小料理屋の悲劇 #7
*この物語は、『新潟市中央区オステオパシー(整体)』の施術者が創作したフィクションです
私たちは江藤のアパートまで走った。何が起きているのかさっぱりわからなかったが、あの郵便配達員が真っ当な人間ではないことだけは確かで、私は江藤と宇野を助けることだけを考えた。足の速さは私が一番で、私が最初にドアを開け、江藤の部屋の中に入っていった。
まず、男性の後ろ姿が目に飛び込んだ。その奥、部屋の隅に、宇野がいた。宇野の背後に江藤がいて、宇野が身を挺して江藤をかばっていた。私が入室する音に気づき、男がこちらを見た。高坂だった。郵便配達員は、彼の変装だったのだ。そして彼は、右手にナイフを持っていた。殺傷力の高い特殊なナイフのようだった。
日勤を終え、署で私服に着替えてしまった私は、丸腰だった。上川も私服で丸腰だし、スーツ姿の泉野も手錠しか持っていないはずだ。だから私は、高坂をなだめることにした。
「高坂さん!これからすぐ、応援が来ます。これ以上罪を重ねないで、それを置いてください」
高坂と私は見つめ合った。全力疾走してうっすら出てきた汗に、冷や汗が混じった。そしてすぐに、上川と泉野が部屋に到着した。高坂はそちらにも視線を向けた。そして諦めた表情になり、力なくナイフを床に投げ捨てた。私は、大きく息を吐いた。
おそらく私と同じように何が何だかわからなかったであろう泉野が、警察手帳と手錠を出して、言った。「とりあえず……、殺人未遂の疑いで現行犯逮捕します。詳しい話は、署で聞きます」
がっくりとうなだれて、高坂は手錠をはめられた。そして私たち三人に取り囲まれ、促され、部屋を出ていこうとした。しかしその時に、上川が言った。
「高坂さん、牧野さおりさんを殺したのは誰ですか?」
私は目を丸くした。なぜ高坂が江藤を襲いに来たのかはよくわからなかったが、あの事件の犯人もきっと高坂なのだろうと思っていたからだ。泉野も、驚き、表情が固まっていた。しかし上川だけは、別のことを考えていたようだった。
高坂は無言だった。しかしやがて、憎しみに満ちた眼光で、江藤を見つめた。
それを見てうなずくと、上川が言った。「こういうことでいいんでしょうか?前に手癖の悪い従業員がいたため、置時計に模造させた防犯カメラが、『癒し安らぎ』には置かれていた。そしてそのカメラには、あの日江藤さんが牧野さんを殺す動画が映されていた。しかし高坂さんは、あえてそれを証拠として警察に提供せず、自宅へ持ち帰った。その理由は、江藤さんが逮捕されると、高坂さんが江藤さんに復讐できないから。または、江藤さんが牧野さんを殺す際に、高坂さんや牧野さんにとって何か後ろめたい事実が明らかになり、それが動画に映っていたから。ひょっとして、その両方が理由なのかもしれませんけど……。いかがですか?大筋としては、こんな感じではないですか?」
ゆっくりと、高坂はうなずいた。「はい……」
そうだったのか……!私と泉野、そして宇野が驚きで何も言えなくなっている中、上川は部屋の奥にいた江藤に言った。
「江藤さんも……、来てもらえるね?話を聞かせてもらうよ」
江藤は真っ青な顔で力なくうなずき、「はい」とだけ答えた。
上川が江藤を連れて行こうとすると、宇野が声を発した。
「芽衣……!どうして……?どうして、そんなことしたの?」
江藤は下を向いたまま、静かに話し始めた。
「女将さんは、家で大麻を栽培して、お店で一部のお客さんに売ってたの」
それもまた驚きの話で、私も泉野も、そして上川さえも、目を丸くした。
江藤は続けた。「たまたま私、それを目撃しちゃって……。そうしたら女将さん、バイト代以外にも定期的に、お金をくれるようになったの。口止め料だね、つまり。やっかいなことに巻き込まれたとは思ったけど……、でも、もし警察にばれたときに私が言ったって思われて逆恨みされるのも嫌だったし……、私も、そのお金でずいぶん助かってたから、ついズルズルと……。それでそのうちに、私の方からもお金を要求するようになったの。何度かね、必要な時に……」
江藤は一度息を吐き、今度は宇野を見て、続けた。「あの日は、ここをやめたいって言ったの。そうしたら女将さんすごい怒っちゃって……。私はただやめたいだけだし、大麻のことは誰にも言わない、って言ったんだけど……。『警察に言う気か、自分もその分け前を手にしてたのに、自分だけ助かろうっていう気か』なんて言い出して……。『あんたはやめさせない、地の果てまで追いかける』って脅かされたし、『貧乏人は強欲で、ずる賢くて、虫唾が走る』とまで言われて……、それで、もう恐怖と怒りで、この女を殺すしかないって思っちゃって……」
一度息を飲み、宇野が言った。「殺さなくても、よかったのに……」
「そうだね……。馬鹿だね、私……。自分もその分け前をもらってたことになる、っていう後ろめたさもあったし……、それに、『貧乏人は強欲で、ずる賢くて、虫唾が走る』って言われたのが無性に頭にきて、切れちゃって、それでかな……。ねえ、りり?」
「何?」
「私、あんたが嫌いだったの」
「え?」
「何不自由なく育って、越大に通えるところに自宅があって、学費も親にすべて出してもらって、バイト代は全部無駄遣いできて……。だからなのか、邪気のない良い子で……」
「……」
「でも……、今、殺されそうになった私を身を挺してかばってくれて、ありがとう。感謝してる」
「芽衣……」そう言い、宇野は言葉に詰まった。
その後、私たちの要請に応じて警察の車両と人員がやってきた。江藤と高坂の被疑者二人と、事件関係者として宇野が、捜査本部のある越潟中央警察署まで護送された。そして、私と上川と泉野も十分に事件関係者となったので、泉野が乗ってきて止めてあった車両で、同じく越潟中央警察署へ向かった。道はわかっていたので、運転は私が申し出た。
「相変わらず、鮮やかだね、上川」後部座席の泉野と上川が話し始めた。
「手提げ金庫の向かいにあった何かが置かれていた跡、高坂の家にあった置時計に模造された防犯カメラ、それをとぼけていた高坂、それから、問題を起こしてやめたっぽい江藤芽衣の前にいたバイト……、あらゆることが、さっき俺や江藤芽衣が話したようなことを高確率で指してたと思うんです」上川は、自分の思考過程をようやく明かしてくれた。
「言われてみればそうか、とは思うんだけど……、やっぱりすごいよ、あんたは!なかなか思いつかないと思うよ、そういうことは。でも、これでまた、捜一であんたのことが話題になって、上川待望論が出てくるかもね。捜一に戻る日も、近いかな?」
「別に、戻らなくてもいいですよ。あんなところ」
「あんたねえ……。私も、何があったか詳しくは知らないけど、そんな意地張るなよ。ひょっとして織部さんが課長補佐とかに出世して、あんたにとってもやりやすいところになるかもよ、今後は」
「それは……、いいかもしれませんね」そう言って、上川は笑った。「でも、交番勤務も悪くないですよ、ほんとに。宇野さんみたいに、市民と直接接することもできるし、杉田っていう良い同僚にも恵まれましたしね」
私はバックミラーを介して上川をちらりと見た。私が見張り役を命じられていることを知ったら彼がどう思うかと、少し胸が痛かった。
「どこにいても、上川は上川か」
「そうです。だからまた、何かあったら、捜査に協力させてください。泉野さんの手柄にもなるでしょうし」
「ふふふ、そうだね」
数日後、宇野凛々子がまた交番を訪ねてきた。江藤芽衣が犯人であったこと、彼女に「嫌いだった」と言われたことはショックだったようだが、気を取り直して生活していこうという意思が感じられた。上川は、「また遊びにおいで」などと言っていて、交番を何だと思っているのか、と私は思った。でも、二人にとってはお互いが、貴重な新しい人間関係なのかなあ、とも思う。
*完
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