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お茶会



絵の話題
私は画家としてもそうだし、詩を書くことも多い。思いを形にしていくことは、アートの源流は「無」からの「現象」だと思っています。「無」から「有」を生み出すこと……「無」とは、私にとってなくてはならない存在であって「無」がなければ、私はアートを生み出すことはできません。「無」とは何か? 答えはあいまいになります。様々な体験をして、体験から新しい価値観が生まれ、視野が広くなって、新しいアートが生まれます。「無」とは、体験かというとそうではなく、体験はあくまでも私の中にある言葉や表現方法を増やしていく手段であって、直接的にアートの制作には結びつきません。それでも体験がないと、思いを形にする方法が見つからないので、私は体験を繰り返します。
「無」とは何か?
再び、この問いに戻ります。「無」とは、あるべき形にする最初のきっかけです。自分の中心にある本心からの答えがある世界に近いかもしれません。自己の中にある内面の世界であって、誰にも触れることのできない、自分が自分である理由を知っている唯一の場所が「無」だと思います。「無」の扉を開くには、新しい価値観が必要であり、扉の向こうには私の知らない言葉で話す国があるようなイメージです。言葉を翻訳するには、多くの体験が必要です。扉の向こうからやってくる映像や感情といった五感で受け取れる全ては、体験という言語からアートとして形が作られます。
だから、私にとってのアートの源は自分の中にある「無」であり、たくさんの体験と新しい価値観になります。「無」は鍵のかかった本のようなもので、解錠するパスワードは新しい価値観、本に描かれた世界を読むにはたくさんの体験がないと読み解くことができません。このあたりのところは、とてもスピリチュアルに近い考え方かもしれません。

ナビゲーションFUJIのおすすめポイント!
ケーキとカップが描かれていますが、カップは半分切れていて、液体は流れてきません。ケーキのサイズも巨大でまるで不思議の国のアリスの世界に来たようです。現実と非現実が混ざり合っているようです。


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