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[わたしの死にたい怪物①]

憂鬱な残煙

 順調に生きてきた。
 両親に愛され、進学も就職も躓くことなくスムーズに進めた。
 友達にも恵まれた。各所でいざこざや女グループならではの駆け引きはあったが、今も定期的に会うほど気の合う仲間がいる。
 お金に困ったこともなかった。どちらかというと裕福な方で、小中学生の頃は、両親が海外旅行へよく連れて行ってくれていた。
 容姿については、高校生まではコンプレックスもあったが、大学生になった時にダイエット、メイクを覚え、男性と関わっていく中で自信がついた。正直、女友達に「可愛い」と言われるより、友達でも、恋人でも、そうでなくても、男性に「可愛い」と言われた方が効くのだ。
 つまり、順調に生きている。何不自由なく。

 それなのに、心の中にある漠然とした『死にたい』という気持ちが、ずっと消えない。

 生きていることと同じように、『死にたい』という気持ちが当たり前に備わっていたから、こう思うことはきっと誰にでもあるのだろうと思っていた。しかし、そうではなかった。お酒が入った勢いで、ふとこのことを口にすると、直前まで大口を開けて笑っていた友達が固まり、「鬱なの?」と心配してきた。彼女たちの様子を見て、私は慌てて冗談っぽく誤魔化す。すると、「そういうこと、あまり言わない方がいいよ」と真剣に注意されてしまった。どうやら、普通ではないようだ。気付いたのは30歳になった頃だった。
 皆と違うと気づいてから、私の『死にたい』は急速に成長していった。仕事中や遊んでいる時はふと消えているが、家に帰り一人になると『死にたい』が現れ、私は眠るしかなかった。今までペット感覚で付き合っていた『死にたい』は、なんだか手がつけられない怪物に変わり果てたように感じた。もちろん本当に死ぬわけではない。痛いのは嫌だし、誰にも迷惑をかけないで死ぬなんてほぼ不可能だし、計画するのは面倒だし、そもそもそんな勇気もない。

 33歳になった時、近隣の建物から火が燃え移り、一人暮らしをしていたアパートが火事になった。夜21時頃だった。変な臭いがすると思っていたら、あっという間に部屋中が煙に包まれ、「火事だー!」という誰かの大きな声が響き渡っていた。住人達が慌てているのは、音だけでよくわかった。そんな中、私はひどく冷静だった。

 「このままここにいれば、死ねるかもしれない」
 
 しばらく動くことができなかったが、「もしかしたら逃げたくなるかも」そう思うと体が動き、万が一逃げる時に備えて煙たい部屋でゆっくりと荷造りをしていた。
 結局、目や喉の痛みに耐えきれず、私は部屋を出るのだが、消防隊の人が慌てて救護してくださり、申し訳ない気持ちになった。

 死ぬことは簡単じゃない。でも、いつか、この【死にたい怪物】が私の足を掴んで離さない日が来るかもしれない。今回みたいに、逃げることが出来ないかもしれない。そう思った時、「ふさわしい場所を、死に場所をこの【死にたい怪物】と一緒に探そう」と唐突に決めた。

 そして私はそのまま仕事を辞め、海外へ飛ぶ。
 【死にたい怪物】を連れて、まずはハワイへ行ってみることにした。だって、天国みたいでしょ。

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