短編小説 「お酒の遍歴」
私が初めて、お酒の味を知ったのは、小学生高学年の頃だった。
本格的なお酒ではなく、ウィスキーボンボンのようなチョコの中にお酒が入ったものだった。
「お母さん、これ何?」
と私は母に聞いたのだった。
「私にはまだ早い」
と言われたがどうしても気になった私は、母の目を盗んで、一粒口に放り込んだ。
噛んだ瞬間広がったのは、お酒の風味だった。
母がお酒を飲んだ後によく香っていた匂いだった。
次に特徴的だったのは、その強烈な甘さだった。
甘いものが好きな私でも、歯が溶けるかと思うほどの甘さだった。
何度か噛んで、飲み込んだ時、喉に違和感があった。
これが、お酒かと子供ながらに思った。
次に、覚えているのは、中学生2年生の頃だっただろうか、親戚の集まりでのことだった。
母方の集まりだったのだけれど、母の姉、つまり、私の叔母に当たる人が、酔って、お酒を勧めてきたのだ。
多分、ビールだったと思う。
「ほら、舞ちゃんも、もうすぐで高校生でしょ。練習だと思って。」
と言うふうに勧められた。
私はお酒が魅力的に感じる年頃だったので、ビールの泡の部分だけ飲んでみた。
感想は、苦いしか出てこなかった。
そもそも、体に悪いのに、こんなに苦かったら、大人はなんで、あんなに嬉々として飲んでいるのか当時は分からなかった。
もっと本格的なお酒の経験は、高校生3年生の受験終わりだった。
受験も終わり、解放された私は、小学生の頃の友達と遊ぶことになった。
当時の先生も誘って、食事会をしようと言うことになり、そこでは、先生の奢りだった。
もちろん、そこでは、先生がいるのでお酒は、飲まなかった。
しかし、先生と別れて、二次会をしようとなった時に、ある男子が酒を飲もうと提案してきた。
二次会は、公園でやることになった。
そこで、本当に、男子がお酒をコンビニに買いに行くと言った。
私は買えるわけないでしょと馬鹿馬鹿しく思っていたけれど、コンビニから帰ってきた彼の持つ袋の中にはチューハイが入っていた。
どうやって買ってきたのかは分からなかった。
公園でシートを広げて、みんなで飲み始めた。
どうやら、話を聞くとみんなもう、飲み慣れているそうだ。
彼らとは高校が違ったので、そんなことは知らなかった。
私の分も買ってきてくれて、カシス味のチューハイを勧められた。
私は、一応受け取り、少し飲んだ。
口には、中学の頃飲んだビールと違い、甘みが広がり、飲みやすかった。
けれど、それよりも、小学生の頃と大きく変わってしまった彼らと未成年飲酒に驚いて、動揺したので、それ以上は飲まず、残して、帰った。
ようやく、大学生になり、成人した頃、また、飲み会があった。
サークルには入らなかったので、研究室のみんなとだった。
もう、未成年飲酒ではないけれど、高校生の終わりの経験が大勢で飲むのには抵抗感があった。
わざわざ、アルコールじゃなくても良いんじゃないかと思うのだけれど、みんなは、生とかよくわからないお酒の名前とかをスラスラ言っていて、少し、取り残された気がした。
私は、別にお酒じゃなくても良いんだけれど、カシスオレンジなら知っていたので、それを頼んだ。
みんなは、何度もお酒を頼み、帰る頃にはベロベロになっていた。
私は、カシオレ一杯も飲まなかった。
社会人になった私は、極力、飲み会は避けていたので、なかなか、お酒を飲む機会はなかった。
それに、別に飲みたくもなかった。
けれど、ある本を読んで、カクテルというものに興味を持った。
それと同時にバーにも興味を持った。
私は、居酒屋のようにみんなでワイワイして飲むことは嫌いだった。
なので、バーだったら、1人でしっぽり飲めるかもしれないと思い、近くの静かだけれどおしゃれな佇まいをしたバーに寄ってみた。
満月の夜だった。
服は、少し、オシャレをしてみた。
中に入ると、想像通り、静かだった。
耳に流れてくるのは、ジャズだったり、クラシックだったり落ち着いた音楽だった。
マスターに本で読んで、飲んでみたかったカクテルを頼んだ。
「マンハッタン」と言うものだった。
本には、「カクテルの女王」と言う別名が載っていた。
この「女王」という名前も良かったがあの気品のある赤色とチェリーを見て、惹かれたのだった。
目の前では、マスターがミキシンググラスに材料を入れ、ステアしていた。
それを静かにカクテルグラスに注いで、チェリーを一粒乗せて、目の前に置いてくれた。
一口飲むと、甘さが広がり、後から苦い味が少しした。
少し、小学生の頃に食べた、ウイスキーボンボンの味がした。
飲んでいる途中、チェリーを食べてみた。
砂糖漬けのチェリーで、中までカクテルがしみていた。
カクテル一通り堪能して、少し落ち着いた。
周りを見渡すと、1人客が多く、各々が好きなカクテルを飲んで、自分の世界に浸っていた。
高校や大学の頃のようにみんなで飲むのも良いのかもしれない。
けど、私は、この飲み方が好きだ。
そう思った夜だった。
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