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4月1日

春だ。
どう見ても、春だ。

和室の仏壇の斜め上に飾ってある、3月のカレンダーをビリビリと破り、腰に手を当て、ふむっと頷いてみる。

グレーのスウェットに縞々のシャツを着て、ボサボサ頭に少しずれた眼鏡の私はいつも通り朝のルーティンをこなす。

神棚(台所の荒神様と厄除けの神様)、そして母と猫の仏壇の花や水を入れ替え、朝の挨拶。
窓を開けてとりあえず目を覚まして伸び、トイレ掃除、歯と顔を洗う間に紅茶のお湯を沸かす。
髪をといて、布団を片付け、ビタミンのサプリと花粉症の薬を飲む。
そしてパンを焼いて朝ごはん。

春。春。はる。

特に季節が変わっただけの事だが、寒かった日々の後だからか、その温度に少し浮き足だったり空回ったりする。

私だけではない、空や光はソフトフォーカスになり、TVのお天気お姉さんは日に日に軽装になり、新しいメンバーが増え、新しい番組が始まり、猫は2階の窓辺に腰掛けているのが見え、犬は気持ちよさそうに玄関近くで居眠りをし、スーパーやドラッグストアには桜のフレグランスや桜に纏わるものたちがずらっと賑わせ、郵便受けの商店街の回覧板の文字の上に、干したての布団の上に、音楽の音の中や、美術室の描きかけの絵の中に、小さく陽だまりとなり、春はゆっくり溶けていく。

この少し眠たげな陽気の中、日焼け止めを塗り、日課の体力作りの為、馴染みの山を登ると、昨日まではさっぱりだったのに、今日は待ってました!とばかりに、まだらの雲の様に山全体の桜が下を向いて咲き誇り、川は少しだけ多くの光を反射させて、いつもはいない人々たちは上を見上げて昼食や行楽を楽しんでいる。
そこはまるで天国の様になっていた。

先日、妹と姪っ子が花見がてら公園で昼食を食べた話を聞き(私も今日は外で食べようかな!)とおにぎりとお茶をリュックに詰めてきたのだが、その光景に感動しつつ、花吹雪の中をウロウロしたものの、やっと見つけた場所は日陰の桜ではない木の斜面しか見つけられないというボッチならではの寂しさを少し感じたのだった。

(しかしながら、素敵な光景を見れたではないか。皆幸せそうだ!)と目に焼き付け下山、軽やかな足でイズミヤに入り、ぐいっと渡された栄養ドリンクのサンプルは、いつの間にか私の手の中で握りしめられていて、(え?)と、顔を上げるとそこにはエプロンをしたにこやかなお姉さんが『どうぞ!栄養ドリンクです!こちらは〜』と様々な身体に良さそうな効能と商品の説明をしてくれ『今ならオープンセールの本日にご用意したこの10本セットがお買い得です!!よかったらこちらは今飲んでみて下さい!』という言葉に私はひたすらにこやかに、そしてしどろもどろになりながら頷き(大変だよなぁ…私もサンプルやチラシ配ったりしたことあるから分かるんだよなぁ…なかなか受け取ってくれないんだよ〜サンプルはまだ良いんだけどチラシなんか全然ダメ。私の渡し方が悪いだけかも知らんが苦い思い出だよなぁ〜こんなにも人がいるのにさ〜って、これも買ってあげたいけど、でも10本もいらないんだよなぁ〜でももうサンプルを受け取ってしまったしなぁ〜そういや、そもそも私の肝臓は今どの様になっているのだろう(半年前は数値が悪かった)前よりは良くなったりしているのだろうか…次の検査で分かると言ってたが…買っても飲めるかわかんないしな…)なんて思いつつ(そんな説明をこの初対面の方に伝えるにはもう遅すぎるのだろうか…というかこの方のキラキラの目を裏切るなんて…)と、耐え切れず『実は…私一人暮らしなんで…』という(実はとは?)という意味のわからない事をゴニョゴニョ言った後、『ああ…』と少し困り顔で同意をくれるお姉さんからその栄養ドリンクを3本購入した。
サンプルは今飲めないのでお返ししますと言ったが、お家で飲んで下さいと仰り、そこにおまけに栄養ドリンクのゼリーも付けてもらった。

ラッキーだったのか、ラッキーでなかったのかはよく分からなかったが、おそらくラッキーだろう。ともかく春なのだ。

そう思い足取り軽くお家へ帰り、出来るだけ窓辺に近付きしっかりと光を吸収しつつおにぎりを食べたのだった。

おにぎりはどこで食ってもうまい。

しかし、陽だまりの中で食べるおにぎりはより一層うまい。

陽だまりの中で食べられる期間は決まっているので、私はそれを堪能しながらニコニコして食べた。

つまりそこかしこに春が来たのだ。

そんな中、同じ様に春が来たビルの間、慣れない道をピカピカの靴や制服、鞄やスーツ姿で少し緊張気味で歩いている人達を見かける。

電車の窓からぼんやり眺める淡い景色にため息をついたり、カーテンの隙間から覗き見ては春を閉め出したい気持ちの人もいる。

赤ん坊を抱っこして、小さな子と手を繋いで、何度も振り向き新しい環境に出向く人たちを心配そうに微笑みながら見守る家族もいる。

平等に来た4月1日、でもそれは来た道で、そしていつか行く道で、あるいはもう行かない、行けない道なのだ。

だから私は祈る。
どなた様にも温かい光が桜の花びらがあなたを撫でる様に、優しさや幸せが舞い落ちてきます様にと。

少しでもあなたが元気でいられます様にと。

そんな風に想って、今日を終える。

そして、栄養ドリンクは飲めたらここぞという時に飲んで、飲めなかったら、弱っている誰かに(お前に)あげような…と。

私はそんな風に思って、今日を終える。

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