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ショートショート「新月」

かの文豪、夏目漱石といえば「I LOVE YOU」を「月が綺麗ですね」と翻訳したことで知られている。

近頃、なんとなく寝食を共にしている彼とその話をしていたら、彼の口から「俺なら、共に入水しませんか、かなぁ……?」という言葉が出てきて、ゲラゲラと笑ってしまった。それもまた、別の文豪を模した言葉だった。

私たちは、約束のない間柄が、ちょうどいい。いつも、眠りに落ちてから目が覚めるまでの間に彼の姿は見当たらなくなるし、それぐらいが心地よかった。

調子に乗った私は「じゃあ、地獄の果てまでドライブしましょう、っていうのはどう?」なんて言い始めて、またゲラゲラと笑い合った。

私たちは、理由のない関係が楽なのだ。不確かな未来を積み重ねたりはしない。今、笑い合えることだけが楽しいと思っていた。

そう思っていたのは、もしかすると私だけだったのかもしれない。彼が私の正面に向き合って真剣な目をした時、ようやく気付いたのだ。

私たちの月は、これから満ちるのだ、と。

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