神がかりだ
偉大なるマルグリット
監督:グザビエ・ジャノリ
出演:カトリーヌ・フロ アンドレ・マルコン
ひどい音痴にも関わらずオペラを歌い続け、ソロ・リサイタルを開いてCDまで出している実在のオペラ歌手フローレンス・フォスター・ジェンキンス。
“音痴の歌姫”と呼ばれた彼女をモデルにしたこの作品は、芸術へのケタ外れな片思いが滑稽で切なく、また同時に、好きで好きでたまらないことに没頭するって素晴らしい!と勇気づけられもして、見終わった後「ひょっとして、これが芸術の本来のあり方ではないか?」と思ってしまう。そんな不思議な映画だ。
とにかく彼女の歌いっぷりが、一見ならぬ一聴の価値あり。音痴もここでまでくればむしろ芸術的だ。
問題は、その救いようのない音痴に気づいていないのが当人だけ、ということ。
だから彼女は人前でどんどん歌うし、聴衆が思わず失笑してしまっても礼儀で拍手しているだけでも、それを「ウケている」と解釈するので幸せそう。今風でいうと「イタイ女」。そんな彼女を見て、ああ、早くやめさせたい…と苦々しく思っている夫は、しかしその真実を本人に言い出せないでいる。
マルグリットはね。大富豪だけど夫が自分に関心がないので、寂しいんですよ。
そんな彼女の気持ちに寄り添うように「さよなら、過ぎ去った日よ」(椿姫)がバックに流れたり、「ああ、歌えて楽しい!」とウキウキしている時には「フィガロの結婚」序曲が使われたりと、彼女の心情と楽曲がマッチした演出がうまい。
かの有名な「夜の女王のアリア」(魔笛)を全部歌いきるシーンは、ハラハラするやら応援したくなるやらで、綱渡りを見ているようだった。
いいじゃないの。好きならば。
いや実際、彼女の一途な姿に感動して本当にファンになった人も多かったようで、それもわかる気がする。
ちなみに彼女を同じくモデルにしたイギリス映画「マダム・フローレンス!夢見るふたり」(2016/監督:スティーブン・フリアーズ)があり、こちらはメリル・ストリープ主演なのでまた違った味わい。
ともあれ、まずはフローレンス本人の歌声をYouTubeでお聴きあれ。