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人工衛星による「光害(ひかりがい)」、天文観測へ深刻な影響 夜空の文化遺産を守るためには

地球から高度200km~1000kmほどの低軌道上に、何百機、何千機もの人工衛星を打ち上げて一体的なサービスを展開する「衛星コンステレーション」ビジネスが、近年盛り上がっています(※参考記事)。世界に大きな市場をもたらすと期待が寄せられる一方で、衛星による「光害(ひかりがい)」を懸念する声も天文学者の間で年々高まっています。

天体観測が阻害されるだけでなく、人類が築いてきた“夜空における文化遺産”が失われるとも指摘される、衛星コンステレーションの「光害」。世界で交わされている議論、宇宙業界の団体や企業の対応と課題をまとめました。

長野県野辺山から夜空を撮影した天体写真に、スターリンク衛星の光跡が写り込んだ様子(※左上から右下へ走っている光の筋) Credit:国立天文台

望遠鏡や肉眼で見える夜空の光の10分の1が人工衛星に


「光害」とはもともと、過剰な照明や不要な照明光による公害のことを指します。

街灯や家屋、オフィスビル、工場、車といった都市部の照明が大気中のチリなどに反射し、夜空を明るく照らしてしまうせいで、動植物の生態系を乱したり、天体観測の障害になったりするとして以前より問題視されてきました。日本でも1998年から環境省(当時は環境庁)が「光害対策ガイドライン」を作成しています。

しかし近年は天文学者の間で、悩みの種が地上の人工光から上空の光へと変わってきました。

2019年5月から打ち上げを開始した米スペースXのスターリンク衛星を筆頭に、民間企業による低軌道への人工衛星の打ち上げが急増しています。

2022年に世界で打ち上げられた人工衛星の機数は過去最大の2368機で、10年前に比べ約11倍に増加。スペースXは4年間で3564機を打ち上げ、人類がこれまで打ち上げてきた衛星の数の2割強に達しました。さらに複数の欧米企業や中国政府が、数十機から数百機規模の衛星コンステレーションを構築しようと活発的に衛星を打ち上げています。

内閣府宇宙開発戦略推進事務局が2023年6月に公開した資料
宇宙輸送を取り巻く環境認識と将来像 」より

このように低軌道に衛星コンステレーションをいくつも構築してしまうと、太陽光が人工衛星に反射して天体望遠鏡に写り込んでしまったり、衛星群から発せられる電波が電波望遠鏡での観測に支障をもたらしたりと、天文観測に大きな支障をもたらすリスクが高まっていると言われています。

90カ国以上のプロの天文学者たちで構成される国際天文学連合(IAU)は、スペースXがスターリンク衛星を打ち上げ始めた2019年に声明文を発表。

2022年には衛星コンステレーションから夜空を守るための専門機関として「Centre for Protection of the Dark and Quiet Sky from Satellite Constellation Interference(衛星コンステレーションの干渉から暗くて静かな空を守るためのセンター)」を立ち上げ、これらの事態に警鐘を鳴らしました。

2019年にIAUが声明文を発表する際に公開 した、米アリゾナ州のローウェル天文台の望遠鏡で撮影した写真に、スターリンク衛星の光跡が写り込んだ様子(C) Victoria Girgis/Lowell Observatory

WIREDの記事によれば、ブリティッシュコロンビア大学の惑星科学者のアーロン・ボーリー氏は、軌道上の人工衛星の数が約6万5000機に達した場合、望遠鏡や肉眼で見える夜空の光の約10分の1を人工衛星が占めることになると推定しています。

また米サンディエゴの近くにあるパロマー天文台の観測結果によれば、夕暮れどきの撮影写真に人工衛星の光跡が写り込んでいるのは、2019年は0.5%未満とごく一部だったのに対し、2021年は18%だったといいます。ワルシャワ大学の天文学者のプシェメク・ムロツ氏は、2020年代の終わりまでには夕暮れどきに撮影された望遠鏡画像のほぼすべてに人工衛星の光跡の線が写り込むようになると予想しました。

また2023年3月に英科学誌ネイチャー・アストロノミー(Nature Astronomy)に掲載された論文では、低軌道に人工衛星が急増すると宇宙ごみ(スペースデブリ)が発生する危険も高まり、衝突の連鎖反応でさらに細かい宇宙ごみが生まれ、さらに拡大した宇宙ごみの雲に太陽光が反射して夜空が明るくなるとの調査結果が(AFPBB Newsの記事より)。

現在チリに建設中の「ベラ・ルービン天文台(Vera Rubin Observatory)」の場合、今後10年で夜空が7.5%明るくなり、観測可能な星の数も約7.5%減少することが分かった、と報告されています。論文共著者のジョン・バレンティン(John Barentine)氏によれば、年間損失額は約2180万ドル(約29億円)に相当するそうです。

影響は天文観測だけでなく、ネイティブアメリカンの研究者からは、古くから先住民が儀式を通じて星と繋がってきた伝承を人工衛星は文字通り遮っている、との声も上がっています。夜空における伝承や文化的営みは世界中の国や地域に存在しており、そうした環境を保護するためにも光害への対策は必要となっています。

世界の天文学者、環境学者らを中心に光害に取り組む非営利団体「Darksky」の公式リリース より、天文観察の撮影画像に人工衛星の光跡が映り込んでいる様子

スペースXは「黒塗り」や「太陽光バイザー」で対応したけれども


こうした天文研究者たちからの働きかけに、宇宙開発業界も応じてはいます。

スペースXは2020年4月、スターリンク衛星を7等級以上の暗さにする目標を掲げました

具体策として、機体に黒色の塗装を施して太陽光の反射率を抑える試験機「ダークサット(DarkSat)」を打ち上げましたが、熱を帯びやすいため温度制御に問題が発生。そこで同年8月、機体にサンバイザーを取り付けて反射率を軽減する衛星「バイザーサット(VisorSat)」へ打ち上げを切り替えるなど、措置を講じていました。

ダークサット(左)とバイザーサット(右)
東京大学天文学教育研究センターの発表文より(C) SpaceX

しかし2023年4月に東京大学天文学教育研究センターが発表した観測結果によれば、バイザーサットは確かに従来のスターリンク衛星に比べて太陽光反射を約半分に低減できていたものの、観測画像には十分に明るい光跡が残り、対策の余地があることが判明しました。さらに現在スペースXでバイザーサットの開発は中止されていることも明らかになっています。

とはいえスペースXが光害への対策を断念したわけではないようです。

CNET Japanの記事を確認したところ、米連邦通信委員会(FCC)は2022年12月、スペースXに第2世代(Gen2)のスターリンク衛星7500機の打ち上げを許可した際に、Gen2では光害の軽減策として(光線透過率を調整できる)誘電体ミラーフィルム、ソーラーアレイの削減、明るさと輝きを最小限に抑える黒い塗料、航行のベストプラクティスなどを施していると報告しています。

また、2023年1月に米国立科学財団(NSF)もスペースXと新たな協定を締結し、スターリンク衛星の軌道情報を公開することで天文学者らが観測の予定を立てられるようにするなど、光害の軽減策の概要を発表しました。

スターリンク以外にも、直近ではFCCが2023年9月、小型の合成開口レーダー(SAR)衛星を用いて衛星データサービスを提供しているICEYE(アイサイ)とPlanet(プラネット)の2社に、新たな衛星打ち上げを認可するにあたって天文学への影響を考慮するよう要請しました。SPACENEWSの記事によると、NSFの天文科学部門のAshley Vanderley氏は、2社の調整について「我々の懸念を受け止め、素晴らしい仕事をしてくれた」と語っています。

またNSFは、それぞれ大規模な通信用の衛星コンステレーションを計画している英OneWeb(ワンウェブ)と米Amazon(アマゾン)とも、天体観測を保護するための調整協定に取り組んでおり、すでにOneWebとの契約は完了していると明かしています。

いずれもどのような光害への対策を講じ、どれほどの効果があったのか、第三者による観測結果の報告に期待したいところです。



最終的にスターリンクは4万2000機、Onewebは6372機、AmazonのKuiper(カイパー)プロジェクトでは3236機の打ち上げを計画(いずれも2023年10月時点)しており、このほか様々な民間企業が数十機~数百機規模の衛星コンステレーションを構築しようとしています。

上記のように光害への対策を講じる企業も現れていますが、これだけの人工衛星が低軌道へ送られた際に、本当に天文観測をはじめ地球上の暮らしに悪影響が出ないのか、各衛星ビジネスの計画に目を配らせる必要があります。

また、いま取り上げたのは欧米の事例だけで、国家事業として約1万3000機の衛星コンステレーションを築こうとしている中国政府など、衛星による問題は各国足並み揃えて取り組まなくてはならなりません。

インターネットのように新しい生活インフラになりうるとも期待されている低軌道衛星コンステレーションですが、利便性や利益を追求するあまり取り返しのつかない事態に発展しないよう、光害は私たちの生活にかかわる問題として注視したいところです。

 

企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
文:黒木貴啓(ノオト)

 

▼参考記事(いずれも最終アクセス日は2023年10月20日)

・Jeff Foust”FCC directing more satellite constellations to mitigate effects on astronomy”. SPACENEWS. 20 September 2023

・宇宙開発戦略推進事務局”宇宙輸送を取り巻く環境認識と将来像”. 内閣府, 2023年6月27日

・堀内貴史”国内望遠鏡による観測でスターリンク衛星の日除け効果を検証”. 東京大学天文学教育研究センター. 2023年4月24日

・”人工衛星の急増による光害リスク深刻化”. AFPBB News. 2023年3月21日

・”SpaceX、「Starlink」衛星の天体観測への影響軽減へ--米国立科学財団と合意”. CNET Japan. 2023年01月18日

・Liam Tung/翻訳校正:湯本牧子,高森郁哉 ”黒い塗装で人工衛星の反射光が軽減されることを実証”. 国立天文台. 2020年12月 8日

・WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto”小型衛星群による“光害”から夜空を救え:天文学者たちが新たな機関を立ち上げた切実な理由”. WIRED. 2022年2月10日

・”IAU Statement on Satellite Constellations”. IAU. 3 June 2019


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