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短編小説|ロスト・アーモンド no.12

あの一件に思い至ってからというもの、ほぼ毎日のようにmeijiのボール型チョコレートを口にするようになっていた。

あの一件とは、つまりボール型チョコレートの中の空洞の違和感と、食感の記憶に思い至ったことだ。

僕は帰宅時につけ、ロクと戯れの最中につけ、風呂上りにつけ、冷蔵庫を開けてチョコレートを奥歯で噛みしめるのが習慣になっていた。
 僕の脳裏にこびりついていて、突然よみがえったあの感覚は、いったい何だったのか。
 でも幾度となく繰り返し、チョコを噛み締めたところで、空洞の食感はいつも不発と云うか、しっくりとくる歯触りではなかった。本当なら大好きだったあの空洞の食感は、違和感の塊にでもなったみたいに、僕をやるせない気持ちになせるのだった。
 あの時の食感はいったいどこに行ってしまったのだろう?

ん?

あの時の食感はどこへ?

僕はもう一粒チョコレートを取り出し、指先にまむ。
 前歯で真っ二つに嚙みちぎり、その断面に目を凝らす。
 少し崩れてしまったが、そうか、この空洞には何か他のものが入っていたのかも知れない。てば、その《《何か》》はどこかに消えてしまったのか。
 きっとそれが食感の持ち主だ。つまりあの食感は何処かに消えてしまったのだ。

そうだったのか!

冷蔵庫の扉を開けてチョコレートを齧り、しかも興奮状態にある僕を不憫に思ったのか、ロクが建て膝をつく僕の膝横に頭をこすりつける。まるでロクが僕を慰めてくれているようだった。

そうだよな。そんなはずないよな。だって天下の明治製菓だよ?

冷蔵庫の扉を閉めて、ベッドに横たわる。
 先ほど齧ったチョコの片割れを口に放り込み、天井を見上げる。
 僕は何を夢想しているのか。まるで子供じみている。SFの世界でもあるまい。

ロクは冷蔵庫の前でしばらく佇んでいた。
 ややあって、冷蔵庫に向かってニャーと短く一鳴きし、身体を冷蔵庫にこすりつける。

「もう良いんだよ、ロク」

僕はロクに語り掛け、目を閉じる。有名企業が作ったこのチョコの、いったいどこに疑う余地があるというのか。
 もし仮にそんなものがあったとして、一介のコンビニ店員に過ぎない僕に、何ができるというのか。
 もう考えるのは良そう。
 そう、僕はあのチョコレートが好きだ。それだけでいい。

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