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「スタイル」は外面だけにあらず―中野香織『「イノベーター」で読むアパレル全史』

1.生き様という「スタイル」が人間を魅了する

なぜファッションがこれほど多くの人々を魅了し、関わる人々がキラキラと輝いて見えるのか。たとえ僕のようにファッションに興味がなくても、この本を読めば理由がわかる。

ファッション(読み手の抵抗感を減らすため「アパレル」を使っている)の世界でイノベーター(革新者)として名を残した人物たちを紹介し、19世紀から現代におけるファッションの歴史を学べる本だ。

僕はファッションには無頓着だし、興味もわいてこない。誰かに何も言われなければ一年中、同じ服でもたぶん平気だ。天のお告げのように「お前の着るべき服はこれだ」と僕に似合う服が上から授けられないだろうか。

そんなくだらないことを考えている僕もみるみるうちに魅了された。ただし魅了されたのはファッションの世界というより、出てくる人物たち自身である。一人あたり数ページ程度の分量にも関わらず、中野さんは彼・彼女らの魅力が思う存分伝わるように紹介してくれた。

どうして僕が本の登場人物たちに魅了されたか。それは生きる上での「スタイル」がみな明確であり、言葉や振る舞いを通して強く感じるからだ。

本では「スタイル」を「紛れもなくその人のものとわかる固有の形や様式、シルエット」と定義している。外から見える「スタイル」に重きを置いた定義だ。僕はさらに転じて内面にも「スタイル」があると思っている。それは振る舞いや日々のルーティン、使う言葉などに宿る。突き詰めると「生き様」である。僕は生き様としての「スタイル」に魅了された。

たとえばガブリエル・ココ・シャネルだ。彼女の人生は何度も映画や本になり、彼女の言葉は今もなお多くの人々、特に女性の心をつかんで離さない。彼女のなにが古今東西の人々を魅了するのか。ほんの数ページの紹介でもその一端が実感できる。

孤児から世界の女性を虜にするデザイナーまでかけのぼった前半生。一度隠遁生活を入るも70歳にして再びファッションの世界に舞い戻り、またもや人々を魅了した後半生。様々な男性との愛に生き、仕事でも私生活でも自らつかみ取る主体性を体現した生涯。性別問わずその生き様には興味がひかれる。

そんな彼女が自らの生き様、スタイルに基づいて放たれる言葉だからこそ、どんな時代でも人々の心をわしづかみし、誰かのよりどころになるのだ。

かつて乃木坂46で活動していた寺田蘭世さんも、テレビ番組でシャネルに関する本をおすすめしていた。人形のような見た目や雰囲気とは裏腹に寺田さんがブログなどでつづる言葉は力強く、自分で何かをつかみ取る感じにあふれていた。芸能界を引退した彼女もまたファッションの道に身を投じている。ひょっとすると彼女の心にもシャネルのスタイルが眠っているのかもしれない。

2.なぜ「衣」は人間に不可欠なのか

生きるのに不可欠なのは「衣食住」とはよく言われることだ。しかし「着る服がないと生きていけないから不可欠」という話以上のものが「衣」にはつまっている。ファッションは時代や生き方を変えるのである。

特に19世紀から現代にかけて女性の生き方は大きく変化した。その変化にはファッションにおける革新がつきものである。

たとえばシャネルは、機能性とおしゃれを両立するようなファッションを次々を打ち出し、ファッションの主流だった上流階級の価値観を時代遅れにした。

マリー・クヮントは防水マスカラ、ヴィダル・サスーンは新たな髪型で、女性の感情や欲望を解放・肯定し、よりアクティブな振る舞いを可能にした。感情を爆発させることもできるし、お泊りもできる。

人間の生き方や振る舞いは、自分の心次第だと思いがちだ。でもこの本を読めば「何を身につけるか」によって心が動き、生き方や振る舞いが規定される。こんなこともあり得るだと感じる。

3.クリエイティブ・ディレクターとサッカー監督の類似性

本には「クリエイティブ・ディレクター」の肩書きを持つ人物たちもイノベーターとして登場する。僕にはファッションデザイナーとの違いがさっぱり分からなかったのだが、そういう人のためにもちゃんと説明されている。

服やバッグのデザインをするだけで、マーケティングや広告、販促広告、店舗展開まですべて一貫したスタイルのもとにブランドイメージを統括・指揮する責任を担う者をクリエイティブ・ディレクターというそうだ。

そのはしりとも言われるトム・フォードを筆頭に様々なクリエイティブ・ディレクターが紹介されているのだが、その多くはいくつかのブランドを渡り歩いている。経営者に雇われて、その要求に従って成果を上げる。経営者と対立したり、成果を上げなければクビになる。そういう職業に思える。

僕が好きなサッカーに引き付けて考えると、ファッションにおけるクリエイティブ・ディレクターはサッカーの監督に少し似ている。監督も経営者に雇われて成果を上げなければならない。クビになる要因もクリエイティブ・ディレクターに近い気がする。

僕がサッカーの監督にクリエイティブ・ディレクターと特に近いものを感じたのは仕事の仕方にある。

ディレクターが老舗ブランドに雇われた際に、その歴史やイメージに沿って改革する者もいれば、何もかも自分色に染めて成果をだす者もいる。

サッカーの監督も同じだ。率いるクラブに応じてカラーがまったく違う者もいれば、どこのクラブに行っても自分色のチームにしてしまう者もいる。

ファッションをテーマにしながらも、読んで考えることはその枠にとどまらない。ファッションに興味がある人も、ない人も同じくらい発見がある本である。

4.参考資料

本書を読んだのは、こちらのWEB読書会がきっかけだ。2/25(日)の15時からなので、興味があればぜひ申し込んでみてほしい。

『ココ・アヴァン・シャネル』
本をきっかけに真っ先に気になった本と、それを原作にした映画である。できれば近いうちに読み、映画も見てみたい。

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