見出し画像

人工衛星の「光害」は、社会に何をもたらすか 国立天文台・平松正顕さんインタビュー

米スペースXの衛星通信サービス「スターリンク」を筆頭に、民間企業による人工衛星の打ち上げが加速度的に増している今、天文学者の間で「光害(ひかりがい)」に懸念の声が高まっている。人工衛星に太陽光が反射して天体望遠鏡に写り込むなどして、天文観測に大きな支障をもたらしかねないとするものだ。

長野県野辺山から夜空を撮影した天体写真に、スターリンク衛星の
航跡(左上から右下へ走っている光の筋)が写り込んだ様子
Credit:国立天文台

「影響は天文学だけではありません。2030年頃には10万機ぐらいの人工衛星が飛ぶ世界になるでしょう。そうなると私たちが見ている星空が、これまでとは質が違うものになってしまう可能性がある」
 
そう話すのは国立天文台の平松正顕さん。光害が天文学や社会に与える影響を知ってもらおうと、2022年10月より個人メディア「星空を守るためのnote」にて情報発信を続けている。

まだ今の暮らしには遠い話に聞こえるかもしれないが、世界が無秩序に衛星を打ち上げて取り返しがつかなくなってしまう未来は避けたい。光害は天文学や私たちの生活にどのようなどのような影響を及ぼしうるのか。そして持続可能性のある衛星ビジネスを進めていくには何が必要か。平松さんに光害の問題点と現時点での対策についてお話を伺った。


平松正顕さん
国立天文台天文情報センター周波数資源保護室に所属する天文学者。2008年に東京大学大学院理学系研究科天文学専攻で博士号を取得後、 台湾の中央研究院天文及天文物理研究所にて電波天文学を研究。2011年より国立天文台に入り、アルマ望遠鏡の広報を10年ほど担当して2021年より現職。

観測写真の1割に人工衛星が写り込む

 
――平松さんは普段、国立天文台の天文情報センター周波数資源保護室でどのような業務を行っているのでしょうか。

ざっくり言えば、適切な天文学観測ができるよう光と電波の環境を守る仕事です。

天文学と言えば、望遠鏡をのぞいて星を見ている姿が思い浮かぶかもしれませんが、最近はそれだけでなく、目には見えない宇宙からの電波をキャッチする「電波天文学」も盛んになってきています。

平松正顕さん

社会では携帯電話やWi-Fi、電子レンジなどいろんなものが電波を出していますが、そうした環境下で宇宙から届く非常に微弱な電波をキャッチするのは簡単ではありません。
 
電波天文観測を適切に行えるよう、いろいろな用途に使う周波数の割り当てを決めるための国内外の会合に参加したり、電波望遠鏡の近くに電波を出すものを置かないよう通信関連企業にお願いしたりと、周波数資源保護室では様々な調整を行っています。

南米チリにある電波望遠鏡「アルマ望遠鏡」の模型。
口径12mのアンテナ54台と口径7mのアンテナ12台からなり、130億光年以上も
遠くにある天体が放った電波を捉え、撮影することに成功している

また電波天文観測以外に、可視光や赤外線での観測の環境を守るのもミッションの一つです。
 
もともと「光害」とは、地上の都市部の照明が大気中のチリなどに反射し、夜空を明るく照らしてしまう公害のことを指していました。何十年も前から天文学では、街灯で空が明るくなりすぎて星が見えなくなるのが問題視されており、こうしたことも含め天文観測の障害になりうるあらゆる問題に対処しています。
 
――その光害を懸念する声が、人工衛星の急増によって強まっているとのことでした。
 
人工衛星そのものは60年以上前から地球の周囲を回っているわけで、例えば機体の大きな宇宙ステーションに太陽光が反射して天体写真に写り込む、みたいなことは昔からあったんです。
 
90年代後半からイリジウムという衛星携帯電話企業が人工衛星を70機ほど打ち上げた際も、すごく明るく太陽光を反射するタイミングが一瞬だけあったりしたのですが、衛星の数も数十機レベルでしたし、観測ポイントと太陽光と人工衛星の角度がぴったり合ったときだけ瞬間的に光るわけで、社会的に取り上げるほど大きな問題ではなかったんですね。
 
でも、2019年からスペースXがスターリンク衛星を打ち上げ始め、人工衛星の規模がこれまでとは全く異なるフェーズに入りました。スペースXはロケットの打ち上げ1回で人工衛星を数十機、これを毎週のように打ち上げているので、もう人工衛星は桁違いに増えています。いま1万機ぐらいあるうちの半分はスターリンクと言っていいほどです。

2022年に世界で打ち上げられた人工衛星の機数は過去最大の2368機で、
10年前に比べ約11倍に増加した(内閣府宇宙開発戦略推進事務局が2023年6月に公開した資料
宇宙輸送を取り巻く環境認識と将来像」より)

天体望遠鏡で星を撮る際は、数十秒~数十分ほどシャッターを開けっ放しにして光を取り込むのですが、そこを人工衛星が横切ると光の航跡が直線で走ってしまうのです。
 
以前は非常に珍しく、観測の邪魔になるほどではありませんでしたが、人工衛星が急増して以降は、例えば国立天文台がハワイで運用している「すばる望遠鏡」ではおよそ10枚に1枚ぐらい反射光が写り込むようになりました。既に観測写真全体の2割近くに衛星が写りこんでしまっている天文台があるという報告も出ています。

すばる望遠鏡の観測写真に人工衛星の航跡(右側と左下の直線2本)が写り込んだ様子
Credit:国立天文台

――人工衛星が写り込んでしまうと、観測にどんな影響があるのでしょう?
 
天文学では、星や銀河の明るさ、色を測ったり、形を測定したりと、天体望遠鏡で撮った写真からいろんなデータを読み出すわけです。そこに人工衛星の光が入ってしまうと正確な星の明るさが測れなくなり、精度の高い研究ができなくなるおそれがあります。
 
反射光も暗かったら、写真のデータ処理で人工衛星の通ったところだけを使わないようにできるのですが。ものすごく明るいものが通ってしまうと広範囲に人工衛星の光があふれ出てしまい、写真が丸々1枚使えなくなる可能性があるのです。
 
しかも今後はスペースXだけでなく、英ワンウェブや米アマゾン、さらに中国にもそれぞれ何千機、何万機もの人工衛星を打ち上げる計画があります。2030年頃には10万機ぐらいの人工衛星が飛ぶ世界になってしまうだろうという予測もあって。
 
現状の1万機ほどでも10枚に1枚写り込んでいるということは、人工衛星の数が10倍になったら、単純計算だと全部の写真に写るなんてことになりかねないわけですね。
 
――さすがにそれは由々しき事態ですね。
 
もちろん、能登半島地震の被災地やロシアに通信インフラを奪われたウクライナにスターリンク衛星からインターネット回線を提供するなど、衛星通信によって社会が救われる場面はあったわけです。人工衛星には非常に多くのメリットがあり、それを止めたいとは私も全然思いません。
 
ただ、これほど多くの衛星の反射光が見えるのは人類が経験したことがない事態です。これまでの人類が見ていた星空と、ちょっと質が違うものになってしまう可能性があるというのは社会で認知しておくべきでしょう。

写真だけで宇宙の姿がわかる 天文学が社会にもたらすもの

 
――天文観測が阻害されるといっても、一般読者の方にはピンとこない人も多いと思います。普段、天文観測では何を研究していて、社会にどのような影響をもたらしているのか教えてください。

天文学は、昔の宇宙の姿や成り立ちと、いま私たちが住んでいる宇宙そのものを知るのが大きな目的の一つです。

国立天文台の「すばる望遠鏡」は他の大型望遠鏡に比べて圧倒的な視野の広さを持っていて、宇宙をより広い範囲で観測でき、多くの銀河を撮影することができます。

すばる望遠鏡 Credit:国立天文台

宇宙には「ダークマター」という、正体はまだよくわかっていないけれど宇宙空間に重力を及ぼしている謎の物体があります。このダークマターが宇宙でどのように広がっているか、さらに100億年を超える宇宙の歴史の中でダークマターの広がりがどのように変化してきたのか、銀河の写真を詳しく分析することによって明らかになるんです。
 
さらに宇宙はいまも加速的に膨張しているのですが、膨張させるそのエネルギーの正体もまだよくわかっておらず「ダークエネルギー」と呼ばれています。これがどのように働いて宇宙が膨張しているかも、銀河の形や広がり方を比べることで調べています。
 
そのためには写真における銀河の形と明るさが極めて重要で。何十万個という数えきれないほどの銀河を観測して、その明るさと形を測っていくことで、ダークマターとダークエネルギーの正体が浮かび上がってくるのです。
あと、いまは重力波観測と連携した研究にも非常に力を入れています。例えば二つの中性子星が合体すると重力波が発せられます。その重力波が到来した方向をすばる望遠鏡で観測することで、中性子星の合体によって金や銀、プラチナ、レアアースといった重元素が作り出されていることもだんだんわかってきました。

すばる望遠鏡のハイパー・シュプリーム・カム (HSC) が撮影した、巨大なダークマターの塊の強い重力に引き寄せられ、多数の銀河が集まっている様子 Credit:国立天文台

――すごい、宇宙に行かずとも天文観測だけでそれほどのことが調べられるんですね。

一方で、人工衛星が入りこんで銀河の形や明るさが測れなくなると、一定以上のクオリティの写真を撮り直さないといけません。衛星が多く写り込むほど観測の効率が落ち、天文学研究でのコストパフォーマンスが下がることになります。
また、すばる望遠鏡の年間予算はざっくり言えば15億円ほど。単純計算で1日約400万円かかっているわけで、写真1枚もそれなりのお値段がするわけです。
 
撮影データを捨てるのはもったいないですし、ソフトウェアエンジニアが画像処理の仕方を考えて実装するのにもコストがかかります。問題はコスト面だけではありませんが、天文学に投入されるリソースが無駄にならないよう、対策を考えておく必要があるのです。
 
――国がそれほどの予算をかけるのも、天文学の活動が私たちの生活に何かしらの恩恵を与えうるからなのでしょうか?

国立天文台では新しい宇宙を観測できるように画期的な装置の開発にも取り組んでいて、そこで生まれた技術は様々な分野に応用が効きます。
例えば、天文観測中に空気が揺れると星がまたたいてしまうのですが、すばる望遠鏡でそのブレを抑えてピントの合った写真を撮るため「補償光学」という技術が開発されています。こちらは細胞研究のための顕微鏡に応用できると期待されています。
あとは人工衛星と地上の間をレーザー光で大容量のデータをやり取りする「光衛星通信」にも、補償光学の技術が使えます。光が空気の中を揺れずにまっすぐ進んでデータロスしなければ、データレートの低下を防ぐことができるわけです。
もともと補償光学技術というのは軍事衛星から地上をはっきり見るために開発されたものだったのですが、それが天文学に応用され、いまそれがさらに顕微鏡や光衛星通信など民間事業に応用される段階にあるわけです。天文学にはそうした技術開発のスピンオフ、今後の世界を支える技術の開発に繋がる側面も備わっています。

国立天文台の三鷹キャンパス内で保存されている、大赤道儀室。
ドーム内の65センチメートル屈折望遠鏡は屈折型の望遠鏡としては日本最大口径を誇る。
1926年の完成後、1960年に岡山天体物理観測所の188センチメートル反射望遠鏡が作られるまで、最大口径機として様々な観測に用いられた。

先住民から「空の植民地化」と訴える声も

 
――人工衛星の光害についてこれまで天文学を中心に見てきましたが、経済や文化などほかの分野に影響を及ぼすケースはどのようなものが考えられるでしょう。

経済への影響は現時点ではわからない、というのが正直なところですけど。

文化への影響としては、地球で生活する人々の見上げる夜空の風景が、少し変わるわけですよね。2030年には10万機ほどの人工衛星が打ち上げられていて、夜空を見上げると光の粒の10個に1個ぐらいは人工衛星でゆっくり動いている、なんてことになりうるわけです。

そんな星空を見て「人工衛星すごいな」と思う人もいれば、「ちょっと気持ち悪いな」と思う人もいるでしょう。どう受け止めていくかはこれからの人類の考え方によるので、現時点で何が正解なのか断じるようなことは言えませんが、昔から見ていたものとは違う星空になってしまう未来は、確実にやってきます。

――今も夜空を見上げると、たまに一粒の光が星々の間をじわじわ移動していく様子に「あ、人工衛星だな」と思うことはありますが、それが今後はもっとたくさんの粒がうじゃうじゃ動くようになってくる、と。

そうなんですよね。去年の夏に長野県の野辺山にある観測所へ行って夜空を見上げていたら、けっこう人工衛星が飛んでいるんですね。「ここにもある」「あっちからも来たな」みたいに。現時点でもこんなに飛んでいるのに、これが10倍になるとちょっと嫌かもしれないって正直思いました。

国立天文台の野辺山宇宙電波観測所で、十六夜に浮かぶ電波望遠鏡群の様子
Credit:国立天文台

――それを、昔の星空を知る人たちのノスタルジーとして捉えるのか、これから星空を見る未来の人たちにとって当然の光景だとして受け入れるのか。

山の上から都会の街明かりを見てキレイだなと思うのと同じように、人工衛星がいっぱいある星空を美しく思う価値観も出てくるかもしれません。でも、全員がその価値観を共有することはないと思います。

10年、20年、30年後の人たちがそれをどう見るかは私たちにはわかりませんが、一つ言えるのは街明かりと同じで「戻れない」んですよね。やはりそれが一つのポイントで、過去の星空に戻れなくなったときに果たして本当にそれで大丈夫なのか、ちゃんと確認してから進まないといけません。

この問題はもちろん世界的に議論されていて、例えば世界各地の先住民の中には、星空に重要な物語や自分たちのルーツを見出したりと、古くから星に親しんできた人たちもいるのです。そこに先進国が打ち上げた人工衛星が紛れ込んできてしまうのは「空の植民地化」であると主張する人も実際に出てきています。

――日本にもその土地にある山を信仰対象にして暮らしている人々もいるわけですが、同じように星空が自分の生活と密接に結びついた文化圏もあるわけですね。星空が変わることでその人の世界も壊される、という感覚はわかる気がします。

そうですね。自分たちの土地が奪われたというのと同じように、自分たちが大事に思ってきた空が奪われかねないと感じる人たちもいるわけで、そういう声が出始めているというのは意識しておくべきです。

衛星の「電波」がもたらす混信の懸念性

 
人工衛星の急増が電波天文学にもたらすものとして、光害ともう一つお伝えしておきたいのが「電波の干渉」です。現時点では大丈夫ですが、今後対策していかなくてはいけない問題でして。

ラジオにテレビ、携帯電話にWi-Fi、車のレーダーなど、現代社会ではいろんな電波がそれぞれの情報を載せて飛び交っています。これらが混信しないのは、それぞれどの周波数の電波を使うかちゃんと整理されているからなんです。

世界的な枠組みは国際電気通信連合(ITU)が、日本における枠組みは総務省が決めていて、AMラジオ放送は526.5~1606.5kHz、地上デジタル放送は470~710MHzといったように、各々が振り分けられた周波数帯の中で電波を送りあえば混信は起きません。

総務省が公式サイトで公開している「周波数帯ごとの主な用途と電波の特徴

 ――普段から何気なくいろんな電波を使っていますが、用途ごとに綿密に交通整理されているわけですね。

電波天文学にも一定の周波数帯が割り振られていますが、正直なところ宇宙からの様々な周波数の電波を拾うには狭いのです。宇宙の天体は、人類の都合とは関係なくいろいろな周波数で電波を出していますので。

そこでより多くの研究成果をあげるため、電波天文観測にもっと幅広い周波数帯を使うことが優先される「ラジオ・クワイエット・ゾーン」という場所が、世界に5か所ほど定められています。

そこでは国の法律によって、電波望遠鏡からある一定の範囲まで、Wi-Fiや携帯電話、電子レンジなど他の機器から電波を出すことが制限されているのです。例えばアメリカでは、ウエストバージニア州にあるグリーンバンク天文台の周囲に、九州に匹敵するほどの面積のラジオ・クワイエット・ゾーンが設定されていて、その中では電波を出すことが厳しく制限されています。

ただ、人工衛星は宇宙空間にあるため、各国の法律の適用外となってしまうのです。いくら地上で制限しても、人工衛星からの電波が望遠鏡に入り込んでしまう。既にアメリカの電波望遠鏡で、観測中に何かバシッと電波が入ってきたと思ったらスターリンクだった、という事例も起きています。

――ここからさらにいろんな国や企業が人工衛星を打ち上げてしまうと確かに大変ですね。

そうした問題は大変困るので、国際電気通信連合が2023年11月にドバイで開いた国際会議で、今後4年かけて人工衛星からの影響を評価し、電波天文学を守る技術的な方法や、必要であれば法規制の面からできる対策を考えましょう、という決議が採択されました。

国際電気通信連合は国連の下部機関なので、ロシアや中国も参画しています。国際社会全体で対策を考えることが決まった、というのは大きな動きと言えるでしょう。

――世界中の衛星事業者の足並みがそろうと思うと、すごい話です。

そうですけど、なかなか一筋縄にはいかないでしょう。国際電気通信連合は基本的に全会一致で、強行採決をやらないのです。

例えばアメリカだって電波天文学の重要性を理解する一方で、国の衛星事業者にものすごく負荷がかかるような枠組みが作られようとしたら、賛成はしません。

日本やアメリカには電波天文学者がいますけど、例えば太平洋に浮かぶトンガやミクロネシアといった、生計として衛星通信にかなり頼りながらも電波天文台はないような島国からすると、電波天文学を守る義理は特にないわけです。

なので、そういう国々もちゃんと納得して賛成してくれるような現実的な案を、4年後の総会までに我々が出さないといけないのですが、非常に難しいですよね。人工衛星が電波望遠鏡にどれほどの影響を与えるかデータも溜まりつつあるので、衛星事業者の人とも共有しながら進めていく予定です。

光害への対策にも世界的な枠組みが必要

 
――今のは電波の話でしたが、光害への対策はどれほど講じられているのでしょうか?

2019年5月にスターリンクの打ち上げが始まると、その翌月には国際天文学連合から光害を懸念する表明をしたんですね。それに対しスペースXは割とクイックに対応してくれました。

例えば黒く塗装した「ダークサット」という機体をテストしたり、本体に日除けパネルを取り付けて太陽光が当たらないようにする「バイザーサット」という機体を作ったりして、反射光が軽減されるよう素早く対応してくれたのです。

ダークサット(左)とバイザーサット(右) 東京大学天文学教育研究センターの発表文より
(C) SpaceX

――思いの外シンプルな対策ですが、企業側が協力的なのはありがたいですね。

ただ、衛星を黒くすると熱処理が大変だったのか、ダークサットはすぐにバイザーサットへと切り替えになったそうです。でもこちらもすでに製造をやめちゃっているんですよ。

理由は二つあって、一つは高度400キロの宇宙空間とはいえ希薄な空気があるので、バイザーがあると抵抗を受けます。その分衛星が軌道修正するときに余計にスラスターを吹かなきゃいけなくなり、効率が悪くなってしまいます。もう一つは、今スターリンクは衛星同士で光通信していますが、バイザーがその邪魔になってしまうからです。

そもそも、黒塗りやバイザーのおかげで実際に半分ぐらいの明るさになりましたが、星の明るさを示す「等級」を基準にすると、一等級も下がってないのです。暗くはなったけど十分な効果はありませんでした。

しかし、今打ち上げられている「Version 2 Mini」という次世代のスターリンク衛星は、以前のVersion 1.5よりも機体は大きいものの、表面にミラーフィルムを貼ることで太陽光を特定方向へ反射できるようになったため、あちこちに乱反射していた1.5に比べて反射光はだいぶ暗くなったと言われています。

――光害対策の知見が、少しずつアップデートされていっている、と。

でもそれはスターリンクの独自の対策で、他の衛星通信事業者がどのように対応するかはそれぞれの善意に依るところが大きいのです。米アマゾンのプロジェクトカイパーでは、何らかの光害対策を施した衛星1機と、何もしていない1機を打ち上げて、どれぐらい効果があるか現在調査している段階です。

アメリカでは連邦通信委員会(FCC)と呼ばれる、日本でいう総務省にあたる機関が衛星事業者に対し周波数の取りまとめを行っていて、衛星を認可するときに反射光の対策もするよう要請を出しているんですよね。政府レベルで要請してもらえれば、その国の企業に対してはある程度一貫した対策が取られることが期待できます。

そういう意味で一歩前進してはいるものの、国ごとに対策しているとすり抜けられる企業がどうしても出てくるので、国際的な枠組みが必要だと考えています。

スペースXですら、打ち上げる衛星をアメリカのFCCではなくトンガを経由して登録したりしています。そのようにした真意はわかりませんが、結果的にFCCによる要請がバイパスされてしまっているので、やはり国と企業の一対一じゃだめなんですね。

――国際的に対策するとなると、どの組織が取りまとめていくのでしょうか?

光害の難しいところは、誰が対応するかまだ決まってないところです。電波は国際電気通信連合が取り仕切ってきた長い歴史がありますけど、反射光はどこでどういう規制を作ればいいのか、それまで音頭を取ってきたような世界的機関があるわけでもない。

国際的な宇宙法に「宇宙条約」がありますが、批准しているのは100カ国くらいです。国連加盟国は193カ国で、その半数しか署名していない。なので例えば宇宙条約に光害の項目を加えたとしても不十分です。

どういう枠組みだったら世界全ての国が参加してくれるかというとまだよくわかりません。国連の宇宙空間平和利用委員会でようやく正式な議論が始まったところです。

一応、国際電気通信連合の中では、人工衛星の急増によって軌道上に発生する宇宙ゴミをどうするかなど、宇宙の持続可能性を確保するよう何かしら対策を取らなくてはいけない、という決議がなされています。反射光については特に触れられていませんが、宇宙の持続可能性について広く考える方向に歩み出してはいるようです。

 

持続可能性のある宇宙開発を行うためには

 
――社会ではそもそも光害の前に、衛星が急増していること自体知らない人の方がほとんどだと思います。少しでも多くの人に、宇宙開発並びに光害が自分の生活に関わってくることを意識してもらうには、どういうことが社会に必要だと思いますか。

非常に複雑な問題ですよね。人工衛星ビジネスをやめればいいわけでもないし、天文学をやめればいいわけでもない。衛星通信は便利だから大事にしたい、でもキレイな星空も見ていたい。相反するけれども両方思うのが普通なはずです。

人工衛星に限らず、簡単には白黒つけられない複雑なことが世の中にはあることをまずは受け入れないといけないと思います。そこから自分なりの答えを出すために情報を集めて考えなければなりませんが、時間にお金、モチベーションなどいろんな意味でコストがかかってしまう。

なので正直なところ、宇宙開発に関係ない人も含め、社会の誰もが人工衛星の問題について意識しないといけないかというと、私もよくわからないんですよね。

でも一つ言えるのは、衛星産業に関わる人であるとか、電波行政に関わる人であるとか、もちろん天文学者も含めて、関係のある人たちはきちんと考えないといけない問題だ、ということです。30年後に「ちょっと失敗したね」と言われても後戻りはできません。今の私たちがちゃんと考えなくてはならない。
 
光害や電波の混信について、天文学者でもどれぐらいの方が問題を認識しているかもよくわかりません。でも、天文学者は少なくとも考えないといけないと私は思うので、業界の中でもちゃんとこの問題について発信していきたいです。
 
――そういう思いもあって、平松さんはnoteで情報も発信されているわけですね。
 
まずは情報がないと、この話に関心を抱く人が現れたとしても先へ広がっていかないので。とりあえず集められた情報や出せる情報はできるだけ広く、多くの方の手の届くところまで出す。そこに手を伸ばす人が現れてくれたら、一緒に話し合いたい。そんなスタンスで、引き続きnoteも続けていこうと思います。

企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
取材・文:黒木貴啓(ノオト) 撮影:舛元清香