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叛逆の龍 〜大魔王ニートとそのパシリ〜

神―原初、完全なる調和があった。
God is the original perfect harmony.
ところが、調和を乱す者が現れた。
But a being destroyed this harmony.
それは悪と呼ばれた。
He was called evil.
悪によって乱れた調和は、やがて誤謬となった。
Thigs, which had been harmonious, became a pile of fallacy.

クリステは調和を復活させる者。
Christe was the being who recovered a harmony.
戒律は調和を乱す座に至ることを戒めたものであった。
The commandments existed for us not to go to the position where our harmony would be lost.
ゆえに、「だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯している。」
Thus, "whoever looks at a woman to lust for her has already committed adultery with her in his heart."
だが、そうして得られた調和は、神のそれではなかった。
The harmony gained this way, however, was not the God's one.

それから二千年の時が下り、調和を飽いた者が現れた。
Two thousand years have passed, and the man who was tired of being that harmonious.
飽くなき向上心をもち、遥か高みを目指す彼が知ったこと。
What was it that he, who had insatiable desire to improve and look up to the highest, realized?
それは、変化には不均衡が必要であることであった。
That was the truth that changes need unbalance.

彼は大魔王ファルシの元へ下った。
He went down to Falsey, the evil King.

これぞ反逆の大道―敢えて誤謬に身を晒すという最も過酷な道であった(?)
This was the Road of Defiance, the most severe way to go, in which one would surely be exposed to fallacy(?)


目次

プロローグ……………

大魔王との出会い


 誰のためでもない。そう、実は、誰のためでもないのだ。
 私がこの道を急ぐのは、誰のためでもない。自分のためですらない。もちろん、何のためでもない。ただ、たまたまこういうことになっているだけだ。運命に導かれた、といってもいいのかもしれないが、あまり好きな表現ではない。ただ単に私がそう決めたのだ、の方がしっくりくる。表現以上の違いがあるのかどうか、よくわからないが。
 リューガは家を飛び出して30秒ほどで目的地に辿りついた。だいたい200メートルくらいだったか。元陸上部だったので息も切らしていない。いや、そもそも走る必要がなかったか。看板が立てかけてあった。
「だいまおうのきょじょう(大魔王の居城)」
 平仮名書き…しかも続く括弧内で漢字表記だと? さすが大魔王。もはや大人向けなのか子供向けなのか分からなくなっている。やつもこういう論理の穴には熟知していると見える。しかもこの居城とやら、傍目にはどうみてもただの家だ。よく見ると、看板の裏に田中という表札が…。
「誤謬に陥らないようにするためには、そもそも調和を目指さないことだ。」
 突然玄関のドアが開いてそこに注意がいってしまったため、突然発せられた体であったこの台詞自体は実はドアの開放の後に続く形となってしまったが、ともかくも、突然であったため、リューガは呆気にとられてうまくおはようございますが言えなかったが、その間に、大魔王と思わしきそのジャージ姿の人物は、リューガの前まで歩いてきた。きたぞ、大魔王だ。恐らく、名は田中!
「お前が来ることはわかっていた。三丁目のリューガだな?」
 近所なのだから名前も住所も知っていて不思議はないのだが、ど天然のリューガは素直に驚いてしまい、ジャージの田中にその場で膝をついて礼をした。
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「悟るところありまして、かねてから噂に聞いておりました貴方に悪について教えを乞おうと思い、また、微力ながら覇道のための一石となればと思い、馳せ参じました。」
「なるほど。ついに儂の力に気づくものが現れたか。」
(…それはよいのだがな、とりあえず、語り手。いちいち田中と書くのは今後やめたまえ。いちいち消すのが煩わしい。)
 ちょっと待て、今おかしなことが…。というか、田中以外の名前がまだ出てきていないではないか。
(今から名乗る。)
「儂の真の名は知っておるか?」
「真の名…田中ではないとすれば…大魔王ということから、クリステ教内部に語り継がれるかの悪名高きかつての大天使の名ファルシでしょうか?」
「むむ…当たらずしも遠からず、というか、そのままだ。やるなお前…。」
 リューガの勘が尋常でないレベルで良かったせいで、名乗ることすらできなかったようである。
(…うるさい。)
「そちらの名も教えてもらおう。もちろん、本名などではなく、真の名の方だぞ。」
「リューガと申します、ファルシ閣下。」
「ファルシは要らない。閣下でよい。ついでに堅苦しい台詞も合わせるのが面倒なのでもうここらでやめにしよう。ただし、閣下だけは気に入ったので必ずつけること。」
「わかりました、閣下。」

 突っ込みは厳選しないとこいつらには対応できそうもない。どちらにせよファルシの気に入らなかった語りはファルシ自身の手によって消されてしまうだろう。後に明かされることになるだろうが、ファルシは確かにそのような能力を持っている。それにしても、さっきの光は一体…

 こうしてリューガはその日からファルシの片腕となった。しかし、ファルシはいわゆるニートであったため、片腕というのは名ばかりで、実情はただのパシリであった。しかしニートとそのパシリというこの上なく低レベルな二人の関係性は彼らには全く意識されていないようであり、あるいは意識外に追いやられているようであり、彼らにとっては、あくまで自分たちは「真の意味で」大魔王とその片腕であった。特に、ファルシについてはどうだか知らないが、ど天然のリューガはそう思い込んでいるようである。
 事前に三丁目のリューガが最近おかしいという情報を仕入れておいたお陰でまんまと心服を勝ち得てしまったファルシは、それをいいことに、母親から命じられたおつかいなどをすべてリューガにやらせていたが、それにも飽きてきたので、ある日、まじめな話をしてやることにした。
「おい、リューガ。お前は悪を学びにきたと言ったな。なぜそのような考えに至ったんだ?」
「それは話すと長くなりますが、要するに、善が飽和してしまっているからです、閣下。」
「ふむふむ…わかるぞ、その気持ちは。若い頃の儂もそうだった。といってもいつのことだか覚えてはいないが。」
 ファルシの人間界での年齢はまだ30代前半であったが、彼の時間感覚は通常のそれとは違っていたために、主観的に何年くらい、と感じたとしても、それが合っているかどうかはいちいち計算で確かめる必要があった。もちろんファルシがそのような面倒な作業をするはずはない。
 さきほどリューガに買わせてきたコーラをグビッと一口音を立てて飲むと、ファルシは続けた。
「善どころではない。悪もまた、飽和しているではないか。」
「どういうことでしょうか、閣下。」
 ファルシは勢いよくゲップをすると、一瞬、雲を見つめるような目になったが、すぐに鋭い目つきに変わって、言った。
「およそこの世で見かける行為など、それが善であれ悪であれ、どれもありきたりでつまらないということだ。そもそも悪とはなんだったのか、考えたことがあるか?」
「悪とは不調和のことです、閣下。」
「よく分かっているではないか。では、悪もまた善と同様に飽和しているということの意味も分かるな?」
「不調和の在り方が慣習とされ、調和の一部となってしまっているということでしょうか、閣下。」
「そうだ。銀行強盗は必ず黒マスクだし、不良はみな腰パンだ。そんな馬鹿な悪があるか。」
「たしかに、銀行強盗がタイガーマスクでもよさそうだし、不良がメガネに上げパンでもよさそうですね。」
「よさそうどころではない。むしろ、そちらの方がより悪い、したがって、すばらしいのだ。ところで、お前、今『閣下』をつけ忘れたな。いや、言い直す必要はない。もうそろそろ飽きてきたところだ。特に、いちいちチェックするのが、な。飽きたら別のことをやる。それがすべてだ。なお、今後はたまにつけると雰囲気が出ていいだろう。」
 いちいちチェックをしていたことをさらりと打ち明けたファルシだったが、リューガの方は特に気にも留めていない様子でシンプルに返答した。
「わかりました。」
「…話を戻すと、要するに、今の悪は行儀が良過ぎるということだ。お前が学びにきたその悪とは、そのような慣習にがんじがらめに縛られた、つまらん悪のことではないのだろう?」
「私はそもそも自分で自分のことがよくわかりません。今回も、自分でもどのような思いからここへやってきたのか正確には分からないのですが、善の飽和に気づいたとき、すでに走って閣下の家の前までやってきていました。これまでの私の外的言動から察するに、真の自由というものを手に入れたいのではないだろうかと思っています。」
「完全に達成された自由はすべてをつつみこむ。わかるかね?」
「真の自由の下では善も悪もない、ということですね。」
「まぁ、よろしい。今日の授業はここまで。そろそろ親が帰ってくる時間なんでな。」
 他人を家の中に勝手に入れられたことが親にばれると来月の小遣いを減らされるという不自由は伏せたまま、ファルシはリューガを家に帰した。神にさえ反逆したかつての大天使、現大魔王ファルシも、養ってもらっている親の権威にはさすがに逆らえないようである。

 ともあれ、ニート大魔王ファルシとド天然男リューガのパシリな関係はこのようにして始まったのであった。


「なぜそれを買ってきた?」


 次の日もリューガは午前十時ピッタリにファルシの居城もとい、家へやってきた。前日夜遅くまでネトゲーをやっていてまだパジャマ姿だったファルシは、急いでジャージに着替えると、リューガを出迎えた。ニートにとってはジャージとパジャマに大きな違いがあるらしい。
(もちろん、大アリだ。)
「おう、よく来たな。今日は竹菱マートでまずカレーの材料を買ってこい。話はそれからだ。」
 いつものようにファルシは母から言付けられたおつかいを、やってきたばかりのリューガに丸投げしたが、リューガは考え事に耽っているようで、メモを渡されると、斜め上を見つめたまま「わかりました」とだけ言って、また出て行った。
 リューガは居城を出ても相変わらず視界の隅を交代で見つめながら、それでいてどこかに体をぶつけるようなこともなく、ファルシの居城から五分ほど歩いたところにあるスーパーマーケットに入り、黙々とジャガイモやにんじんなどを買って、再びファルシの居城へ戻った。

 さて、この間リューガが一体何を考えているのかは語り手であるこの私にも分からない。前章の途中から突然彼の内面に関する情報が途絶えてしまったのだ。正確にいうと、リューガがファルシの前に膝をついて臣下の儀礼をしたときからである。実はファルシもそうなのだが、このような、私に内面情報が知られることのない自我のことを第一級特異点という。私はすべての自我の存在自体は把握しているので、内面情報が流れ込んでくるかどうかそれ自体は判断できる。記憶に誓ってよいが、これまで第一級特異点はファルシだけだった。それが、二人に増えてしまったのである。0と1がはっきり異なるのは明らかだが、1と2もずいぶん違う。孤独な立場である語り手にとって、第一級特異点であると同時に私と交信できるファルシは非常に興味深い存在だったのだが、今のリューガに至っては、すべてを見通しているはずの私が言うのもなんだが、この上なく興味深い赤の他人である。ファルシと私の関係は、通常の人間同士の関係に類比できるようなものだが、リューガは私との交流がない。つまり、ファルシの場合は、思考の一部が私との対話となっているのだが、今のリューガの場合は、まるで何も考えていないかのように、一切の情報が入ってこないのだ。些細な違いのようだが、私からするとずいぶん違う。喩えるなら、寡黙な他者、ということになろうか。物語を語る側であるはずの私がアウェーな気持ちになってしまう、ということだ。これほど不可思議な事態、そうそうあるまい。
 
「戻りました、閣下。」
 玄関に上がり、靴をきちんと揃えてつま先を扉の方に向けて置くと、リューガは二階のファルシの部屋へ上がっていった。ファルシはパソコンデスクの前に座っていた。
「ごくろう。お前のことだから大丈夫だとは思うが、一応間違ってないかどうか確認しておこう。」
 レジ袋をがさごそしていると、奥の方に紫色のへんてこな形の物体が見え、ファルシの顔も青ざめて同じ色になった。
「…おい、これはナスじゃないか。メモ書きにはナスは書いてなかったはずだ。ああ、なんてことだ…母さんはナスが大嫌いなんだぞ…。」
「申し訳ありません、閣下。気づいたら買ってました。」
「…まあいい、後で適当に処理しよう。おつりの額はごまかせないから、儂が立て替えなければならないが。儂はナス好きだしな…。」
 リューガに全く悪気がなかったようなので怒る気にもなれず、しぶしぶ事態を受け入れたファルシは、思い出したようにふとリューガにたずねた。
「リューガよ、お前はびっこになることができるか?」
 リューガはいったん部屋の入り口まで戻り、そこから、片足を引きずるようにして歩いてみせた。
「こういうことでしょうか?」
 ファルシはニヤリと笑った。
「それはわざとびっこを引いているだけだろう。そうではない。努力してもその歩き方しかできないようにあえてなれるのかと聞いている。」
「それに意味があるのでしょうか、閣下。」
「ふふふ、さすがのお前でも分からないことがあるのだな。」
「あ、ひょっとして、能力に対する運のことでしょうか?」
「わはは、やはり、わかってるじゃないか。そう、びっこ歩きができるかどうかは能力の話で、びっこになれるかどうかは運の話なのだ。」
「ひどく当たり前の話にも思えますが…。」
「ある意味では当たり前の話でもある。だが、それは単に日常的な用法と一致しているというだけだ。実際は、びっこになるかどうかは運だ、という言い方になろうが。」
「そうなると思います。あ…。」
「きづいたか。」
「つまり運とは端的な決定のことなのですね。だから『なれる』というような可能の言い方はしない。だがあえて『なれる』という言い方をすることで…。」
「そう。」
「…運を掌握する。」
「それが、意志の段階を上げるということだ。」
 ファルシは椅子から立ち上がると、部屋の中をぐるぐる歩きながら続けた。
「多くの者たちは意志を努力してコントロールすることで運命に逆らおうとする。だが、それはあくまで現在あるような意志の在り方のままで、つまり、運命に翻弄されるような形式を保ったままで、意志を乗り越えようとする無謀な試みなのだ。彼らに足りないのは、変容という概念だ。全く異なるものへの絶対的で進化的な変化。運命に逆らう、つまり、自らの意志を運の位階へと切り込ませた新たなる意志を手に入れるためには、意志を端的な決定機関と見なさねばならない。そして実際に、いわゆる『デキる』人間たちは、他の人間が『できるように望む』ことしかできないようなことを、端的に成し遂げてしまっているではないか。いわゆる『やればできる』というやつだ。なぜ人間たちは、宝くじは当てられないのに、自分の手に首を絞められて殺されることは恐れないのだ? 私から言わせれば、どちらも運命的にあり得ることであると同時に、どちらも意志の力で実現可能なことだぞ?」
 トゥルルルルルル…。
「ん、母さんから電話だ。ちょっと待ってろ、リューガ。」
 リューガはまんまるの目で答えた。
「はい。」
「あ、母さん? どうした? …え、ほんと? わかったよ〜。じゃあ。」
 電話を切ると、ファルシは目を見開いて言った。
「おい、リューガ。今日母さんは夜帰ってこないそうだ。晩飯のカレーは儂らでつくるぞ!」
「ナス、買ってきてよかったみたいですね。」
「全くだ。お前さてはすでに意志が運の位階へと切り込んでいるな? 運命を見越してナスを買わせたそれがお前の変容した意志にちがいない。」
「なるほど…。では今なら宝くじが当たるかもしれませんね。スーパーの横の売り場を見たらちょうど売っていたので、今から二人で買いに行きましょうか?」
 ファルシは一瞬うろたえたようだったが、すぐに真面目な顔になって、少し考えてからこう答えた。
「ふむ…いいかもしれないな。よし、善は急げ、だ。さっそく出かけるか!」
「閣下、我々は悪を標榜していたはずですが。」
「たとえだ、たとえ。融通の効かんやつだな。」

(おい、この後どういう展開になるんだ?)」
 お前、私の立場をよく分かっているだろう。それは読んでからのお楽しみだ。というか、リューガの行動は私にも測りかねるのだよ。
(そういえばリューガは特殊第一級特異点だったな。)

 ファルシは語り手である私と同等の位階に立ってしまったために、かえって行動の自由がなくなっている節があった。なにしろ、大量の情報が私を通して流入してくるのだから。つまり、考慮すべき判断材料が増え過ぎて、決断というものが非常に難しくなっていたのだ。そんな中、私の存在を無視した上で自由に振る舞うことのできる特殊第一級特異点であるリューガが現れた。ファルシはこれぞ好機と思ったに違いない。何しろ、宝くじが当たれば、ニートから卒業できるのだから。

 悪も急ぐ。二人は、ワクワクを抑えきれずに、小躍りしながら宝くじ売り場へと駆けていった。道行く人々に白眼視されていることにファルシは気づいていたが、長年の悪の大魔王としての生活に慣れていたため、へっちゃらであった。リューガはそもそも気づいているのかどうかすらよくわからなかったが、楽しそうな雰囲気だけは醸し出していた。
 売り場へ着いた。時間帯が悪かったのか、数名の列ができていた。すかさずリューガが口を開いた。
「割り込みしますか、隊長、あ、間違えた、閣下。」
「隊長ってなんだ。よせ、今はやめておくのだ、リューガよ。」
「なぜですか。善は急げ、ではなかったのですか。あ、我々は悪でしたね。どうしましょうか、この矛盾は。」
「…リューガよ、お前は程度というものを知らんな。あとで教えてやろう。」
 ファルシはいわゆる中庸という考え方を嫌っていたが、弟子のあまりの無茶ぶりについまともな台詞を吐いてしまったようである。
「しかし、もし今そいつが引いているくじが当たりだったら、どうします?」
「大丈夫だ、全く同じことが、我々がこの順で引いたくじについても当てはまる。つまり、当たりは逃げて行ったりはしないのだ。お前、数学はちゃんと習ったのか?」
「しかし、しかしですよ。もしも、やはりそいつが引いているくじが当たりくじだったら、我々はもう当たりは引けないわけですよね。この事実を見逃してもよろしいのでしょうか?」
「お前、それを言い出したら、全部のくじを買う羽目になってしまうぞ。」
「たしかにそうなりますが…。」
「わかればよろしい。」
 結局、割り込みをすることはなく、順番に並んで、くじを買うことになった。
 なす入りカレーを食べ終えた後、中庸に関する簡単な授業があったが、リューガは不満げな表情のまま帰っていった。

 後日、宝くじの当選発表があった。ファルシは番号を見て驚いた。
「うっひょー。当たっとるやんけ、100万円! お前の言う通りにしてよかったぞ、リューガ。」
「100万円ですか。けっこうな額ですね。」
 リューガの方は、あまり喜んでいるようには見えなかった。それはそうだろう。なにしろ、あのときリューガが割り込んでいれば、一等の3億円が当たったはずだったのだから。
(な、なにぃ! それは本当か!?)
 本当だとも。リューガの運は本物のようだな。お前は邪魔してしまったようだが。ははは。
(むむむ…。今度宝くじを買うときがあったら、儂はリューガの指示に従うぞ!)
 そのときが来ればいいがな。私はどこで当たりが出るかはすべて把握しているが、もちろんそれをここで語るつもりはないし、それに、見てみろ。リューガの不満足気な顔を。もう宝くじは飽きてしまったのではないか?
(ちくしょー…。いいもんねー、100万は当たったわけだし。)
「ていうか、番号一個ずれてますよ。これ、ハズレです、閣下。」
「…。」

「リューガよ、お前はいつ大声で泣き喚くことをやめたのだ?」
「覚えておりませんが、私の父オオカミは、男は泣くなとよく言っておりました、閣下。」


「人間どもの中にあるもので我々に最も近いものはなんだ?」
「言葉です、閣下。」

「リューガよ、何をやっている?」
「この円柱状の白い物体を調べています、閣下。」
「それはタバコだ。タバコが道ばたに捨てられている。ただそれだけのことだ。」
「知っていますが、一応確認しておこうと思いまして。」
「一応、か。お前、いいこと言うな。」

「イソジン、俺はずるい人間になりたいんだよ。」
「(宗教法人で大もうけしておきながら、それを言ってしまうなんて、とんでもなくずるい人間だと思うが、合わせておくか。)そうだね、マンちゃん、君は罪悪感が強いからなぁ。」

 
【メモ】

・ファルシ側の視点から整合性を保つよう描かれているが、一般社会側から見るとめちゃくちゃなやりとり。
・基本的にギャグ小説で、基本的にリューガとファルシのふざけた(くそまじめな)やりとりが中心で、それにマンリーアとイソジンと(かわいそうな)一般人が絡んでくる感じ。終章だけはこいつらが世界を救う。そのときはみんなやたらとかっこいい。
・語りの特徴…ファルシと語り手は同等であり、ファルシは語られたことをほぼ把握しているが、両者の心中は互いに測れない。また、リューガのことも語り手は第一話の途中から内面を覗くことができなくなっている。一方で、マンリーアとイソジンの内面は完全情報として語り手によって把握されている。要するに、ファルシとリューガだけが語り手によって内面を覗かれない第一級特異点であり、ファルシは語り手との対話という直接的交流がある一方で、リューガにはそのような交流すらない。
・第一級特異点…語り手に内面が把握されない自我のこと。
・第二級特異点…語り手が完全にはその行動が予知できない自我のこと。

・リューガ…反逆の龍。第一級特異点で、語り手すらその行動は予想できない。単身で大魔王ファルシのきょじょう(居城)へ乗り込んだ。ど天然の生真面目野郎。実はホームレスだが、夜中の間夢遊病状態でホストをやっており、お金には困っていない。

・オオカミ…リューガの父。第二級特異点。若かった頃に創り出した自分の思想に縛られている。

・ファルシ…大魔王。かつて神に反逆し、天使たちに向上可能性すなわち自由を与えた。息を吸いながら喋ったりするが何を言っているかわからないのでいつもあきらめてふつうに戻す。目を開けながら眠るが、いつも睡眠不足である。後ろ向きに歩くが、よく壁にぶつかる。実際はただのニートだが、語り手と同等の位階にある唯一無二の存在でもある。が、その悪は理念上のことであり、リューガが現れるまでは行動に移されることがなかった。第一級特異点。

・マンリーア…大魔王をさらに裏切った(と自称している)、人の技を盗む天才。地上でクリステ教を利用して大もうけしている宗教法人の長。夢は大魔王。第二級特異点。

・イソジン…マンリーアの副官で、詐欺師・賭博師。自分で全く気づいていないが実は第二級特異点。

・ワリア…ファルシの母親。女手一つでファルシを育てた。


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