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都市のデジタルツイン、社会実装のコツは「トップアップ」アプローチ ~自治体DXのグローバルネットワークの創設者が語る、実践からの学び~

国際社会経済研究所(IISE)のチーフ・エグゼクティブ・フェローの望月康則です。NECフェローとして、都市のデジタル変革(スマートシティ)に関する国際的な戦略連携と、官民エコシステムの強化に注力してきました。

これから何回かにわたり、スマートシティや自治体のデジタルトランスフォーメーションを推進するグローバルネットワークの知人に、海外の動向や取り組み事例、ご知見を、日本の皆さんに語っていただきます。

今回は第1回として、Open & Agile Smart Citiesでボードメンバーを務めているMartin Brynskov氏に、デジタルツインを都市に実装する際に必要な技術的要素と非技術的要素について、事例を交えて、講演いただきました。

講演動画はこちらで公開しています。ぜひご視聴ください。


<<今日のポイント>>
社会実装実現のコツは「トップアップ」アプローチ
欧州連合や加盟国政府レベルの強力な政策の枠組みによる「トップダウン」のアプローチと、現場レベルからどのように実装を実現していくかに重点を置く「ボトムアップ」のアプローチの両方からベストな部分を採用する方法。デンマークのオーフス市の事例を交えてご紹介いただきます。


語り手:Martin Brynskov氏
Martin Brynskov博士(CS)、デンマーク工科大学(DTU)の上級研究員として、DTUスマートコミュニティセンターを率いています。また、ブリュッセルを拠点とする都市のグローバルネットワークであるOpen & Agile Smart Cities (OASC)のボードメンバー(設立時は議長)を務めています。

出典:https://orbit.dtu.dk/en/persons/martin-brynskov  翻訳:IISE

「トップアップ」アプローチは、トップダウンとボトムアップの「良いところ取り」


国や地域、都市の「ガバナンス」「運営」には、この図のように様々なレベルがあります。デンマークのオーフス(Aarhus)市を例にとってみると、オーフス市に影響を与える主体は、世界、EU(グローバルの地域)、デンマーク(国)、デンマークの中部地域(地域)、オーフス(市)、ブラブランド(Brabrand)(地区)、ゲレルプ(Gellerup)(街区)があります。

図1:都市の「ガバナンス」のレベルの例

国際協定、政策、法制化、開発投資などはトップダウンで行うこともできますが、ボトムアップも等しく重要です。すなわち、トップダウンとボトムアップの両方からベストな部分を採用する「トップアップ」アプローチが重要です。具体的には、強力な政策枠組みと目標を設定する一方、現場レベルでどうやって実装を実現するかにも重点を置く、ということです。

この先の具体的な内容はYouTubeの講演録画を御覧いただくことにして、以下では現在のトップアップアプローチに至る欧州のスマートシティと関連政策の軌跡を見てみたいと思います。

スマートシティの新たな思想の先導期: 2014年頃~2019年


この時期はIoTの興隆期にあたり、スマートシティもその有望な適用対象(市場)との期待が急速に膨らんだ時期です。一方で、それ以前の分野毎(電力や交通など)に独立に新技術を導入して公共サービスの機能を向上させる進め方が見直され、スマートシティに対する新たな思想の共有が進んだ時期でもありました。幾つかの象徴的な事例を挙げてみます。

-英国標準協会(BSI)が政策決定者向けのガイダンスを纏めたスマートシティフレームワーク・PAS 181を発行:2014年

当時の様々なスマートシティ活動のベストプラクティスを集積・分析した世界で初めてのスマートシティ規格と言えるもので、従来のサイロ化されたサービス導入のやり方を改め、市民中心のサービスデザインとマルチステークホルダー(市民や民間企業)参画を進めることを推奨。また、データを広く公共に資するアセットとみなして部局やセクターを超えた包括的なガバナンスとマネジメントの仕組みを導入すべきと主張しています。今日世界で広く共有されているスンマートシティ思想の基になっているものです。その後、PAS 181は国際規格 ISO 37106(持続可能な都市及びコミュニティ - 持続可能なコミュニティのためのスマートシティ運営モデルに関する規格)にも反映されていますし、日本政府が2020年に公表したスマートシティ・レファレンスアーキテクチャにも多大な影響を与えています。

-欧州委員会によるスマートシティプロジェクトへの積極的な投資

この期間、欧州委員会は研究イノベーションプログラムであるHorizon 2020の枠組みにおいて17個の「Lighthouse Project」を実行し、総額3.6億ユーロを投じています(各プロジェクトは5年単位で開始年が2015年~2019年に分散しているため、ファンディングの期間としては2015~2024年)。各々のLighthouse Projectでは3つ程度の先駆都市(Lighthouse City)と同数程度のフォロワー都市がチームを組み、スマートシティのユースケースやデータ利活用の有効性実証と、プラクティスの地域的展開に取り組みました。また、これと並行して、IoT大規模パイロットの一つとしてSynchroniCity Projectが走り、IoTデータを含むデータ利活用とデジタルサービス移植・共有のための相互運用性を個々の都市を超えて担保するアーキテクチャがまとめられました。このSynchroniCity Projectを主導したのがOpen & Agile Smart Citiesです。

-IoT活用やデータ連携だけでなく、先駆的な都市が自らAIや個人データ管理のガバナンスに着手

デジタルソリューションのガバナンスに関する自治体発のボトムアップな取り組みも始まりました。アムステルダム市とヘルシンキ市は、公共サービスに使われるAI技術の諸元を登録し市のポータル上で公開することで市民からの信頼を担保する取り組みを2019年終盤に開始しました(ローンチは2020年9月)。それぞれ、Amsterdam Algorithm Register、City of Helsinki AI registerと呼ばれています。これに併せて、アムステルダム市はAIソリューションをプロバイダから調達する際の調達条項のひな形(Standard Procurement Clauses)も起草し公開しています。また、個人情報マネジメントに関しては、ヘルシンキ市がMyData GlobalによるMyData原則に基づきつつ、個々人が自分の選ぶデータオペレータに個人データを預託でき、かつ簡便に自分のデータに対するアクセスとポータビリティを実現する技術フレームワークの開発に着手しました。

欧州連合の上位政策が新フェーズに:  2020年~2022年頃


2019年の12月に欧州委員会の委員長にウルズラ・フォン・デア・ライエン氏が就任し、新たな政権が誕生しました。スマートシティのハイレベルな政策方向性としてスマート化(デジタル化)とグリーン化を両輪として推進するという「Green and Digital Twin Transition」が据えられました。また、この時期には欧州委員会が2019 年から2024 年までの優先課題の一つに「デジタル時代にふさわしい欧州(A Europe fit for the Digital Age)」を掲げ、これに基づく欧州データ戦略の発表やデジタル関連法制の整備が始まりました。

-Living-in EU イニシアチブの立ち上がり ~ スケール期への移行

欧州連合の主導で加盟国各都市のリーダー(市長等)をネットワーク化し、”Join, Boost Sustain”なるスローガンのもとで市民中心のデジタル化を協力して推進するプラットフォームが2021年1月に立ち上がりました。このベースになっている宣言文には2020年初頭から賛同する市長による署名が始まりましたが、現在では169の公共体(地方自治体に加えて州や国レベルの公共体も含む)が署名を行っています。これに加えて189の支援体(NPOや民間企業など)も参画の署名を行い、教育・人材育成、技術、財政、モニタリング・計測、法制などのワーキンググループ活動で協力を行うとともに、スマートシティ関連の公的プロジェクトに関する情報共有や自治体の意見収集の場にもなっています。

-EU共通のデジタル関連法案の提案

欧州委員会は2020年2月にデジタル分野に関する「欧州データ戦略」と「人口知能白書」を発表しました、さらにその後、いくつもの法案(Act)が提案され欧州議会で採択されています。欧州連合のデジタル分野の法案は多岐にわたりますが、ここでは今回の講演録画に関係の深いものを挙げたいと思います。

*欧州データガバナンス法(Data Governance Act):2020年11月提案(⇒2022年5月成立)
「欧州データ空間」の構築を目指すとした「欧州データ戦略」を受けたもので、データアクセスおよび再利用のための法的枠組みなどの構築に対応するもの。データプラットフォーム企業によるデータの寡占に対抗し欧州経済圏の発展と市民の利益確保を目指した法律。

*欧州データ法(Data Act):2022年2月提案(⇒2023年11月成立)
データガバナンス法を補完するもの。EU域内で生成されたデータをあらゆる経済セクターにわたってアクセスおよび使用する権利を定義することで、データ、特に産業データの共有を容易化するもの。

*欧州AI法:2021年4月提案(⇒2024年3月成立)
リスクベースアプローチの事前規制型として日本でも大いに注視されてきた法律。欧州連合ではこの法案の議論に併行し、規制によってAIに関する欧州の国際競争力が落ちてしまわないための政策も推進してきた。これが「TEF」(Testing and Experimentation Facilities)であり、民間企業を招き入れてAIソリューションのパイロット実証を行いつつ規制のサンドボックスとしても機能させるというもの。

*欧州相互運用性法(Interoperable Europe Act):2022年11月提案(⇒2023年12月成立)
EU加盟各国の公的デジタルサービスの相互運用性を強化するもの。EUでは以前より欧州相互運用性枠組み(EIF)を設定しているものの、加盟国の自主的な取り組みに依存し改善が充分でないため、各加盟国とEU機関が協力する枠組み(IEB, Interoperable Europe Board)を発足して公的サービス向けの相互運用性を持ったソリューションを共同で開発してゆこうというもの。

-都市型デジタルツインの先駆的プロジェクト開始(2019)

Horizon2020の最終盤に、DUET (Digital Urban European Twin)プロジェクトが始動しました。デジタルツイン技術の活用目的を、都市(自治体政府)の「政策決定サイクルをより民主的かつ効果的にすること」に置いており、プロジェクトのターゲットを「政策向けのデータ・アズ・ア・サービス(Policy-Ready-Data-as-a-Service)」と定義しています。都市としては、フランダース(ベルギー)、アテネ(ギリシャ)、プルゼニ(チェコ)の3都市が参画しました。2021年にバルセロナでのスマートシティ・エキスポでBest Enabling Technology賞を受賞した注目度の高いプロジェクトで、都市がデジタルツインを導入する目的とそれに適した技術的枠みの双方で欧州のスマートシティ関係者の考え方に大きな影響を与えました。

欧州デジタル政策を反映したスマートシティ向け投資本格化:2023年~


上に述べた上位政策を受けて、欧州委員会によるスマートシティ向けの政策投資が本格化しています。ちょうどコロナの世界的蔓延が概ね終息してきた時期でもありますね。

-DS4SSCC (Data Space for Smart and Sustainable Cities and Communities)

欧州委員会は「欧州共通データ空間」の構築を促すべく様々な分野毎のデータ空間のプロジェクトにファンディングを行っています。欧州連合ではスマートシティも「欧州共通データ空間」の主要なエレメントのひとつとされていて、これを対象にしたプロジェクトがDS4SSCCです。DS4SSCCは、2022年2月からの「準備フェーズ」を経て2023年10月からは「導入フェーズ」に入っています。DTU (Technical University of Denmark), imec, Open & Agile Smart Cities (OASC), FIWARE, IDC他がプロジェクトパートナーに入っており、Martinが講演の中で示した技術ビジョンの図(下記に再掲)はDS4SSCCの成果ドキュメントにも含まれているものです。なお、分野毎の「データ空間」を横断的に支援しつつ共通的な技術基盤を整備するプロジェクトがData Space Support Center (DSSC)で、GAIA-X、International Data Space Association, FIWARE, Big Data Value Association, Fraunhofer Institute, Capgemini, MyData Global他がパートナーになっています。日本で欧州のData Spaceというと産業向けという印象を持たれがちですが、スマートシティ分野も欧州共通データ空間のガバナンスの考え方の上にできていくという統一感は、講演録画の中でも述べられていますね。

図2:DS4SSCCの技術ビジョン

 -AIソリューションに関するスマートシティ向けのTEF: CitCom.ai

欧州委員会がファンディングするAI向けのTEFプロジェクトとして、2023年1月から4つの重要分野に対するものが始動しています。農食(Agri-Food)、ヘルスケア、製造、スマートシティ、の4分野です。このうち、スマートシティ分野のプロジェクトがCitCom.aiという名称になっています。コーディネータはデンマーク工科大で、3つの「スーパーノード」から構成されており、11のEU加盟国が参加しています。スーパーノードの構成は、ノルディック(デンマーク、フィンランド、スエーデン)、中部(ベルギー、オランダ、フランス、ルクセンブルク)、南部(スペイン、ポルトガル、イタリア、ドイツ)、となっています。

-Local Digital Twin Tool Boxプロジェクト

EUの諸都市においてデジタル化の成熟度を上げることを目的としたもので、とくにデジタル化推進が遅れている地域(中小都市や地方など)にフォーカスを置おいています。ツールボックスの構成は①技術的ビルディングブロック、②戦略策定用ツール、③法律や政策のガイドラインから成っています。より具体的には、関連技術の共通的な技術仕様の整備に加えて、デジタルツインの実証に役立つ詳細なデジタル化のロードマップ提供、技術的なレディネスのためのオンラインのアドバイスサービス、デジタル関係のトレーニングセッションの提供、なども含まれています。2023年9月からの2年間で24百万ユーロが充てられることになっています。これに先立ってこのプロジェクト自体の共同デザインの前駆プロジェクトが設定(2023年7月終了)され、様々な都市に対する意見聴取が行われました。デジタルツインを何を目的として導入したいのか、デジタルツインに対してどれくらいのリアルタイム性を求めたいか、導入上のハードルは何か、などについて都市側の立場に立ったニーズ分析がされました。

-MIMs から MIMs Plus へ 

OASCは2019年ごろまでに最小相互運用性メカニズム(MIMs)の考え方をまとめ、多数の都市のスマートシティ活動を束ねる求心力にしてきました。「OASC-MIMs」はもともと純技術的なアーキテクチャ考察から相互運用性を担保しつつも柔軟な技術選択肢の採用が可能となる仕組みを提供したものなので、全世界に共通的に適用可能な考え方です。これに対して、欧州地域において主に公的セクター向けに規則化や標準化されてきた規格やイニシアチブを「OASC-MIMs」に追加した「MIMs Plus」がLiving-in EUの技術分科会によって合意されています。この「Plus」の部分に含まれる対象には、EIF4SCC、ISA4、CEF、INSPIRE、ELISA、LORDI、DIGISER、等々があります。したがって、「MIM Plus」は地域的には欧州連合地域に固有のものですが、自治体政府の立場で考慮すべき守備範囲としてはより包括的なものになっていると言えましょう。

おわりに


以上、今回のMartin Brynskov氏の講演の背景になっている欧州スマートシティの推進の道筋と現在地の補足説明を行ってきました。とくに、冒頭でハイライトした「トップアップ」の意味するところを理解いただくうえでの一助になれば幸いです。

講演動画はこちらで公開しています。ぜひご視聴ください。