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私の投資ヒストリーを振り返る(今後の自己紹介用)

試行錯誤しながら歩んできた道

「解きほぐし屋・プロ応援屋」を名乗る、なずなと申します。

【お金、特に投資】をテーマに、
モヤモヤしてるところを解きほぐすお手伝いやイベントを、
今後できればいいなと考えています。

「投資」という言葉だと、うーーん💦と感じるかもしれませんが、
「自己投資」も自分の成長を目指しての投資のひとつですよね。

「資産運用」という名前だと、
大きすぎるなー💦と感じるかもしれませんが、
「資産育成」
つまり、資産を「育成」するイメージで、私はとらえています🌈

まずは、なずなってどんな人?に対する
投資に関する経歴紹介をします。

20年間の紆余曲折した投資の話

投資歴は、途中で放ったらかしの時期もありつつも、約20年間となります。 短期で大儲けのようなタイプの成功はしていません。
しかしながら、幸いにも、再起不能になるような失敗もしていません
右往左往しながら長らくアレコレ試してきました。

そして、現在は
「インデックス(指数)の投資信託を毎月買い続けることが、メイン」
至りました。 以上が結論です。

私の投資遍歴

◆幼少期(1980-)

母親も父親も勤務していて、同居の祖母に面倒をみてもらいながら育つ。
祖母は株式投資を趣味としていて、株式市況ニュースのテレビ番組を、午前の市場と午後市場後に必ず見ていました。
祖母は強くて厳しく、テレビチャンネル選択権の無い幼少期の私は、一緒に株式市況ニュースを仕方なく見ていました。

また、祖母は

  • 新聞に掲載された株価一覧を、毎日熱心に虫眼鏡で見る

  • 四季報(各企業業績情報が掲載された分厚い雑誌)を毎号、欠かさず買って読み込む

  • 電話で証券会社の担当者から情報を仕入れ、注文を入れる

これらの行動をしていました。
(幼少期の私は、四季報を枕にして昼寝し、祖母に怒られていました。
しかし、枕にちょうど良い大きさだったのです)

◆高校生(1995-1998)

バブル崩壊後の90年代。1997年にアジア通貨危機が起こります。
山一証券が破綻し、山一証券株を保有していた父の株券は価値がなくなりました。
このころは投資に不信感を抱いていて、投資をする祖母や父と喧嘩していました。


価値が紙くずに

◆大学生(2000-2004)

入学を希望していた学部の試験が不合格で、たまたま受検し合格した商学部へ進学。
会計・簿記、マクロ経済、金融、貿易、マーケティング等を学ぶ。
(金融工学など、理解しようと努力しても全く理解が及ばなかった分野もあった)
株式投資をバーチャルに試してみる授業があって、少し興味を持ち、社会人になって給料をもらったら、株式投資を始めようと思いました。

◆社会人(2004-)

氷河期と呼ばれる不景気の時期で、
大量の会社からお祈りメールをもらい(=不採用)、
一社だけなんとか採用されて滑り込みます。

ジョインベスト証券にて口座を開いて、株式投資を始めます。
(ジョインベスト証券は、野村證券に吸収合併されて今は存在しない証券会社です)
最初に買った株は「ワコール」。下着の需要が無くなることは無いだろう、と見込んだ。(何の指標も見てなくて、ただそれだけの理由でした。)

勤務していた会社では、自社株買い制度、ストックオプションの付与、ボーナスの金額計算は会社の株価によって決まる等、株式投資をしていても、そんなに変ではない雰囲気でした。

ボーナスを受け取ると、あまり深く考えずに日本株の個別株へ投資していたが、あまりうまく行かず評価損の株が多かったですね。

◆2008年[リーマンショック]

このころは、投資よりも預貯金の比率を増やしていました。
預金の利率が少し良いネット銀行口座を開設しました。
(探せば、利率が1%の定期預金があったのです!)
投資については、保有していた株を整理したり、ほったらかしだったり、だった。

サブプライムローンという証券化された住宅ローンのひとつが、発端でした

◆2011年[東日本大震災]

2011年3月に東日本大震災が発生しますが、震災よりも前の同年1月に、これからは中国だ!と急に思い立ち、中国元(通貨)を保有しようと考えました。

その頃は、中国元を保有する場合は、中国銀行に銀行口座を開設するくらいしか方法が無かったと記憶しています。
有給休暇を使い、東京赤坂にあった中国銀行赤坂支店で銀行口座を開設し、日本円を中国元に替えました。
(ここでの中国銀行は、Bank of Chinaのことです。岡山県に本店を置く日本の中国地方の銀行ではありません。)

◆2013年頃

この頃は、株などを購入して3日程度で売却するスウィングトレードをしていた。
東京証券取引所でその日に値下がり率が最も高かった銘柄から選んで購入していました。(売られ過ぎで買い戻され値が上がるのを期待するやりかたを試していました。だが、あまりうまくいかず、、、)

◆2014年[譲渡利益の所得税率が10%から20%へ。NISA制度開始。]

「金(Gold)に投資してみよう!そうだ、金の延べ棒(インゴッドと言います)を買おう!」と思い立ちます。
有給休暇を使い、東京銀座にある田中貴金属に出向いて、金の延べ棒を購入しました。
(2015年に売却しています。もっと長く保有すればよかったかも??)

また、アメリカ株(アメリカのニューヨーク証券取引所等に上場する株)に興味を持ち、当時、取り扱い銘柄が多かったマネックス証券で口座開設
いろいろ試してアメリカの個別株を購入しましたが、購入後に値が下がってうまく行かないことが多かったです。例えば、アリババ(BABA)等を保有していました。

◆2015-2016年頃[チャイナショック]

IPO(新規公開株)投資をするも、なかなか当選せず、うまく行かず。
だんだんと、「私って投資の才能があんまり無いんじゃない?他のことに時間を使ったほうがいいんじゃない?」と気付きます。(ずいぶん遅い)

また、投資環境としては、以前には、手数料が高くて内容もイマイチなものが多かった投資信託が、良い!と思える商品が世の中に少しずつ誕生してきていました。

そこで、セゾン投信にて口座開設し、毎月積立でのインデックス投資信託への投資を始めました。
(セゾン投信は、中野前社長がインデックス投資・積立投資の啓もう活動を積極的に行い、普及に寄与した会社です。)

併せて、既に開設していた口座のSBI証券で、それまでの個別銘柄を購入する投資から、株や債券のインデックス投資信託の積立投資に方向転換しました。
(具体的には、毎月同じ日に同額買う設定をするだけ)
その頃は、ニッセイのインデックスファンドシリーズの手数料が安かったですね。

◆2018年[つみたてNISA制度開始]

投資信託「eMAXIS Slim(イーマクシススリム)」シリーズが爆誕した。
呪文のような名前だが、「とにかく手数料が安くて&今後も安くするよ」宣言をした、とにかくすごい呪文投資信託だ!
「こ、これはすごい!すごいものが生まれた!」、、と少しずつ買い替えていきました。

このころには、「やっぱり私は個別銘柄株の才能は無かったね、ある意味、はっきり分かって良かったよ」という気分でした。

◆2020年[コロナショック、東京五輪の延期]

年始から新型風邪のニュースがちらほら出始めるが、外国のことで当初はあまり重要視されていませんでした。
2020年2月のダイヤモンドプリンセス号の件以降、コロナ禍で世の中が大きく変わり、3月に株式市場は爆下がり。
「バーゲンセールだ、、‼各国は金融政策を出動させて、いずれ株価は戻るだろう」と思って、毎日、積立購入をしました。
(毎月購入ではなく、この時期は 毎日、購入続けました)

記憶に新しいコロナショック

◆2021-2023年[東京五輪、ロシア・ウクライナ戦争]

「自己流を続けてばかりだと偏ってるだろうなぁ」と思い、
FP2級の勉強を始めました。
包括に体系立てて学べたので、とても良かったです。
暮らすうえでのお金や制度の知識であれば、FP3級がおススメです。
私の投資的には、まったりモード。来年2024年から始まる新NISAに向けて、特定口座(所得税の税金かかるタイプの口座)の投資信託を毎月定額売却し現金化しています。

音声配信で、投資の話をしました。

ネット上(音声配信プラットフォーム)で、はじめて、投資の話をしました。
以前は、「投資をしている」と言うと、怪しがられるので黙っていたのです。
だけど、そろそろ、隠さずに、心から想像していることを言おうかなぁと思って。

最後まで読んでくれた人は、おつかれさまでした!
よくここまで読んでくれましたね!グッジョブです!

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