考えもしなかったを実践されていた

2018年の夏、またしても島に渡ることに。

毎日に仕事に疑問を感じ、親のことに心を割いて、それでも島には行きたいという目標をもって動いていました。

台風の影響で奄美大島一泊することになり、奄美大島のすばらしさの片鱗にも触れました。徳之島より全然おしゃれなお店があって笑

田中一村の美術館は素晴らしかったな。島の風景とアートって成立するんだと刺激ももらいました。

さて、徳之島に渡ってからは、先輩移住者と会ったり、島のハローワークに行ったり、役場に相談したりしました。

一組目の先輩移住者のご家族は、大阪から移住。運よく町営住宅を引き当てたけど、お仕事はこれからという方でした。まだ移住3か月目で落ち着かなかったり、試行錯誤されているお話を聞き、そんなに簡単ではないんだなと、改めて思いました。でも、ご家族の後ろ姿の先に夕日が見えた景色は、家族の在り方として正しいと思いました。

役場では移住相談をしましたが、これも甘くはなかった。移住者を求めているから助成制度とかあるかと思ったいましたが、そもそも人口が多くない地域の行政には、想いはあっても資金がない。移住者を受け入れたいけど、住宅も十分になければ、もちろん支援制度もない。

ハローワークでは求人はあるのですが、大半が医療系と、土木系であるように見えました。営業職やデスクワーカーはあまり見当たらない。そして、給料は2/3~半分くらいになりそうだなと。

移住者は、島に依存する格好で渡るのは違うのかな・・・と考えさせられました。自立しなければならないと。

二組目の東京の移住者のご家族にもお会いしました。この方たちが印象的だったのは何も決めないで移住されたことでした。奥様が島の出身だったということで、奥様のご実家に居候して、お仕事もこれから探されるということでした。心持として、「移住しないで後悔するより、移住して後悔しよう」というお考えでした。うまくいかなくても東京に戻ればなんとかなるから、若いうちに移住しようというスタンスは、不確かかもしれないけど柔軟で、気負いがない、そう感じました。

家も仕事も決めなくても移住できる・・・?考えもしなかった。

徳之島への恩返しとして「何か」します。例えば、地域活性、教育の普及発展、空き家対策改修などなど、何か役に立ちたいです。