一杯のラーメン
東京と千葉の県境にある人気ラーメン屋○○○は今日も列が並んでいた。そのラーメン屋は、昔、整理券がなかった時代はラーメン屋の前には道路を埋めるほどの行列ができていた。そのせいで近所の店からクレームが出たようで、今は時間指定の整理券に切り替えているのだが、それでも待ちきれぬ客は店の前に列をつくっていた。そんな列の中に整理券を一枚しか買わず二人して一枚の整理券を大事そうに眺めるカップルがいた。彼らは整理券を目を細めて眺めて男の方が女に喋りかけた。
「やっと食べられるんだね。長い間待たせてゴメンね」
女は男の言葉に感激しお礼を言った。
「ありがとう。私のために!私嬉しいよ!やっとラーメン食べられるなんて!」
しばらくするとラーメン屋の店員が出てきて二人の整理券の番号を呼んだ。二人は立ち上がり店に入ろうとしたが、店員は二人が一枚しか整理券を持っていないことに気づき慌てて止めた。
「ちょっとお客さん!整理券一枚しか持ってないですよね!なんか勘違いしてるみたいだけど整理券一枚でラーメン一人分ですよ。あの申し訳ないですが、食べる方以外は表で待っててもらえませんか?それか……あっ、もう整理券は売り切れてるんだっけ?とにかくそういうことなんでよろしくお願いします!」
店員の若干キレ気味の注意に二人はまごついてしまった。やっとこの店の人気ラーメンを二人で食べられると思ったのに、目の前で拒絶されてしまったのである。二人はたまらなかった。店員のいうとおりどちらかが入ってラーメンを食べることも出来ただろう。だがそれでは意味がないのだ。後ろから早くしろよ!とヤジまで飛んでくる。だから男は涙ながらにラーメンを諦め女の手をとってラーメン屋を去ろうとしたとき、女は店員に向かってこう言ったのであった。
「私達、このお店の美味しいラーメン食べるのに三年待ったんですよ!整理券がなかった時代からずっとこのお店のラーメン食べたく苦労してお金を貯めてラーメン食べるために頑張ってきたのに!ラーメンは一人一杯じゃなきゃいけないんですか?二人で、二人で一杯のラーメンを食べちゃダメなんんですか?」
女の真摯な訴えは店員どころか客さえ動かした。この二人で一杯分のラーメン代しか払えない貧乏カップルにみんな同情してしまったのだ。店員はちょっと店長に相談しますと奥に引っ込んでいった。店からはこの店がいつもBGMに使っているレゲエが流れている。
程なくして店員が戻ってきて「大丈夫ですよお二人とも、あなたたちには特別サービスで店長直々のスペシャルラーメン作ります!」と言うと、何故か周りの客が拍手し始めた。客のが拍手に見送られながら二人は店員に席までエスコートされていった。
席に座るとまず男が女にありがとうと言った。女もなんかすごいことになっちゃったね!でもよかったと言う。そうして店員が後ろから失礼しますと二人のために作ったスペシャルラーメンを持ってきた。色も艶も最高で見ているだけでお腹が一杯になりそうだ。男と女は箸を手にとりラーメンをすすり始めた。何というコシだろう。弾力のある麺がたまらない。二人は麺と具を平等にわけ同じペースで食べた。そしてもうほとんど麺がなくなったと思ったときである。二人同時に一本の麺を摘んだのだ。男と女は顔を見合わせて微笑み、それから二人は麺の両端から食べ出した。麺を少しづつ吸い込むごとに二人は見つめ合い顔を接近させる。もう二人にはハシなんて必要なかった。彼らは箸を床に投げると、互いに残りの麺を吸い込みそのままキスしてしまった。そうなったらもう二人は止まらない。「美味しかったぁ!」と叫ぶなり二人は人目を憚らず抱き合って、グチュグチュっとラーメンの染み込んだ舌で互いの愛を確かめ合った。店の中はバカップルのせいで大混乱し、たまらず店長が飛び出して、まだキスしまくってる二人に駆け寄ってこう怒鳴り散らした。
「このバカヤローっ!店をなんだと思ってるんだ!さっさと出て行け!」
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