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読んでみた『北海道新聞が伝える 核のごみ 考えるヒント』

 北海道新聞社から先月、『北海道新聞が伝える 核のごみ 考えるヒント』が出版されました。全63ページ。2012年4月から2021年3月1日までに掲載された記事に加筆、修正し再構成されたものです。
 学校の教材としても使えるのではないかと思いましたよ。

この本のおすすめポイント

 できればまず、一気読みしてもらいたいです。9年分の「核のごみ」に関わる記事を時系列に紹介されているので流れがよく分かるのはもちろんですが、通読することで何度も何度も言及される事柄があることに気付かされます。それが、このテーマ「核のごみ」を考える上で重要なポイントであることが自然に入ってきます。

 本のタイトル通り、「考えるヒント」が散りばめられています。「考える」仕掛けとなる表現が多用されている印象を持ちました。これは、新聞記事の特徴なのかもしれません。考えてほしい事柄について、具体的にイメージさせるような写真や図説はもちろん、だれかに話をする時に使いたくなる数字の出し方がいくつもありました。例えば、

放射能が、人に近づいても安全とされるレベルに下がるまで10万年かかる。自分、子、孫の3世代を100年とすると3千世代だ。

といった表現は、時間の長さをイメージしやすく、核のごみによる影響の長さと深刻さを納得させられます。このような巧みな表現が出てきます。そして、読者に投げかける表現も「考える」仕掛けになっています。

では、原発は止まっていれば安全なのか。

 新聞記事ならでは、という点ではインタビューの多さも挙げられます。顔写真付きでインタビューが掲載されている人は23名。もちろん、写真のない人にも取材をしているので実際はこれ以上になります。インタビューが多いということは、様々な立場や視点が盛り込まれているということでもあり、その意見や思いの違いから気付かされることも多くあります。

 歴代4人の北海道知事のインタビューは、時代背景やそれぞれの方針によって「核のごみ」に関わる政策の変化がよく分かります。同時に、誰が政治を担うのかによって自分たちの暮らしが大きく変化するのだと、政治へ関心を持つことの重要性を改めて考えさせられます。

 北海道内の事柄だけでなく、「核のごみ」に関連する問題に揺れている日本各地(福島、高知、青森など)や、フィンランドで2025年に操業開始見込みの地層処分場「オンカロ」の取材記事も掲載されています。

興味深かった内容

 特に興味深く読んだのは、「私は考える」をテーマに紹介されていた以下の3名の学者のインタビュー記事です。

倫理学の視点
 京都大学名誉教授 加藤尚武さん「私たちは無条件に未来に責任を負う」
生命誌の視点
 JT生命誌研究館名誉館長 中村桂子さん「自然は『予測不能』ということを謙虚に認めて」
社会学の視点
 社会学社 大澤真幸さん「自分たち世代の責任を痛感」

読んでみて、浮かんだこと

読んでみて、考えたこと/感じたことを少しだけ紹介すると

・電力会社って、本当に"株式会社”なんだろうか?
・「核のごみ」を含めた原発が抱える問題は、炭鉱のそれに似ている
・「一度受け入れたら、後戻りできない」という。補助金漬けから抜け出すのは難しそうだし、人と人との関係が新たに生じることも大きそう
・「国策は動きだしたら簡単には止まらない。」それが時代に合っていないと誰もが気付いていても止まるまで反対の声を挙げ続ける必要があるなど、多大な労力が必要という島根の中海干拓事業でも感じたアレのことか

新聞の新たな戦略

 新聞は、「今」を切り取り広く伝えることが主な役割かと思います。とにかく情報を出す速さと正確さが求められます。それは今も変わらないことかと思いますが、速さの面では紙媒体はテレビやインターネットには敵いません。

 新聞は、瞬発力ではなく、取材の内容をどれだけ息の長いものにできるかどうかが、他のマスメディアに比べて重要になっているのかも知れません。丁寧な取材によって「文章による記述」を積み重ね、それを再編集することによって、社会に対してより分かりやすく問題提起をする存在になれるのではないかと。

 決着を見たことをまとめ、書籍化することはこれまでも多くありました。今回、本書を手に取ってみて、ある「テーマ」について変化の途中でまとめ、切り取るのは面白い作業だと思いました。現在進行形の問題を取り上げることで、社会への問題提起になるのだと感じました。

※できれば、地域の経済を循環させるためにも、地元の本屋さんで購入してください。あるいは、北海道新聞社のサイトでどうぞ。

書籍情報

タイトル:『北海道新聞が伝える 核のゴミ 考えるヒント』
著者:関口裕士北海道新聞社
出版日:2021年5月31日
発行所:北海道新聞社
定価:本体1000円+税

ちなみに、著者の関口裕士さんは、2013年に福島原発事故を取り上げる連載企画で「メディア・アンビシャス」活字部門大賞、JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞された北海道新聞社の記者さん。この連載企画をまとめた『原子力 負の遺産 ―核のごみから放射能汚染まで―』(2013, 北海道新聞社)も出版されています。ご参考まで。


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