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第169回芥川賞候補作 私的感想 『我が手の太陽』

前に、候補作が発表になる前に第169回の芥川賞候補作になる可能性のある作品についてYouTubeライブやったりnote書いたりしました。

今回は候補作が発表されたので、その作品についての私的感想を書こうと思います。

まずは石田夏穂さん『我が手の太陽』

こちらの作品は、今までの石田夏穂さんの作品のようなユーモアはありません。

溶接工の主人公、伊東は自分の技術にプライドを持っている男性だ。
浜松の現場で何かをやらかした(それは後から分かる)ために東京に戻されて他の仕事を言い渡される。

その時に欠陥率というものの数字を見せられ
「調子わるかった?」
と聞かれるのだが
そこから想像するに、そこに書いてある数字はいいものとは言えないもののようだ。

だが伊東は決して「調子が悪かった」ためにその悪い数値を出したわけでは無さそうなのだ。

そんな伊東はビルの解体現場の仕事を依頼される。
この業界を知らない読者の私などは、それが何を意味するのかはすぐにはわからない。

続けて読んでいくと、ビルの解体現場は伊東クラスの溶接工が派遣される場所ではないよう。

昨日まで居たという浜松の現場でのミスなのか、何かなのか(後から分かる)が影響してるのか最近の欠陥率の悪さからなのか、それでも伊東は不満そうだった。

というのも伊東はこの会社の中で三十二人いる溶接工の中のエースで欠陥率も人に見せて周りたいぐらいの良い数値らしく、ちょっと天狗さんでも仕方のないぐらいの出来る溶接工だったよう。

こういった冒頭から想像するに、主人公の伊東は何かをしてしまったし、最近あまり調子よくはなさそうだが、元エースで出来る溶接工。
だがここまでですら分かるように、仕事は出来ても謙虚なタイプでは無い。

それどころか、他の仕事に対して自分より下の仕事として見下している感もあるようだ。

私個人としてはこういうキャラは共感出来ないし、ちょっとした事で周りと衝突してしまいそうな予感がして変なドキドキをしてしまう。

それでもこの小説は引きつけて読ませてくれる。

「私は」伊東には共感出来ないが、伊東の考え、思いを、そして溶接工や解体の現場を何も知らない人にも状況を思い描かせてくれる描写の上手さが、お仕事小説で今まで私たちを楽しませてくれた石田さんだなと、テイストは違えど思い出させてくれる。

今までの石田さんが描いてきたお仕事小説の人物たちは、狡猾さがありながらそれを忘れてしまうぐらいのちょっとユーモラスな密かな作戦があり、それで私たちを夢中にさせてくれた。

今回の『我が手の太陽』では、ユーモアも密かな作戦も無い。

過去にエースだった男の技術の衰えに、伊東本人も読者も「まさか」を思い認めたくないまま、そんなことはないはずだと嫌な汗をかきながら小説の終わりへと行く。

改めて読み返してみて、最初は「いつもの石田さんと違う」という思いが先行して、楽しみきれていかなったけれど、プライドが高い伊東の思いと状態を指の隙間から恐々ながらも追ってしまう面白さがあったなと感じました。

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