#006 レイヤーを使った制作の魅力
前回の記事で、効果音はレイヤーで制作していくことが多いと触れましたが、今回の記事ではそのレイヤーをテーマにした記事を書いていこうと思います。
今回そのレイヤーを説明するにあたって、Ric Viers による 『The Sound Effects Bible』を引用しながら進めていこうと思います。この本は、ノイジークロークに入社したてのころに、効果音制作を学ぶために読んだ本なのですが、今思い返してもレイヤーの奥深さが感じられる魅力的な内容だったので、その内容を実例とともに解説しながら、レイヤーを使った効果音制作について知ってもらえればと思います。
レイヤーするとはどういうこと
まずそもそもレイヤーするとどういうこと?というところですが、レイヤーするとは、ある1つの音に違う音を重ねて音を作る方法のことを指します。同時に違う2つの音が鳴っていれば、それはレイヤーされているといっていいのではと思います。このようにレイヤーは、非常にシンプルな意味だと理解してもらえればと思います。
さて説明はここまでにし、ここからは車の衝突音の作り方を引用しながら実際に動画を交え、レイヤーを使った音作りを説明していきます。
ちなみに原著から適宜引用を行いましたが、引用していない箇所には、素材の音を上手に録音する方法についての記述が多くあります。その部分も非常に面白いので、実際に読みたい場合は是非購入してみてください。
車の衝突音を作る
ブレーキを踏む (Screech)
車が衝突するときには多くの場合、ドライバーはブレーキを踏みます。そのため多くの衝突音はブレーキ音と共に始まります。このブレーキ音は、アシスタントともに廃駐車場へと赴き、車を円状にドリフトスピンさせることでいい音を録音することができるでしょう。(Viers 2008, p.221, 訳は引用者による)
確かに運転している車が衝突しそうになった場合にはブレーキを踏みます。そのため衝突音はブレーキの音から始まるというのは理にかなっています。逆にブレーキなしで突っ込む音の場合は、その状況の異常性について演出できると思います。基本的には映像に合わせて音を作るので、ここまで考える必要はないかも知れませんが、加えた音がどういう意味で加えたのかということについては、常に意識的であることはとても大事だなと感じます。
ただその後の録音方法の説明はいきなりハードルが高いので、今回は素材を使って作っていきます。タイヤの擦れる音は、英語では Screech, Skid, Squeal という単語で呼ばれるため、検索するときにはこの単語で検索すると良いと思います。
タイヤの擦れる音
衝突音その1
ボンネットとトランクからは、車の衝突音に適した金属音を収録することが出来ます。この衝突音が1回もしくは複数回鳴ることで、車に何かがぶつかっているということを示唆することが出来ます。最初の衝突音は、この効果音全体の中で最も大きい音にし、前後の全ての音はかなり低い音量にしたほうが良いです。そのようにダイナミクスを生かした制作を行うことで、強烈な衝突音の印象を与えることが出来ます。複数のインパクト音の素材をレイヤーし、幾つかのトラックをピッチシフトすることで、衝突音に重みを与えることが出来ます。(Viers 2008, p.222, 訳は引用者による)
まずタイヤの擦れる音を用意しましたので、次に衝突音を作っていくこととなります。ここでの要点をまとめると下の4つになるかと思います。
・車のパーツ由来のインパクト音を組み合わせる
・衝突音の回数で何かにぶつかっているということを演出する
・衝突音の前後は音量を下げ、ダイナミクスを活かした音にする
・複数の衝突音をレイヤーし、ピッチシフトし、音に重みを与える
この項目を押さえながら実際に音を作っていきたいと思います。
まず車のパーツ由来の音、今回はボンネットと屋根のインパクト音を組み合わせて動画のように音をレイヤーしました。また衝突音も複数回に分け、何回かものがぶつかっているという演出も行います。
衝突音をレイヤーする
次にダイナミクスを確保するために、急ブレーキ音にはオートメーションを書き、音が急に大きくなるようにします。また衝突音の後半は音量を控えめにし、十分な音量差が確保できるように調整を行います。
ブレーキ音にボリュームオートメーションを書く
この2つの音を組み合わせるとこのような音になります。
ブレーキ音 + 衝突音
このままだと重みが足りないため更に複数の衝突音をレイヤーし、また幾つかはピッチシフトを行い低音を足し、衝突音全体に重みを与えていきます。
更にレイヤーした衝突音
これらの音も原則ボンネットと屋根の音のみを使って制作を行っていきます。(今回はある意味縛りをかけて効果音を作っているので、ボンネットと屋根縛りで制作をしていますが、本来は迫力のある金属音を使ったほうが作りやすいかと思います。)
重ねてみるとこんな感じになります。
ブレーキ音 + 更にレイヤーした衝突音
いい感じに音に重みが出てきましたので次の項目に進みます。
衝突音その2
次にグリルとテールランプが衝突することによって鳴るプラスチックの音を加えましょう。ただこの音は車の後ろへと衝突しない限り鳴らないということは覚えておきましょう。テールランプからは、全体をいい感じに風味づけするプラスチックのcrack音がなります。次にガラスのインパクト音を足します。そして最後に破砕音を散りばめます。フロントガラスは破砕防止ガラスでつくられていますが、車の衝突音を作るときには典型的なガラスの破砕音を使って作られます。またこの破砕音にはサイドミラーやヘッドライトの音を使ってもいいでしょう。(Viers 2008, p.222, 訳は引用者による)
ここでのグリルとテールランプの衝突によるプラスチック音についての記述では、なんとなくのイメージで作るのではなく、実際に発生したときのことを考え、その音が鳴るべきなのか、それとも鳴ったらおかしいのかということを考えて制作していく必要があるんだということを教えてくれます。
ガラスの破砕音の部分では、理詰めで作るところは作るが、といっても全てをリアルにするのではなく、サウンド的に良くなるのであれば、あえて現実の音を無視する必要もあるということも教えてくれます。(これは音響での慣習や人がガラスが割れる音に抱くイメージに、どこまで寄り添うのかということなのかなと思います。)
ということで、次にプラスチックとガラスの衝突音、そしたガラスやヘッドライトの破砕音(Debris)を先程の衝突音に加えていきます。
プラスチック・ガラスの衝突音 + 破砕音
これを先程作った衝突音と一緒に鳴らすとこのようになります。
ブレーキ音 + 衝突音 + ガラスなどの衝突音
いい感じの音になってきました。さて次の項目に進みましょう。
ラジエーターの故障音やホイールカバーなど
最後の仕上げに、ラジエーターの故障をシミュレートするためにスチーム音を加えてもいいでしょう。加工とフィルターをかけたエアスプレーからはいい感じのスチーム音を作ることが出来ます。ホイールカバーの音も加えてもいいでしょう。(...)最後に長いクラクション音を加えるのもいいです。クラクション音は、簡単にはループ処理することが出来ないため、いい感じの長いクラクション音を録音してみるのがいいでしょう。(Viers 2008, p.223, 訳は引用者による)
ここは最後の仕上げです。またそれぞれの音をインパクト音へとレイヤーしていきます。ただダイナミクスを確保するために、音量は控えめにレイヤーしていきます。
ラジエーターの故障音やホイールキャップ、クラクション
まとめて鳴らすとこのような感じになります。
ブレーキ音 + 衝突音 + その後の故障音
完成へ
ここまでの内容で、本に記載されている全ての要素を加えることが出来ました。最後にEQでバランスを整え、リバーブをかけ、サチュレーターで若干歪ませるなどしてミックスを簡単に行い、完成となります。
完成形
このように単発では地味な音でも、必要な音を何十にも重ねていくことで、派手な車の衝突音を作ることが出来ます。
おわりに
はじめに説明したようにレイヤーは簡単な手法です。エフェクトも殆ど使っていませんし、やったことといえば音のピッチを変え、音量を変え、重ねただけとなります。
ただ作る音がどういう音なのか、そしてそれはどのような素材でできているのか、どのようなパーツがあるのか、どのような音が鳴るべきなのか、鳴る状況によって音は変わるのか、など音をつける対象を様々な面から考えながら作ることで、音から受け取る印象が変わるという奥深さがレイヤーにはあります。
このことは映像があれば考えなくてもよいものではなく、映し出される絵の外も含めサウンドデザインするからこそ、なんとも言えない全体から感じるクオリティの高さや実在感に繋がっていくのではないだろうかと思います。
実際にここまで大掛かりにレイヤーすることは、そこまで多くはないと思います。しかし規模の大小はあれ、効果音を作るときはこんな感じに作ることが多いと思ってもらえればいいなと思います。
以上でSound Effect Bibleでの衝突音の作り方を通した、レイヤーを使った効果音制作の説明は終わりとなります。興味があったら是非原著も購入してみてください。
https://www.amazon.co.jp/Sound-Effects-Bible-Create-Hollywood/dp/1932907483
それではまた。
引用文献一覧
Ric Viers, The Sound Effects Bible: How to Create and Record Hollywood Style Sound Effects, San Francisco: Michael Wiese Productions, 2008, pp.221-223.
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