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オーガニックの一言で健康に感じる『スーパーサイズ・ミー2』から学ぶ健康ハロー効果

今年5月、アメリカの映画監督、モーガン・スパーロック氏が亡くなりました。

スパーロック氏の代表作として知られるのが、自らが監督、脚本、制作、主演を努め、2004年に公開されたドキュメンタリー映画『スーパーサイズ・ミー』です。

映画では、ファストフードの食事が健康に与える影響を調べるため、彼自身が30日間、マクドナルドのメニューを食べ続けた結果、体重や体脂肪の増加、体調不良など、様々な健康問題が現れたことが描かれています。

この映画は世界興行収入2200万ドルを達成し、放映後にはマクドナルドでスーパーサイズの販売がなくなったり、アメリカの学校教材として映画が使われたりするなど、大きな社会的影響を及ぼしました。

あまり広くは知られていませんが、実はこの映画には2017年に公開された続編が存在します。

本記事では、映画を軽く振り返るとともに、続編のテーマの1つであった健康ハロー効果と呼ばれる見せかけの健康効果を取り上げます。


参考文献

元論文

You taste what you see: Do organic labels bias taste perceptions?
https://doi.org/10.1016/j.foodqual.2013.01.010


ライター:髙山 史徳(Fuminori Takayama)
大学では健康行動科学、大学院では体育学・体育科学を専攻。持久系スポーツの研究者として約10年間活動。 ナゾロジーでは、スポーツや健康に関係する記事を執筆していきます。 価値観の多様性を重視し、多くの人が前向きになれる文章を目指しています。


健康ハロー効果とは?

2017年に公開された『スーパーサイズ・ミー2:ホーリーチキン!』は、2004年に大ヒットしたドキュメンタリー映画『スーパーサイズ・ミー』の続編です。

前作では、モーガン・スパーロック氏が30日間、マクドナルドの商品だけを食べ続け、ファストフードが心身の健康に与える影響をテーマにしていました。

続編では、スパーロック氏が自らファストフード店(ホーリーチキン)の開店準備を進める中で、前作から10年以上経過したファストフード業界が本当に変わったのかを、違った角度から探っています。

当時のファストフード業界は、前作の影響もあってかいくつかの変化が見られました。

具体的には、マクドナルドでのスーパーサイズの廃止やサラダメニューの登場、さらには各ファストフード店での「フレッシュ」「ナチュラル」「ホームメイド」「クリスピー」といった健康的に見える宣伝文句やメニューの増加です。

また、多くの店舗の内装がオレンジやグリーンを基調としていて、心地よさを演出し、中には農場や野菜の写真が飾られているチェーン店もありました。

しかし、スパーロック氏は、こうした変化が本質的なものではなく、見せかけに過ぎないことに気付きます。

たとえば、フライドチキンの名前がクリスピーチキンに変わったとしても、鶏肉を油で揚げている事実は変わりません。

また、店舗内の壁が新鮮な野菜であふれていても、ハンバーガーに少量の野菜が挟まれているだけでは、健康的な食事とは言えませんし、そもそも野菜を食べたからといって、他の脂っぽい食材でとったカロリーが無効になるわけではありません。

しかし、皆さんもハンバーガーを食べる際、野菜も挟まってるし栄養バランスは良いはずと頭の中で謎の言い訳をしながら食べたことはないでしょうか?

ハンバーガーは野菜も挟まてるから栄養バランスはいいはず? / Credit:canva

このように、ある1つの「健康的」に見えるイメージによって全体の評価が歪む現象を、健康ハロー効果と呼びます

ハロー効果のハローとは、天使や聖人の頭上に描かれる光の輪(halo)のことです。これは一つの特徴がその人や商品全体の評価に強く影響を与える心理的なバイアスになることを意味しています。

ハロー効果(hallo effect)の名前の由来は聖人の頭上に描かれる光の輪(hallo) / Credit: Pearson Scott Foresman, Public domain, via Wikimedia Commons

たとえば、「ナチュラル」や「甘さひかえめ」といったラベルが付いていたり、緑色のパッケージや自然を連想させるデザインが使われていたりすると、その商品全体が健康的だと誤って判断されることがあります。

健康ハロー効果は、健康志向、健康ブームと呼ばれる現代社会において、ファストフード業界に限らず、商品を健康的だと錯覚させることで私たちの購買行動に影響を与え、企業のマーケティング戦略として広く活用されています。

『スーパーサイズ・ミー2』ではこの問題に言及していたわけです。では、この健康ハロー効果に関して、研究の世界ではどのような報告がされているのでしょうか? 次はこの点についてみていきましょう。


健康ハロー効果の影響とそれを防ぐ取り組み

食品のパッケージに健康ハロー効果があることを示した研究としては、アメリカ・コーネル大学の研究者たちが2013年に発表したものが有名です。

この研究では、クッキー、ポテトチップス、ヨーグルトのラベルに「オーガニック」と表示されているだけで、人々がそれを低カロリーで脂質が少なく、食物繊維が豊富だと錯覚し、より高い金額を支払って購入しようとすることが明らかになりました。

これは健康ハロー効果を如実に示すもので、健康に良いと信じてしまう一つの要素に基づいて、その商品全体の健康的価値を過大評価してしまう危険性を示しています。

これはあくまでも一例です。「甘さ控えめ」「糖類ゼロ」といった表現など、私たちが日常的に購入する商品の中で健康ハロー効果を狙っているものが多く存在します。

ただ、これらの表現は好き勝手が許されるわけではなく、健康ハロー効果の悪影響を防ぐルールの整備も世界各国で徐々に進んでいます。

たとえば、2017年にフランスで導入され、その後、欧州各国で採用が進んでいるニュートリスコアです。

ニュートリスコアは、カロリーや糖質、塩分、飽和脂肪酸といった負の要素と、食物繊維、果物、野菜、タンパク質といったプラス要素をもとに5段階で評価され、緑色が最も健康的で赤が最も不健康であることを示します。

ニュートリスコア(NUTRI-SCORE) / Credit: Own work using: Design-Manual (PDF), Public domain, via Wikimedia Commons

商品の包装の前面に表示されるニュートリスコアは、消費者が特定の言葉に惑わされず、実際の栄養価をより正しく把握できる効果が期待でき、ドイツ・ゲッティンゲン大学の研究グループが2022年に発表した研究でも、「糖分30%オフ」といった表現が引き起こす健康ハロー効果をニュートリスコアによってある程度防ぐことができると報告されています。

日本でも、ニュートリスコアに相当する仕組みの導入が本格的に検討されていて、今年7月には消費者庁で「日本版包装前面栄養表示に関する検討会」が初めて開かれました。

ただし、個々の消費者の健康状態や栄養ニーズは異なるため、ニュートリスコアのような仕組みがあったとしても、それで全てが解決というわけではありません。

極端な例ですが、肥満の人にとってはハイカロリーの商品が健康にマイナス要素となりますが、痩せている人にとっては同じ商品が栄養状態を改善するためにプラスに働くこともあります。

したがって、ニュートリスコアのような情報を参考にしつつも、最終的には消費者自身が自らに合った商品を選ぶための判断力を養うことも大切でしょう。


皮肉で締めた映画

『スーパーサイズ・ミー2:ホーリーチキン!』の終盤において、スパーロック氏は、ファストフード業界が健康ハロー効果をいかに巧妙に利用しているかを自らの店を使って実証しました。

この店では、デザインやメニューの表現において、緑色や自然を連想させるビジュアル、そして「フレッシュ」「ナチュラル」「ホルモンフリー」といった健康的に見えるキーワードが多用されています。

しかし、これらは単なる見せかけで、提供されるメニューの本質が健康的でないことが来店客には明確に伝わるように描かれています。

自然豊かで緑色で囲まれた店内で食べたとしても、商品が一緒であればカロリーや栄養素は変わらない / Credit: 写真AC

つまり、消費者が「健康」に見せかけた広告やマーケティングに騙されている現状を皮肉たっぷりに描き出すことで、視聴者に対して表面的な健康イメージに騙されないよう注意を促すメッセージ性を感じられる作品となっているのです。

ちなみに、この映画はプレミア上映後にスパーロック氏自身の過去の過ち(性的不品行、ハラスメント)が明らかになり、劇場公開は2年後の2019年まで実現しませんでした。

こういった出来事や背景も、『スーパーサイズ・ミー』よりも世間に広まらなかった理由の一因だと考えられます。

さて、続編が公開されて5年以上が経過しましたが、ファストフード業界をはじめとして、外食産業では依然として健康に対する懸念が残っていると言われています。

確かに、昔に比べると、サラダやグリルチキンなどの健康志向のメニューを導入している店が増えた一方で、高カロリーのメニューの人気が根強いことは事実です。

また、店内のメニュー表やインターネットサイトを通じて栄養情報にアクセスしやすくなった反面、健康意識が高い層とそうでない層のギャップは広がっているように感じます。

こうした状況を踏まえると、私たち消費者は、健康情報を自らが正しく解釈し、ライフスタイルに合った賢い選択をする力を養うことが求められていると言えます。

何となく健康っぽく見える言葉で思考停止に陥るのではなく、健康的な選択をするための知識、リテラシーを高めることが、今後ますます重要になってくるに違いありません。

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