まるで英国版『鎌倉殿の13人』!今、『セシルの女王』がおもしろい
1.純粋と残酷のかけ算
久しぶりに読んで、あまりの面白さにひっくり返った歴史マンガがある。
こざき亜衣『セシルの女王』だ。
なぎなたを題材にした『あさひなぐ』の完結後、この作品を手がけられた。2023年7月現在、4巻まで出ている。
世界で最も有名な女王であるイギリスのエリザベス1世。彼女の重臣としてその治世で活躍し続けたウィリアム・セシルが主人公である。
物語はエリザベスの父親であるヘンリー8世の時代に、母親のアン・ブーリンがエリザベスを懐妊中にセシルと出会うところからはじまる。そこからセシル、アン、エリザベスがイギリス国内の権力闘争に巻き込まれていく様を描いている。現状、エリザベスはまだ女王になっていない。
この作品の軸は、アン・エリザベス親子とセシルを繋ぐ信愛の情だ。セシルの2人への思いは大変ピュアなものだ。しかしその軸に史実を肉づけすることで作られた「次のページで誰が消えるかわからない」と思わせるくらいの苛烈な権力闘争と残酷なストーリーが読者を飽きさせない。
しかしセシルが抱えるピュアで真っ直ぐな感情がその残酷さにおける一つの清涼剤になっている。リアルとファンタジーの塩梅が絶妙な作品だ。
2.まさに『ヘンリー殿の13人』(?)
僕は歴史マンガを読むときは史実をざっくり頭に入れてから読む。つまり話の流れを事前に知っていくのだ。ここから先はそれとなく史実をにおわせる書き方をすると思うがご了承いただきたい。
この作品は、まるで英国版『鎌倉殿の13人』(通称:鎌倉殿)である。
鎌倉殿は、執権の北条義時を主人公に鎌倉幕府の誕生から承久の乱までを描いた大河ドラマだ。
この作品の肝は「次々に人が死んでいく鎌倉の権力闘争」である。
とにかくみんな失脚するし、その多くは死ぬ。昨日の友が今日の敵となる。親子で骨肉の権力闘争を行う。頂点に立っているはずの将軍も簡単に死んでいく。
『セシルの女王』も多くの人が死ぬ。政治の世界でも宮中でも王の寵愛を得るための権力闘争が果てしなく行われる。宗教上の敵対者、王妃、重臣、奸臣、皆どんどん首をはねられていく。
既刊時点では、ヘンリー8世の右腕レベルの重臣であったトマス・クロムウェルが王の命令で処刑されたところまでストーリーが進んでいる。
史実に照らし合わせるとこのクロムウェルの処刑は1540年。エリザベスの即位はなんと1558年。まだ即位まで18年もある。
そう。権力闘争の殺し合いはまだ序盤戦なのだ。ここから先も英国人による『鎌倉殿の13人』を読者は見届けることになるだろう。
ただ、鎌倉殿と大きく違う点がひとつある。
源頼朝が平家を倒して鎌倉の政権を固めて死ぬまでがフリとなって、メインの権力闘争が描かれるのが鎌倉殿である。『セシルの女王』は凄惨な権力闘争がフリになった上で、エリザベスとセシルによる治世がおそらく描かれるはずだ。
逆に言えばドロドロの権力闘争で読者の感情をジェットコースターのようにかき乱した先に、どのように治世の物語を描くのかこれから楽しみで仕方がない。
楽しみといえば主人公セシルの今後だ。
おそらくこの作品では、セシルはトマス・クロムウェルの後継政治家としての物語がつむがれていくだろう。ただそれは地盤を継ぐ、政治手法を継ぐ、一般に後継だと周知されるといった話でではない。史実では上司と部下の関係の時期はあったものの、マンガほど深い関係ではなかったはずだ。
しかしこの作品でのクロムウェルは顔を合わせるたびに必ずセシルの胸に残る言葉を残している。セシルは政治家としてのハートの部分は間違いなくクロムウェルの言葉と信念を受け継いでいる。
現時点では真っ直ぐでピュアな側面が強調されているセシル。彼が権力の座をつかんでから、クロムウェルのイズムをまとって清濁合わせ持った黒さをどのように見せていくのか興味深い。エリザベスの時代になっても政争は終わらないのだから。
なお僕の予想では、セシルが明らかにクロムウェルを自分にとって大事な人物と思っている描写が今後絶対あるイベントで出てくるはずだ。それも楽しみにしたい。
作者はクロムウェルの口から非常に印象的なセリフをいくつも残している。それはセシルにも読者にも刺さっている。4巻で退場するのが惜しい人物だし、もっと彼のことを知りたくなる。
『セシルの女王』は間違いなく今最もおもしろい歴史マンガだ。そして、もっともっとこれからおもしろくなるのは確実だ。なにせ史実がそもそもおもしろい。そして作者による史実の料理の仕方がうますぎる。どうにか読者がセシルの人生の結末まで見届けられるよう続いてほしい作品だ。
3.参考資料
◎ヒラリー・マンテル『ウルフ・ホール』
クロムウェルが主人公の長編小説シリーズ。続編に『罪人を召し出せ』『鏡と光』がある。クロムウェルに興味がわいた方はぜひ読んでみてほしい。
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