おせっかいおばさん(未完)

おせっかいおばさん

 そう昔のことではありませんが、あるところに、おせっかいおばさんがいました。もちろん、自分でそう名乗っていたわけではありません。周りの人たちから、そう呼ばれていたのです。おせっかいというのは、必要以上に人の身の上を心配したり、困っている人がいると事情を根掘り葉掘り聞こうとするような人のことです。おせっかいおばさんは、たしかにおせっかいでした。たとえばこんな具合です。

 ある日、おばあさんが杖をついて歩いていると、どこからともなくおせっかいおばさんがやってきて、こう言いました。
「おばあさん、杖はよくないわ。腕や肩に負担がかかるし、腰を曲げたまま歩いていては、腰の筋肉は衰えていくばかりよ。おばあさん、まだ十年は生きるつもりでしょ。その十年を楽しく過ごすために、今のうちから体を鍛えるといいと思うわ。そのためには、まず、寝転がって毎日ストレッチをすることから始めることね。ある程度体がやわらかくなってきたら、次は、背中を鍛えること。あたしに聞いてくれたら、いいトレーニング法教えるからね、それじゃあ」
 おばあさんはキョトンとしていましたが、おせっかいおばさんは、一方的にまくしたてると、上機嫌で走り去っていきました。

 また、こんなこともありました。
 ある日、受験生がカフェで勉強していると、どこからともなくおせっかいおばさんがやってきて、こう言いました。
「あらぁ、受験生? あたしね、こう見えても、けっこういい大学の出身なのよ。しかも、それ、英語じゃない。あたし、一番得意だったわ。どれ、見せてごらんなさい」
 おせっかいおばさんは目にも止まらぬ早技で受験生の解いていた問題集を取り上げると、頼んでもいないのに、解説をし始めました。
「構文解析がなってないわね。五文型は完璧にマスターしなきゃ。"He is a man."は、SVCだから、第2文型でしょ。あ、そっか、そもそも補語がわかってないのね。補語って、日本人にはちょっと分かりにくいんだけど、簡単よ。要するに、その名の通り、補う言葉なの。なんか抜けてるなぁ、っていうところを埋めてくれる魔法の言葉なのよ。そもそも、抜けてるっていう感覚、分かる? "He is."だけじゃあ、文として不完全なの。でねでね、それだけだと目的語と区別がつかないんだけど、目的語の場合は、ぜんぶ、対象を表す語になる。補語は、それ以外を担うってわけね。わかった? また分かんないところあったら、おばさんに聞くんだよ。これ、メルアド。それじゃあね〜」
 受験生はおせっかいおばさんがあまりに唐突に登場したのと、あまりに早口なのとで、呆然としていましたが、気がついたらおせっかいおばさんは目の前から消えていました。

 おせっかいおばさんは小さな子供に対してもおせっかいでした。
 小学生たちが広場でサッカーをして遊んでいると、どこからともなくおせっかいおばさんがやってきて、こう言いました。
「きみたち、指導者が必要なんじゃないかな? おばさんが一緒に遊んであげようか」
 おせっかいおばさんは、頼んでもいないのに、勝手にゲームに参加し始めました。おせっかいおばさんは、おばさんとは思えぬ俊敏なディフェンスで、小学生のひとりからボールを奪い、それを取り返そうと近づいてきた別の小学生をさっとかわし、味方の小学生にパスをしました。小学生たちは、最初はおもしろがっておせっかいおばさんと一緒にプレーしていましたが、おせっかいおばさんがあまりにうまいので、だんだん嫌になってきて、ひとり、またひとりと、帰りはじめ、最後に残ったのは、おせっかいおばさんと、誰のだか分からないサッカーボールだけでした。

 こんな調子なので、やがて、おせっかいおばさんの名は町中に知れ渡ることになり、みんな、おせっかいおばさんを避けるようになりました。話しかけられても、広告を配っている人に対してするように手をかざして、おせっかいおばさんを無視しました。また、外でおせっかいおばさんを見かけると、そこには近寄らないようにしました。

 おせっかいおばさんが町中から無視されるようになってから、しばらく経った日のことです。広場でおせっかいおばさんとサッカーをやった小学生のひとりの健太郎が、同じサッカー仲間の友達の林太郎に言いました。
「おい、僕、見ちゃったんだ。おせっかいおばさんが、車に轢かれた猫の脚を魔法で治すところ。あのおばさん、魔法使いだったんだ」
「うそだあ。魔法なんて、あるもんか」
「でも見たんだって。なんか、折れた前脚に手をかざしててさ、そしたら、ぐったりしていた猫が突然元気に歩き始めてさ。血の跡もなくなってた。猫は、ニャーって鳴いて、どっか行っちゃったけど」
「よーし、じゃあさ、俺らで、おせっかいおばさんのうちに行って、魔法を見せてもらおうぜ」
 健太郎と林太郎は、もう地元では有名になっていた、おせっかいおばさんの住む小さなアパートの101号室のベルを、おそるおそる鳴らしました。ドアはすぐに開きました。
「あら、どうしたんだい。この前のサッカー少年じゃないか。あたしのところに遊びに来てくれたのかい?」
 林太郎が健太郎を肘でつつくと、健太郎がもじもじしながら訊ねました。
「おばさん、この前、猫の傷治してたでしょ。あれ、魔法なの? もう一回見せてくれない?」
 おばさんは、ニヤッと笑うと、健太郎と林太郎を手招きしました。

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