしてきました。そもそも、スマホをしっかり使いこなせれば、すでに実現できてますね。見学を終えて施設を出た時は、なんだか晴れない気分でいっぱいでしたが、考えているうちに少し光が見えた気がします。

B君のお母さん

そうは言いつつ、年齢的に幼いうちは、生身の人間のフォローが必要不可欠です。私は見学を終えた帰り道、自分の母校の小学校の、特別支援学級の男の子B君のお母さんのことを思い出していました。B君のお母さんは「やらせてあげられることは、できる限りやらせてあげたい」という思いを持ち、B君と一緒に色々なイベントに参加する積極的な女性です。私が印象強く覚えているのは、地域のボランティア団体による夏のキャンプへ、B君とお母さんが一緒にやってきたことでした。そのキャンプは小学3年生から中学1年生くらいまでを対象とし、高学年がリーダーとなって炊事のメニューからテント設営から何までを取り仕切り、子ども達が主体となって活動できるイベントです。廃校となった学校のグラウンドをキャンプ地としている為、電気やガスは無し。イカダを作って川下りをしたり、森の中を40キロ近く歩いたり、毎年なかなかハードでしたが、子どもに色々任せてくれるので自由度が高く、私は「もう来年は来ない・・・!」と言いつつ、毎年参加する大好きなイベントでした。

子どもにとっても大人にとってもなかなか過酷なキャンプだったのですが、経験としては最高の思い出になりますし、色々なことを学ぶことができる場だったと思います。そんな体験を、障がいを持つB君(おしゃべりすることや細かい作業、スピードやパワーを要する作業が難しい)にもさせてあげたい、とお母さんは思ったのでしょう。もちろん、1グループ(子ども5~6人)につき1人の大人スタッフが一緒に行動し、適時フォローはしてくれていましたし、安全の為の最低限のルールはありました。それでもやはり、B君には誰かの付きっ切りのフォローが必要だったので、お母さんは自分自身も参加することにしたのです。

B君は、とても恵まれた子だったと思います。経済的余裕や、家庭の状況は様々ですから、誰しもがB君のお母さんのようにしてあげられる訳ではありません。でも、子ども一人ひとりのことを考え、誰か大人が一人がしっかり見守って、導いて、フォローする必要がある、と考えた時、浮かんだのは「それって親じゃ・・・」という考えでした。

親と先生とその他の大人

Aさんと接して、障がいを持つ子どもへの教育(特別支援)が、個を大切にする教育の最たるものなのだとすれば、やっぱり親にしかできない部分がとても大きいと感じました。観劇だとかキャンプだとか、子どもにとって何がよい経験となるのかを考えて提案し、必要なフォローをしてあげられるのは、決定権を持っている親だけなのかもしれない、と思いました。

児童会館では、興味関心がバラバラの子ども達が一か所に集まっています。その中で個を尊重し、一人ひとりに合った教育を提供することは、とても難しいと感じました。ましてや年齢的に幼く、行動や選択の決定をすることができな子どもに対しては、「さ、好きなことやっていいよ」と言われたところで、何も選ぶことはできません。幼い子どもに色んな経験をさせてあげたり、いろんな人に会わせてあげたりできるのは、やっぱり親です。

だからと言って、親に丸投げではいけないと思いますし、何度も言いますが、各家庭の事情もありますから、現実的ではありません。だからこそ、親でも先生でもない第三の大人としてできることは、親にどれだけの選択肢を提示することができるか、なのではないかと、今回の見学を通して考えました。


では、親御さんにどんな情報提供が必要なのか、また、子どもへ直接出来ることはないのか。今後もあちこち足を運んで見て聞いて、考えていきたいと思います。

次回は特別支援学校の見学をさせていただいた際に考えたことを綴りたいと思います。見学から更新するまでにえらく時間がかかってしまっていますが、しっかりアウトプットを続けていく所存ですm(__)m