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僕らの知らないベートーヴェンvol.1~オラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』

来る2020年のメインイベントといえば……なんといっても東京五輪ですが、この人のアニバーサリーも忘れちゃいけません。

【祝】ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 生誕250年!!


コンサートや新アルバムのリリースなど、ベートーヴェンづくしになるにちがいない2020年。「世界最大のレパートリーを誇るクラシック音楽レーベル」を自負する我らがNAXOSレーベルも、もちろん、このおめでたい記念年のためにガシガシ動く予定であります!!!

というよりも。えーと。
…………告白しますと、もう、動いてます。6月末に、早くも第1弾がリリースされてます。

ぜんっぜん、宣伝できてなくてすみません。この記事は6月末に公開する予定でしたが、担当者の多忙により遅れました。ごめんなさい。でも、2020年には余裕で間に合ってます。まだ半年あります。大丈夫です。

で、その第1弾はこちら!じゃじゃじゃじゃーん。


ベートーヴェン: オラトリオ「オリーヴ山上のキリスト」Op. 85
レイフ・セーゲルスタム(指揮)
トゥルク・フィルハーモニー管弦楽団

NAXOSレーベル 2019年6月発売

【CD】Amazon/楽天ナクソスストア
【ダウンロード】iTunes Store/mora
【ハイレゾダウンロード】e-onkyo music/mora
【ストリーミング】ナクソス・ミュージック・ライブラリー/Spotify/Apple Music/LINE MUSIC  ほか

サンタクロースのような風貌とドラマティックな指揮で知られるフィンランドの名指揮者&作曲家、レイフ・セーゲルスタム✕トゥルク・フィルハーモニー管弦楽団によるベートーヴェン・シリーズが堂々のスタート!!!

湖と山が似合う指揮者、レイフ・セーゲルスタム

NAXOSレーベルで(すら)まだ録音できていなかったレアなベートーヴェン作品を、これから2020年にかけてじゃんじゃん補完していくというたいへん楽しみなシリーズでございます。

うわ~~、NAXOSらしーい。
っていうか、何よ、ベートーヴェンのオラトリオって…??


●「え!?ベートーヴェンって、オラトリオなんて書いてたの!?」

そう思った人は正直に挙手しましょう。ハイッ。
まっっったく恥ずかしがる必要はありません。だってあんまり録音されてないし。実演に至ってはほとんど無いし。シラネーヨで当然です。

特にベートーヴェンが好きってわけじゃないけど、交響曲は一応ぜんぶ聴いたことがある

人がわんさかいる一方、

ベートーヴェンは大好きだけどオラトリオは聴いたことない

人もわんさかいる。
これがクラシックファンの中央値なんじゃないかと思います。

大丈夫。

NAXOSはその中央値をちゃんとわかってる。

そして記念すべき2020年にその中央値を変える。未体験のベートーヴェンを聴かせたる。待っておれ。

●実は生前はヒット作だった「オリーヴ山上のキリスト」

さて、ベートーヴェン唯一のオラトリオである当作『オリーヴ山上のキリスト』。
初演は1803年4月。ベートーヴェン、32歳。『交響曲第3番「英雄」』が書かれる直前くらいのタイミングにあたります。ピアニストとしてキャリアをスタートしたベートーヴェンですが、3年前の『交響曲第1番』の初演も成功し、優秀な作曲家として世間に認知されつつある。そんなタイミングですね。

1803年頃のベートーヴェン(若ッ!!!)

このオラトリオ、「14日間で一気に書いたった」と当人はのちに豪語していますが、これは最新の研究だとめちゃくちゃ怪しいといわれています。そりゃそうだわ。一気に書けるような曲ではありません。実際、残されたスケッチ帳には、1802年から1803年にかけてちまちま構想が進められた形跡が残っています。話を盛ってもムダです。後世の研究でバレます。

ところが、あるていど時間をかけたからといって余裕のある仕上がりだったかというとまったくそうではなく、弟子のフェルディナント・リースが「先生は、初演当日の朝、寝床でまだ1枚ずつの紙に(音符を)書いていた」という衝撃的な目撃談を残しています。このとき書いていたのはトロンボーンのパート。トロンボーン奏者は、ベートーヴェンから本番前に楽譜の切れっ端を渡され、それを見ながら演奏したそうです。ひでえ。
なお同じ日に『ピアノ協奏曲第3番』も初演されていますが、これも本番時点でピアノパートが白紙状態だったといわれています。壮絶なやっつけ感。ライブって感じ~~~~~!!!!(むりやり褒める)

でもクラシック音楽って、最初からカンペキな聖典だったものって実は少ないのですよ。ベートーヴェンでいえばオペラ『フィデリオ』も、改訂を重ねた作品として有名ですね。この『オリーヴ山上のキリスト』も、初演後にちゃんと(8年も)時間をかけて改訂され、1811年に出版されています。

そして、この改訂版の『オリーヴ山上のキリスト』。すこぶる評判がよくて、なんと生前にはヨーロッパ各地で80回以上も演奏され、ベートーヴェンの代表作のひとつとして数えられていたそうです。

実はベートーヴェンの作品には、「生前には大当たりしたけど現在はぜんぜん演奏されない」作品って意外とあるんですが…………

これとか。


最近、やや再評価の傾向にありますが、これとかも。


上記の2作品に関しては、ナポレオン戦争やウィーン会議といった時事ニュースを音楽化したような作品で、現代人にはその背景が伝わりにくい=あまり好んで演奏されないという事情があります。それでいうと、普遍的宗教作品であるところのこのオラトリオが不人気というのは、わりと不思議でもあります。まあ、どうせ歌うなら『第九』や『ミサ・ソレムニス』のほうがいいな、ってところはあるのかもしれない。でもね、聴くなら1時間弱だから、ぜひ聴いてほしい。このセーゲルスタム盤で。


●「ベートーヴェンがオラトリオを書いている世界線に来てしまった…!」

この作品のオススメポイントを挙げます。

1  コンパクトで聴きやすい

「オラトリオ」っていうと、とかく長大なイメージがあると思いますが、このオラトリオは長くないです。1時間弱。一般的な『第九』演奏よりちょい短いくらいです。物語なので一気に聴いてほしい感はありますが、ひとによっては通勤時間(片道)でも全然いけるサイズです。

2  ドラマティック!!

新約聖書の一節を題材にした当オラトリオ。処刑の前夜、オリーブ山(橄欖山)で祈りを捧げるイエス・キリストが、弟子たちの抵抗むなしく、兵士にとらえられるまでを描いています。簡単に内容を追ってみましょう。

第1曲 序奏とイエスのレチタティーヴォとアリア(トラック1~3)
オーケストラのみの陰鬱な序奏(ホントに陰鬱)のあと、すでに自分の死を予感しているイエスが、自分の苦しみを天上の神に訴えるように切々と歌いはじめます(トラック2)。アリア(トラック3)はベートーヴェン得意のハ短調。まだ『交響曲第5番(運命)』は作曲されていませんが、やっぱりここぞというときはハ短調なベートーヴェン。「汗ではなく血がしたたり落ちる」とか、なかなか凄惨な歌詞です。
第2曲 セラフィムのレチタティーヴォとアリア、セラフィムと天使の合唱(トラック4~6)
セラフィム(天使)が現れ、イエスの苦しみを慰めるように、彼の死が人類への愛の救済となると説き(トラック4-5)、天使たちがそれに同意する合唱を歌います(トラック6)。この天使たちの合唱の後半でフーガが登場。セラフィムのソプラノ・ソロの歌唱も見せ場で、この作品の前半のクライマックスといえるでしょう。
第3曲 イエスとセラフィムのレチタティーヴォと二重唱(トラック7~8)
イエスが死の恐れを乗り越えて神の意志に沿うことを誓い、セラフィムとともに二重唱を歌う場面です。二重唱の最後には「愛でもって私の心は世界を抱擁する」という歌詞が登場。『ミサ・ソレムニス』の冒頭にベートーヴェンが書き記した「心より出で、再び心に至らん」という言葉をどことなく彷彿とさせます。
第4曲 イエスのレチタティーヴォと兵士たちの合唱(トラック9~10)
さて、ここから物語は大転換します。イエスを捕らえようとする兵士たちが行進曲風のリズムに乗って「われらは見た、彼(イエス)は逃げられない」と歌いながら近づいてきます。
第5曲 イエスのレチタティーヴォ、兵士たち、使徒たちの合唱(トラック11~12)
兵士に気づいたイエスが神に祈りを捧げ、どんどん近づいてくる兵士と、それに動揺する使徒(イエスの弟子)たちの様子が描写されます(トラック12)。緊迫感も最高潮に達し、さながらオペラのワンシーンのようです。
第6曲 ペテロとイエスのレチタティーヴォ、ペテロとイエスとセラフィムの三重唱、兵士たちと使徒たちの合唱、イエスと天使の合唱、天使の合唱(トラック13~17)
弟子のひとりであるペテロが、兵士に向けて勇敢に剣を抜きますが(トラック13)、イエスがそれを押しとどめます。「イエス様どいてこいつら殺せない」と叫ぶペテロに、「復讐はダメ」と説くイエスとセラフィム。しばらくの押し問答ののち、ペテロも「大事なのは愛……愛だ……」と同意(トラック14)。兵士と弟子たちはその後も揉み合い続けますが、イエスは「わたしの苦しみはやがて消え、救済はかなう」と高らかに宣言します(トラック15)。
そして終曲(トラック17)は天使たちが「世界は歌う、感謝と栄光を」と唱和する壮大なコーダ。キターーーーー!となる部分です。これはアガる!!ベートーヴェンにしては比較的あっさりしてるし、短いけど、ちゃんと盛り上がります。

しかしまあ……1時間弱とはいえ、全部聴くとさすがにぐったりです。通勤時間に聴けるといったのは取り消します。すいません。

3  そのドラマの背景にあった人生の苦悩とは……?

大作『ミサ・ソレムニス』もしばしばそう言われますが、宗教曲でありながら地に足がついているというか地に足がめりこんでいるというか、人間くささがあるのがやっぱりベートーヴェンだなあという印象を受けます。

実はこの作品が構想されはじめた1802年は、ベートーヴェンが耳の病に悩まされ、有名な手紙「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いた年。死の恐怖に苦しみつつもそれを克服するキリストの姿は、当時のベートーヴェンの心情の投影なのではないか、ともいわれています。

もちろん、ほんとうに「心情の投影」であるかどうかは本人にしかわかりません。しかし、おそらく当時のベートーヴェンが意図的に「キリストの死への苦悩」というテーマを選んだであろうことは、数々の状況証拠から明らかです。

というのも、この作品のテキストは、聖書をそのまま用いたものではなく、フランツ・クサヴァー・フーバーという台本作家によって書かれたオリジナルだからです。ベートーヴェンは、フーバーに具体的なオーダーを出し、ともに台本を作り上げていったと推測されています。
初演は、1803年4月5日、アン・デア・ウィーン劇場。興行主はエマヌエル・シカネーダー。モーツァルトのオペラ『魔笛』のプロデューサーとして有名な人物ですね。彼はベートーヴェンにオペラを書いてもらうことを望んでおり(実現せず)、その前段として、小規模なオラトリオの上演を持ちかけたようです。

4  「ベートーヴェンがオラトリオを書いている世界線に来てしまった…!」的な謎の感動

繰り返しになっちゃいますが、ベートーヴェンって(好き嫌いかかわりなく)なんとな~く「だいたい知ってる」ような気がしちゃってる作曲家の筆頭だと思うんですよ。モーツァルトって、知らない曲いっぱいあるじゃないですか。単純に、作品数がめちゃくちゃ多いし。でもベートーヴェンは、作品数もそこまで多くない上に有名どころがはっきりしているので、そのあたりだけをひととおり聴いて、網羅した気になっちゃいがちな作曲家です。

なので、そんなベートーヴェンの「未知」の作品を聴くって、とてつもなく奇妙な体験です。しかもこの作品、ちゃんと、ものすごく「ベートーヴェン」してる。ベートーヴェンしてる(動詞)。おおお、なんだこの現実だけど現実ではないような謎のSF感。あえていってしまえば、「ベートーヴェンがオラトリオを書いている世界線に来てしまった…!」感。いや、実際、書いてるんですけど。


とにかくも、「この世界には僕らの知らないベートーヴェンがまだまだある…………」と思っていただけるなら、この企画はとりあえず成功で、NAXOSレーベルとしてもしてやったりです。

あっ、あと、このNAXOS盤のいいところは

5   2019年~2020年の新録にふさわしい良音質!!!

です。えーとクラシックファン歴の長いみなさん、もしかしてNAXOSのこと「安さとまずまずな質がウリのレーベル」だと思ってませんか? そんなアナタは90年代で記憶が止まってます。いまは演奏・音質ともにきわめて高い水準をキープしており、そして昔ほどは安くないです(言っちゃった)。
とりわけ当作は、合唱、ソロ、オーケストラのバランス感がすぐれた、非常に現代的な良録音です。24bit/96kHzオリジナルレコーディングということで、ハイレゾ鑑賞にも申し分なし。ここもひとつ、当シリーズの長所としてご記憶いただければ幸いです。


さ~て、僕らの知らないベートーヴェンvol.2は……バレエ音楽「プロメテウスの創造物」
ベートーヴェンがバレエ音楽を書いていたこと、ご存知でしたか? ていうかそもそも、ベートーヴェンの時代のバレエ音楽とはいったいなんぞや……!?
どうぞお楽しみに。

主要参考文献:
前田昭雄 [ほか] 『ベートーヴェン全集 第8巻「われ信ず!」』(講談社)大崎滋生『ベートーヴェン像再構築』(春秋社)
加藤拓未『《オリーヴ山上のキリスト》の成立時期をめぐって』(国立音楽大学)URL

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