長く読まれる秘訣は「原理の抽象化」にある―梅棹忠夫『知的生産の技術』
1.技術は変化しても原理は不変
内容はすごく古いのに「今読んでも古さを感じない」本が世界には存在する。『知的生産の技術』もその一冊だ。
著者のいう知的生産とは「頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら(情報)を、ひとにわかるかたちで提出すること」である。思考してアウトプットすることだ。これを行うための様々な技術を教えてくれる。
この本は今でもかなり知られているベストセラーだ。よく聞く評価は「今でも使える!」みたいな話だ。だから古くないんだと。
……さすがにそれは言いすぎだろう。出版された1969年は、パソコンもインターネットもスマホもみんなが使っている時代ではない。現代はメモも手書きではなくスマホでさっと打ち込んだり、言葉を使わず写真に撮ってメモ代わりにすることもある。
そんな今「タイプライターはローマ字やカナ文字よりもひらがなが良い」と書かれた文章を読んでも「いや、もうパソコンですべて変換できるんで。てか漢字変換もできまっせ」という話だ。
説かれている具体的な技術は、現代で使おうと思わなかったりピンとこないものがある。でもこの本は今読んでも古さを感じさせない。なぜか。
それは「なぜその技術が知的生産に使えるか」という原理を解説しているからだ。抽象化が非常にうまい。具体的な技術に古い新しいはあっても原理は普遍だ。原理なら現代にも応用がきく。
例えばスクラップの話がある。新聞や資料を切り抜いてノートや台紙に貼って保管しておく方法だ。年齢が若ければ若いほどこういう資料整理をする人は減っているだろう。スクラップ・ブックなんて言葉を誰も知らない未来もやってくるかもしれない。
しかし、ただ単に切り抜きの整理の技術を伝えるだけでこの本は終わらない。「切り抜いて貼って保管する」作業が何を意味するかを端的に説明しているのだ。それが「規格化」と「単位化」である。
切り抜きには大きいものも小さいものもある。それを同じ形のノートや台紙に貼るということは、同じ型式をもつ資料になり単位がそろう。その上で分類や整理や保存を行っていく。
この考え方、現代でもあらゆる情報整理に活かすことができる。集めた情報をいきなり整理するのではなく、いったん同じ型に落としこんで規格化する。実物の整理でも脳内の思考の整理でも役立ちそうだ。
よく考えるといったん型式に落として整理するという行為は、みんな当たり前にしている。僕が書いている書評だって「noteの一記事」という型式に一冊ずつ落とし込まれ、マガジンという箱を作って書評を入れられている。自覚なく普通に使われている技術を「規格化」と「単位化」という二単語で端的に表現したところに著者の抽象化能力の高さがあらわれている。
2.「自由」が人をアウトプットから遠ざける
他に著者の抽象化能力の高さを感じた箇所がある。最近(1969年当時)の日本人が手紙を書かなくなったこと理由を彼は次のように考察した。
これに合わせて彼は日記に関してもこう述べている。
大事なのは「形式」という言葉だ。書く内容ではなく書くフォーマットの大事さを彼は説いている。フォーマットは何か縛られているように感じるが、それに沿って書けばある程度のアウトプットは出せるし継続できる。自由に書いてと言われるから中身のあるものを出そうとこだわり何もできなくなる。日記や手紙に限らずあらゆるアウトプットにいえる話だ。
もちろん気まぐれ一回こっきりのアウトプットなら自由でもいいものは出せるかもしれない。でも継続したアウトプットには形式があると良い。うまく出てこないときでも形式に沿えばある程度の質が担保されたものを作れるからだ。
著者は手紙を題材にして一般の人々のアウトプットに必要なのは「形式」だと看破した。これも抽象化がなせる技だ。
もちろん彼が紹介している技術そのものには今すぐに使える、使いたいものもある。
「メモは文章にして書く」はすぐにやってみることにした。確かに単語をメモするより具体的な考えが形になりやすい。最初は時間がかかるけど慣れるまで試してみるつもりだ。
「あーめっちゃわかる!!!」と思った技術もある。「資料は積んではいけない。必ず立てる」という話だ。本や資料を重ねて積んでおくと引っ張り出すのがおっくうになったり、整理もわずらわしい。かつて住まいの都合上、本を積み上げて生活していたこともあったが、今のように棚にちゃんと立てて本を置いていた方が手に取る頻度はやはり高い。
「今読んでも古さを感じない」本にはやはり理由がある。抽象化された原理が分かりやすく述べることで、時代と関係ない普遍性を獲得している点だ。もっと言うとこの本が未だにベストセラーなのは、いかに最近の本が枝葉の技術紹介に終始しており、本質をこの本ほど端的に説明できてないかを象徴しているのかもしれない。
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