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シティポップの帝王

『シティポップの帝王登場!スティーリー・ダンの完璧さとボズ・スキャッグスの熱いソウルを持つ男が歌う危険な恋のアヴァンチュール!』
 という宣伝文句が載った帯がついているボロボロのレコードを片手に客の若者はレコード屋の店主に尋ねた。
「このレコードオススメですか?俺最近昔のシティポップにハマっちゃってそれでいろいろ買い集めてるんですよ!」
「知らないね。聴いたこともないよ!」
 店主のあまりにつっけんどんな対応にちょっと苛立った若者は店主にこう言った。
「でも、おじさんの世代的に知らないってことはないでしょ?大体レコード屋やってるんだから自分のとこの商品わからないっておかしいでしょ!」
 しつこく食い下がって来る若者に頭にきた店主は話を打ち切ろうとちょっと声を荒げて言った。
「だから、知らねえものは知らねえよ!うちはただの下町のレコード屋なの!御茶ノ水のレコード屋じゃないんだから!専門的な知識なんてあるわけねえだろ!」

 店主のあまりにも酷い態度に、腹がたった若者は思わず店から出ていこうとしたが、このボロボロのレコードのジャケットに魅せられた若者はこれを買わずに出ていくのはどうしてもためらわれた。帯の扇情的な文句通り、ジャケットには夜の海沿いの通りをバックに、オールバックの白いモーニングを着た謎の東洋人が真っ赤なオープンカーに乗り、隣に金髪女を侍らせているゴージャス極まりない写真が載っている。そしてその上にアルバムタイトルとアーチスト名が斜め右上がりのフォントでデカデカと載っているのだ。『アヴァンチュール・ナイト:山川清 KIYOSHI YAMAKAWA』ヤバすぎる!と若者は思った。絶対に買いだと思った。このジャケットは彼の求めるシティーポップの理想をまるごと具現化していた。KIYOSHI YAMAKAWA、この男はどんな世界を歌ってるんだろう!自分でシティ・ポップの帝王だって名乗ってるぐらいだし、ジャケットから想像するに寺尾聰みたいな俳優崩れなんか問題じゃないぐらい凄いことやってそうだ。スティーリー・ダンだろ?ボズ・スキャッグスだろ?もう完璧じゃないか!彼は店主に試聴させてくれと頼もうとしたが、店主にもうムッツリしていてとても試聴させてくれそうにない。仕方がないのでこれ買いますといい100円払ってレコードを買うと、さっさとレコード屋を出てきたのである。

 レコード屋から出てすぐだった。彼はふと目の前の電柱を見ると張り紙が貼ってあり、そこについさっき買ったばかりのKIYOSHI YAMAKAWAの名前があるではないか!なんという偶然なのか!この出会いに感謝を!と根っからの音楽好きの若者は思わず拝もうとしたぐらいだ。そこにはこうあった。

『シティポップの帝王、あの伝説のアバンチュール・ナイトのKIYOSHI YAMAKAWAがやってくる!当時の音を完璧に再現した2020年アバンチュールナイト無料ライブは本日午後3時駅前でスタート!』若者は思わずジャケットと張り紙を交互に見る。駅前無料ライブというのが若干あの人は今的な悲哀を感じさせなくもないが、しかし当時の音を完璧に再現してくれるのだ。あのゴージャス極まりないジャケットの世界をそのまま再現してくれるのだ。若者は時計を見る畜生!3時まであと5分じゃねえかよ!彼は全速力で駅前まで走っていった。

 来てみるとまだライブはやっておらず、目の前になんか書割みたいなものが置いてあるだけだった。よく見るとその書割は自分の持っている『アヴァンチュール・ナイト』のジャケットだった。通行人はみんな素通りしていて誰も足を止めるものなどいなかった。若者は悲しくなったが、しかし今、KIYOSHI YAMAKAWAを理解できるのは俺だけなんだという優越感が生まれてきた。たとえ1人でも俺はKIYOSHI YAMAKAWAのライブを見てやる!そして彼はかたずを飲んでKIYOSHI YAMAKAWAの登場を待った。

 まずラジカセを持った司会のおばさんが現れて喋りだした。「シティポップの帝王KIYOSHI YAMAKAWAのアヴァンチュール・ナイトライブ2020で~す。もう当時の音を完璧に再現したライブが聞けるのは今日だけですよ~!あらあなた!そのレコードは?」
 突然話を振られた若者は恥ずかくなりレコードを隠す。すると司会のおばさんは「ああ!KIYOSHI YAMAKAWAは今の若者にも大人気!さあ!シティポップの帝王KIYOSHI YAMAKAWAの登場です!」と言うなりラジカセのスイッチを押した。

 ラジカセからC級歌謡曲以下のイントロが流れると同時に、デブの太った爺さんがトラックから勢いよく現れて歌い出した。バックバンドなどなく、ラジカセの音源が当時録音した音らしかった。ひょっとしてただのカラオケ?当時の音を完璧に再現した音ってこれなの?シティポップの帝王の音楽ってこんな酷いものだったの?スティーリー・ダンとボズ・スキャッグスはどこ行ったの??が若者の頭を回る中、デブの爺さんはビブラートを効かせてこう歌っていた。

『ああ~!アヴァンチュールナイトゥお~!熱海の夜は~!』


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