「新しいビール文化の創造」へ、ファンと一緒に「カルチャー」をつくる!~対談・ヤッホーブルーイング社長室ユニットディレクター「みーしー」氏×IISEソートリーダーシップHub編集部
自社の考え(ソート)を社会に広く発信し、共感する仲間を集めて実現を目指す「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)活動」。これを体現している企業の経営層やキーパーソンの方々との対談を通じて、「ソートリーダーシップ活動」のヒントを探っています。
第3回のお相手は、日本のクラフトビール市場でNo.1(※)のシェアを持ち、クラフトビールの楽しさを日本に広げようとしているヤッホーブルーイング(長野県軽井沢町)のよなよな丸 操舵室(社長室)ユニットディレクターの「みーしー」こと、清水俊介氏です。ニックネームで呼び合うフラットな組織カルチャーをつくり、お客様と一緒に価値を創造していくソートリーダーシップの実際について伺いました。
※ヤッホーブルーイング調べ
創業者の思いを受け継ぎ、「ソート」として発信
編集部 ヤッホーブルーイングのミッションや、これまでの歩みについて教えてください。
みーしー ヤッホーブルーイングは1997年に創業したクラフトビール・メーカーです。「ビールに味を!人生に幸せを!」をミッションに掲げ、大手メーカーが主に生産している「ラガー」と呼ばれる種類のビールではない、多彩な味わいを持つ「エールビール」を提供してきました。現在、日本のクラフトビール市場でNo.1のシェアを得ています。主力製品は「よなよなエール」です。美しい琥珀色、柑橘のような香り、モルトの甘みが特徴の「アメリカンペールエール」というスタイルのビールになります。
地ビールが解禁されたタイミングで創業し、地ビールのブームに乗って成長しましたが、その流行はわずか数年で終わってしまいました。製品は売れなくなり、一気に苦境に立たされてしまったのです。残ったのは在庫の山。流通にも取り扱われなくなりました。
営業、プロモーション、キャンペーン、何をしてもうまくいかず。最後の望みとして、2004年頃からネット通販に力を入れ始めました。そこで当社が認識したのが、お客様とのコミュニケーションの重要性です。ホームページやSNSを通じて情報を発信しつつ、お客様と直接やり取りするようになると、徐々に当社のファンが増えていきました。
編集部 「新たなビール文化の創造」という思いは、まさにソートリーダーシップの「ソート」にあたると思います。どのように確立されていったのでしょうか。
みーしー 原点は、創業者の「想い」です。創業者は米国に留学した際、パブで飲んだエールビールに衝撃を受けました。ホップが華やかに香る琥珀色で、モルトの深いコクがある。こうした本格的なクラフトビールを、いつか日本の家庭でも楽しめるようにしたいというのが、創業者の思いでした。
編集部 創業者の思いがソートになっていくことはよくあります。重要なのは、創業者がいなくなっても、その思いを組織が引き継ぎ、変化する時代の中にアップデートしながら生かしていけるかどうかです。創業者の思いをミッションやパーパスという形で可視化し、後進のリーダーや社員がソートリーダーシップの軸にしていけるかどうかが問われます。
みーしー 同感です。当社の場合、創業者の想いを現在につないでいるものの1つが、製品のブランドです。特によなよなエールは創業当初からつくってきた主力ブランドであり、ネーミングも味わいもパッケージのデザインも、当社の想いを体現しています。
大手のビールメーカーと同じことをしても、ビジネスになりません。当社は一人ひとりのお客様に支持される尖ったブランディングにより、大手と差別化しています。「同じ土俵で戦わない」というのは、まさに創業者から引き継ぐ重要な思想であり、当社のビジネスの価値だと考えています。
交流から見えた「5つのベネフィット」
編集部 「新たなビール文化の創造」という創業者から続く思いを、どのように発信し、人々の「共感」を得られてきたのでしょうか。
みーしー ネット通販を始めても、すぐには成功しませんでした。色々なアイデアを試行錯誤していく中で、製品を売るだけでなく、情報を発信していくことの重要性に気づいたのです。製品のウリや特性を伝えるのではありません。私たちの日常的な出来事や想いを発信し、作り手の顔を知ってもらう努力が必要なのです。
当社の想いや製品へのこだわりを理解したお客様は、ファンになってくれます。私たちはそうしたお客様とやり取りする中で、お客様が当社に何を求め、何をすれば喜んでいただけるかが次第にわかってきました。
当社のビールや想いをお客様にもっと体験してもらうため、2010年頃からファンイベントを始めました。最初は東京都内のビアレストランを借り切り、40人ほどのイベントを開きました。お客様の反応は良く、とても喜んでもらうことができました。2013年からは、当社の公式ビアレストラン「YONA YONA BEER WORKS」で80人ほどのイベントを繰り返し行っています。
2015年には、群馬県北軽井沢のキャンプ場を借り切って500人のイベントをやり、翌年は1000人に拡大しました。2017年には、東京の神宮外苑の軟式野球場を借り切り、約4000人のイベントを開催しました。2019年は1万人規模で開催しようとしましたが、台風のために中止。その後コロナ禍で一時中断していましたが、今年2024年、北軽井沢で1000人規模のイベントを行い、復活となりました。
編集部 まさに、ソートリーダーシップでいう「共感」を体現している事例だと思います。「共感」の源泉としてお客様はどのような便益(ベネフィット)を感じとっているのでしょうか。
みーしー お客様へのインタビューから見えてきたよなよなエールの製品価値を、「5つのベネフィット」と呼んでいます。
1つ目のベネフィットは「理想像の実現」です。よなよなエールを飲むことで、「いつもと違う自分になれる」と話すお客様が、非常に多いです。例えば、仕事で疲れて帰宅し、映画でも見ながら好きなビールを飲んでくつろぐ時間を過ごす。日常を少し離れ、理想的な自分になれるといった感覚です。
2つ目は「癒される」。よなよなエールに癒しの効果を求めるお客様は多いです。3つ目は「自己確信」。これは、よなよなエールという「良いモノを知っている自分」への肯定感をもたらす効果です。4つ目は「共感する」。よなよなエールで創出される独特な世界の一員になれることへの喜びです。5つ目は「仲間をつくる」です。よなよなエールを愛する人たちの間で、ある種の仲間意識が生まれています。
ファンイベントに集まるお客様は、同じものが好きだという仲間感覚を得ています。私たちもそれを理解したうえで、お客様同士がつながれるようなイベントを企画しています。
編集部 開発する製品ごとに、かなり具体的なペルソナを設定されています。5つのベネフィットは、そこにも生きているのでしょうか。
みーしー 製品作りのベースとしては、生きています。ただし、製品ごとに全く違うターゲットを想定し、かなり趣の異なる製品を作っているので、製品ごとのオリジナリティは強いと思います。マスを相手にした製品作りではなく、一人ひとりのお客様に深く「共感」される製品を作ろうとしているからです。100人から60点をもらうのではなく、100人に1人でよいから、100点を取りたいという考えです。
ソートへの「共感」を企業文化に根付かせ、仲間を増やす
編集部 ソートリーダーシップには「共感」と「仲間」というキーワードがあり、ステークホルダーを巻き込んでいくことが重視されています。ステークホルダーの中には、外部のパートナー企業だけでなく、お客様や社員も含まれます。御社は既にお客様を熱狂的なファンにしていますね。社員との関係性も、一般的な企業とかなり違うように感じます。
みーしー お客様に楽しんでいただくことを第一に考えています。楽しんでいただけば、売上は後からついてくるという発想です。
お客様に楽しんでもらうには、まず自分たちが楽しまなければなりません。ファンイベントでも、当社の社員はお客様に交じって一緒にビールを飲み、おしゃべりをしています。当社にとって、お客様は「神様」ではなく「友人」だと思っています。一緒にクラフトビール文化をつくっていく仲間なのです。
従って、当社の社内組織もピラミッド型ではありません。フラットな関係性を重視し、それを企業文化にしています。お互いをニックネームで呼び合い、名刺にもニックネームを大きく書いて、取引先やお客様からもニックネームで呼んでいただいています。
編集部 マーケティング手法としてのソートリーダーシップについて、どのようにお考えでしょうか。
みーしー 当社は地方の中小企業であり、大手企業のように大規模なプロモーションはできません。自分たちのことをもっと知っていただくためにも、お客様との関係構築が重要です。お客様に製品を愛していただき、口コミで周りに広めたくなっていただけることが重要です。本当に好きだと思う方が、熱量を持って他者にすすめていただける。そのパワーは非常に大きいです。
そのためにも、私たちは「共感」を得られるような活動をしていく必要があります。それが、結果としてソートリーダーシップの考え方に近くなっているのだと感じました。
編集部 IISE理事長の藤沢はよく「経営そのものにソートリーダーシップの考え方を取り込むべきだ」といいます。御社では、創業の理念に紐づいて多彩な活動が生まれています。組織についても、フラットな関係性がメンバーの中に浸透しています。それらが「共感」という形で、うまく循環しているように思います。
新規市場を創出したりイノベーションを加速させたりするにあたってソートをいかに企業文化と紐付けることができるか。そこが難しくもあり楽しくもある重要なポイントです。
みーしー 先日、「ゆっくりビアグラス」を開発しました。ついついハイペースで飲んでしまうというビール好きのお悩みに応えるべくつくった、「飲みづらいビールグラス」です。砂時計のような形をしていて、1杯飲み干すのに通常の3倍以上の時間を要します。
こうしたユニークな製品は、もちろんお客様向けにやっていることです。しかし、実は社内にも良い影響をもたらしています。「そこまでやって良い会社なんだ」ということが伝わり、「楽しそう」とか「自分ももっとチャレンジしたい」といった気持ちを喚起する効果があると感じています。
このような発信をすれば、採用においても、こうした取り組みを面白いと感じる人が応募してくるようになります。企業文化とは、こうして少しずつ醸成されていくものだと感じています。
編集部 確かに、あのグラスを見た第一印象は「このグラスで飲みたいな」というより「ヤッホーブルーイングらしいな」でした。社内外にカルチャーを発信していく取り組みだということが、よくわかります。
価値に共感するパートナーと共創し、新たな価値を生み出す
みーしー 外部パートナーとの共創も、「ヤッホーブルーイングらしさ」を発信していく重要な取り組みの1つです。
例えば、北海道日本ハムファイターズの本拠地「エスコンフィールドHOKKAIDO」(北海道北広島市)の球場内で、クラフトビール醸造レストラン「そらとしば」を2023年に開業しました。バックスクリーンの場所に、ルーフトップ(屋上)の席でも飲めるような開放的あふれる空間を確保し、醸造タンクを並べ、新鮮なクラフトビールと料理を提供しています。
運営の株式会社 ファイターズ スポーツ&エンターテイメントから「一緒にやりたい」というオファーをいただき、当社からも様々なアイデアを出しました。彼らの「野球場をつくる」という発想ではなく、「街をつくる」という考え(ソート)に「共感」しました。ビールをつくるだけでなく、試合のない日には当社のファンイベントを実施したり、コミュニティづくりにも貢献していく予定です。
当社だけではできない、共創による新たな価値の創出です。ファイターズ スポーツ&エンターテイメントの方々にも当社のカルチャーに「共感」していただき、お互いにニックネームで呼び合うようなフラットな関係性の中で進めています。
「いくら払うから何かをしてくれ」という関係性だけでは、共創は難しいと感じています。取引先ともニックネームで呼び合い、社内のフラットな関係性を外部まで拡張しています。価値に「共感」してくれる方々と共創したとき、思いがけない成果が生まれると思います。
編集部 ニックネームで呼び合うことは、御社のカルチャー形成に大きな役割を果たしているようですね。エスコンフィールドHOKKAIDOの方々ともニックネームで呼び合うことがあると聞き、感心しました。
みーしー 私たちのアプローチは、ビジネスの観点からすると遠回りであることが多いです。2008年頃からチームビルディングに力を入れ、それに共感してくれる人を少しずつ増やしていき、組織が変わって来ました。カルチャーが変化し始めるまでに3年、浸透するにはさらに長い期間がかかっています。粘り強くやらないと、組織は変わりません。また、一度できたら終わりではなく、その後も取り組みを続けていく必要があります。
編集部 今後の展望について教えてください。
みーしー 当社のミッションに紐付いて「日本のビール文化を変える」ことを目指しています。日本にクラフトビールが根付き、とりあえずビールから、自分の好きなビールを選んで楽しめる文化を広めていきたいと思います。
そうした文化が日本に広がってきたら、次は世界です。世界中の人に、よなよなエールを飲みながら楽しい時間を過ごしてほしい。世界中にファンを持つビールメーカーになりたいと思っています。
<対談を終えて>
最初から最後まで笑顔が絶えない取材でした。そこにヤッホーブルーイング社のソートの源泉となる企業文化が集約されています。「顧客は友人」はできそうできない秀逸な捉え方であります。組織の内外に仲間を作っていく活動が、素晴らしいと感じました。社内だけではなく取引先ともニックネームで呼び合う「フラットな関係性」も、同社のソートを具現化する重要な企業文化であり、感覚的にやっているようなことを言葉や目に見える行動で実践していく。社員が同じ目線でさらに大きな価値を創出できるように工夫が仕掛けられ、そこで新たに見えてくるカルチャーを発信していく。
ソートリーダーシップは1つのキャンペーンのための考え方ではありません。組織の根幹であり、経営の真ん中に来るべきもの。企業文化の全体として表現、発信、さらにそれをぶれずに続けていくことの凄みと重要性を学びました。
企画・制作・聞き手・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、塩谷公規、石垣亜純)