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街に溶け込む。

転入届を出した。
昼間の市役所は人で溢れていて、働いている人たちもとても忙しそう。これまでさまざまな土地の市役所に足を運んできたけれど、来るたび小ぶりな箱の中にぎゅっと収められたような感覚になるのはなぜだろう。
窓口に座る人たちの背中を眺めて、それぞれの人生が漂う場所だなと思う。わたしはどう見えているのかな。

転入の手続きが終わり、住所の変わったマイナンバーカードを受け取る。
新しい住所はまだしっくりこなくて、名前と住所がちぐはぐに見える。漢字も書き慣れなれておらず、申請用紙の記入で何度か間違えてしまった。
だけどそんなことはすぐに慣れることを知っている。慣れることと好きになることはまったくの別物ということも。

そのままの足で市民図書館に行き、図書カードを作る(念願…)。美術館と併設された図書館は天井がとても高くてゆったりとしていて、すでにお気に入りの場所。
作ったカードでさっそく本を借りて施設を出ると、市役所を出たときよりもずっとこの街に馴染んだ気がした。
漠然とした大きな変化より、こういう日常の小さな変化や出来事のほうがずっと現実的。街に少しずつ溶け込んでいくような感覚になる。

新しい街に住むと、目や耳など身体で感じるものたちにぴちぴちとした鮮度がある。
街中でもうんと広い空。歩道橋から見えるどっしりとした山々。知らない銘柄の牛乳やお豆腐が並ぶ冷蔵コーナー。標準語と方言が飛び交う改札口。なんとなく人見知りそうな人が多いこと(でも話すと優しい)。わさわさの彼岸花。すぱんとした夜の空気。

この街でこれから自分は何を始めるのか。決意してやってきたはずなのに、いざ立ち上がると不安や寂しさでふらついてしまう。ちょっと油断すると涙がふんわり滲む。
でも心にひとつ決めていることは、ここでの日常を何かしらの形にして残していきたいということ。何気ない出来事やささやかな眼差しを忘れずに、時間をかけてこの街を好きだと言えるようになれたらいいなあという淡い願いを持って。

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