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ストラトキャスター

私の父はドカタだった。

ドカタが差別用語と言われて久しいが、当の本人達は山谷ブルースヨイトマケの唄を口ずさみながら朗らかである。

元より人間扱いされず法の理の外側を歩いてきたような人達なので、世間の目など何のその、私が中学に上がる頃には学校が休みになると、自分の現場に私を連れ回した。



私がホイホイついて行くのは、親父の仕事を手伝えば1日4000円の小遣いを貰えたからだ。
中学生にこの金額は大きい。
今そんな事をしたら労基署あたりがすっ飛んで来そうだが、当時は今より遥かにおおらかな時代だった。

冬休みの1週間分の給料と、お年玉を合わせた金を握りしめて楽器屋に行き、有り金叩いて自分のギターを買った。


フェンダージャパンの、ストラトキャスター。


脳天から爪先まで、雷が落ちたような衝撃をあなたはご存知か。


Netflixで「音楽」というアニメ映画を観た。

あぁ、頭の中が音楽で満たされる瞬間。
誰にでもあり得るその衝動。


一発目の弾丸は眼球に命中
頭蓋骨を飛び越えて僕の胸に
二発目は鼓膜を突き破りやはり僕の胸に
それは僕の心臓ではなく
それは僕の心に刺さった
The High-Lows「十四才」



それからまた水の中に入ってアオサを採ったり、クラゲを集めて砂の上に並べたりした。
「お餅みたいじゃな」
と彼女は言った。
丸餅を箱に並べたところを連想したのかもしれん。
そのうち潮が満ちてきた。
薄茶混じりの白い泡に、並べたクラゲ餅の最後の一個が飲み込まれてしまうのを見届けて、彼女は
「上がろ」
と言った。
青春デンデケデケデケ/芦原すなお

どうしようもない衝動や情熱が私にも確かにあった。

一緒にギターを買いに行って、一緒にギターの練習に明け暮れた親友は、
俺の21歳の誕生日に死んだ。

受験勉強に嫌気が差して後輩の部屋に夜中に忍び込んで2人で掻き鳴らしたストラト。
その後輩もハタチで事故で死んだ。


嫌な思い出ではないよ。思い出すと悲しいけれど。
心の奥底にしまってある、瓶に詰めたビー玉のような大切な思い出。
陽にかざしたら、キラキラ綺麗に輝くような。
胸の中にしまってある甘酸っぱいそれを、指先でなぞるような良い映画だった。




仕事中に昔の職場の先輩から電話が鳴るから、すわ誰か死んだかと思って恐る恐る出てみると、昔先輩の息子さんに貸したストラトの、ピックアップのどれかが鳴らなくなったと言う。


まだ中学生だったその子に、先輩に頼まれてギターを教えていた時に、持ってても大して弾かねぇからと貸したストラト。
自分の初期衝動とその子を重ねて、ストラトこそその子に相応しいと思った。
とっくの昔に放り投げられてると思っていた。


全ての衝動をぶつけても、どんな時でも凛と鳴る。太くて甘い音。
どんなアンプやエフェクターでも素直に音が乗る不思議なギターだと思っていた。
5150に繋がれた時期もある。


買った当時は当然、知識も無かったから分からなかったが、今や押しも押されぬジャパンビンテージと呼ばれるフジゲン製作所期のストラト。
買った時の倍以上の値段で取引されていて焦る。
手放しはしないけど。

息子さんは来年大学を卒業すると言う。
光陰矢のごとし。そりゃ俺も老ける筈だ。


まだ鳴ってたんだな、お前。
大事にしてもらってたんだな。
地元に戻ったら取りに行こうか。
いや、また誰かの初期衝動にぶつけてみるか。
ギター弾いてみたいって子も今や少ないんだろうけど。


俺が弾いたら、ちょっと凹むんだよ。
あんまり良い音するからさ。



しかしありがとう。
最高の気分だ。

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