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短編小説「ニドネ•オン•ザ•ベッド」

ハイメさんからのTwitterリプライ「二度寝」より

柔らかくて気持ち良い。興奮している。
脳の奥底から何かが溢れ出す。
彼女の潤んだ瞳。
水中から水面に顔を出す時の様に。
モコモコにカットした中高音を徐々に元に戻していく時の様に。
音の解像度が上がる。
その中でアラームの音をより鮮明に掴んだ。
瞼が上がる。

[am 7:00]

アラームを止めて、枕に顔を埋める。昨晩の酒で頭が痛い。
夢の続きが見たい。
もう少し寝かせてくれ。
さっきのは念の為の一度目のアラームだ。まだ眠れる。
あと十五分。二個目のアラームを確認して、微睡みに体を預ける。

再びアラームが時間を告げる。もう十五分経ったのか。
スマホの画面を確認すると、[am 7:00] と表示されている。
確認すると[am 7:00]のアラームはオフになり[am 7:15]のアラームが残っている。
夢を見た様だ。なんだか不思議な気分だが、"もう一度"十五分寝られるということだ。ぼんやりした頭をまた枕につけて眠りに落ちる。


アラーム。

スマホの画面は[am 7:00]を示していた。

おかしな状況に急激に目が覚める。
どうなってる?
まぁ良い。きっと二日酔いのせいだ。
アラームを二つともオフにして、洗面所に向かう。

温めた剃刀を当てている時、ぼんやりと朝の不可思議な現象を思い出してしまって、手元が狂った。鏡で確認すると、シャツの襟に血がついてしまっている。
その時インターホンが鳴った。こんな朝に誰だ。
続けざまに激しいノックが聞こえる。
とりあえずガウンを羽織って、ドアスコープを覗く。
どうやら隣人の女性である。チェーンを外してドアを開ける。
「どうしました?」
「兎に角入れてください!」
有無も言わさず部屋に入り込んできた。
普段見かける時とは違ってすっぴんに近い。
シャツは乱れており目のやり場に困っていると、彼女は震えた声でこう告げた。
「こんな事態ですし、助け合いましょう。」
「どういうことですか?」
彼女は目を見開く。
「何も知らないんですか?そんなわけ…え、も、もしかして…。」
彼女の血相が変わる。
「その血って…」
俺の胸元から口の辺りを凝視して、彼女の顔はみるみると恐ろしい形相に変わる。
つんざく悲鳴を上げ、近くにあった花瓶を取り上げ、俺のこめかみを強か殴りつけた。意識が遠のく。


再びベッドにいた。
時刻は[am 7:00]。
停止を命令されないアラームは鳴り続けている。
夢とは思えない。まだこめかみが痛む気がする。
花瓶のせいか、二日酔いのせいか、判別つかない。
しかし、実際今こうしてベッドにいて時刻は一度目のアラームなら、それは夢だったと言わざるを得ない。隣人が部屋に飛び込んで来た辺り、俺の妄想の産物と言えなくもないのだ。

どうだろう。"もう一度"二度寝してみるのは。

しかしそれ程の肝は持ち合わせていない様で、まるで寝付けなかった。
するとインターホンが鳴る。そして激しいノック。
どうかしてる。まだ夢なのか。
いや、夢なのだろう。そう思わなければ説明がつかない。
早く覚めてくれ。
ノックが止み、女の叫び声が聞こえる。
そういえば女は「助け合いましょう」と言っていた。
あれは何かの予知夢かもしれない。
ああ、何してるんだ。助けに行こうとしている自分がいた。
先ほど殴りつけられた花瓶を持って、ドアスコープを覗く。
見える範囲には何もない。しかし女の悲鳴は近い。
意を決して表に躍り出る。
すると男が女に覆いかぶさっていた。
勢いをつけてその男を蹴り押す。しかし慣れないことをしたせいで男と縺れ合って倒れ込む。花瓶が手から滑り落ちて割れる。男は起き上がると、今度はこちらに組み付いてきた。
酷い臭気だ。眼前に迫った男の顔は酷くひしゃげて、青黒い顔とは対照的な鮮血が口から滴っている。そして男はその生臭い呼気を放つ口で、俺の首に齧り付いた。そんな攻撃を想定していなかった俺は、喉が張り裂けんばかりに吠えた。気が狂いそうな程痛い。意識が遠のく。


認めよう。ループものに迷い込んだ。しかもゾンビパニックものだ。
まずこのループの仕組みを探るとする。
確か最初の違和感は二度寝で目が覚めても同じ時間だったことだ。
ということは、死傷がポイントではなく、意識がなくなった時がポイントになるはずだ。と言うことは、意識を保っていればループには入らないと仮定してみよう。
今回女には申し訳ないが、俺はこの部屋から出ない。
部屋のドアにある限りの家具でバリケードを張る。
これでよし。
と思っていたらベランダから物凄い音がした。
窓が割れる。どうやら隣のベランダとうちのベランダの仕切りを壊してヤツらが来たらしい。
くそ。


なるほど、それで女は逃げて来たのか。
ベッドの上でアラームを聴きながら、反省会を始める。
しかし盲点のベランダを搔い潜って丁度良く邪魔が入るというのは、なんともご都合主義的ではないか。
現実はそんな風には出来ていないはずだ。
二流脚本的現実に辟易しながら、今朝初めてSNSを開いてみた。
ゾンビに関する情報が飛び交っている。
基本オーソドックスなスタイルで、力が強いが遅い。空気感染はしない。頭を狙え。焼いても可。
発症の前兆として記憶喪失、呼気に特有の臭気、急激な睡魔があるらしい。
ゾンビは昨晩から発生していたのか、まるで気付かなかった。
インターホン、ノック、悲鳴。
そうそうこれこれ。
ベランダから破壊音、窓が割れる。
とりあえず寝室から出て、寝室の外からバリケードを張る。
これでどうなるか。
意識が遠のく。


考えられる理由としては、俺は既に感染しているという説である。
急激な睡魔。
身体中を鏡で検めるが、どうやら噛み痕や引っ掻き傷はない。何故だ。
どこで感染したのだ。
昨晩は…。記憶が曖昧だ。
久しぶりに同級生たちと酒を飲んで、それで。
スマホの写真を確かめる。
集合写真だ。
そうだ。夢だと思っていたが、違う。俺は昨晩同級生の女子とキスをした。
確かにあの子「皆よく覚えてるよねー!私全然思い出せない!」って笑ってたな。
息は酒臭くて分からなかったが、眠いから帰るって言って。
送ろうとしたらお節介な女子に邪魔されたんだ。
まさかアイツ感染していたのか。
となるとだ。
俺が感染しているとなれば、意識が飛ぶ度に戻ってしまうループの最中にいるというのならば、つまりは俺はゾンビにならずに、この約十五分を永遠に生き続けるということになる。


という夢を見た。怖くて二度寝が出来ない。

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