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眠れない夜には誰かの声で癒されたい

 たけしには友達もなく彼女もいなかった。自分の悩みを打ち明けようにも相談相手さえ見つからなかった。そんな彼がマッチングアプリを使って誰かとコミュニケーションを取りたいと思っても不思議はないだろう。

 彼はマッチングアプリの評判の悪さに最初はためらったが、しかし寂しさには勝てず勇気を出してとあるマッチングアプリをダウンロードする事にした。このアプリは音声アプリであるが、たけしは文章でのコミュニケーションが苦手であったので好都合だった。彼のような内気な人間が文章での間接的なコミュニケーションよりも、それに比べれば直接的な通話でのコミュニケーションを望むのは不思議であるかも知れないが、彼はそれだけ望んでいたのだ。自分の悩みを全て受け入れて優しく包んでくれる人を。

 彼は奇跡を信じてアプリを開き自分の情報と悩みを全て掲示板に書きアプリを閉じた。するとすぐにアプリからの通知がきたではないか。たけしは慌ててアプリを開けだが、そこに若い女性からのメッセージがあるではないか。メッセージには『掲示板であなたの心の叫びを読みました。よかったら私があなたの救いになりたい。今すぐ私に電話してきて』と書かれている。

 彼は藁をもすがる思いでアプリの通話ボタンを押してスマホを頬に当てた。そして相手が出ると、たけしは自分の名をなのって相手の女性に悩みを打ち明けた。女性は彼の話にウンウンと頷き、時折すすり泣いた。たけしも自らの孤独を打ち明けているうちに感情が昂ぶってきて最後は女性と一緒にないていた。女性は最後に「眠れない夜にはまた電話をかけてね。私があなたの癒しになるならいつだって話し相手になってあげるから」と言ってくれた。たけしは絶対明日電話するよと言って電話を切った。


 たけしが電話を切ったのを確認して相手も電話を切った。そしてたけしの電話相手はスマホに向かってため息をつき、可哀想な若者もいるものだなとまた涙を流した。彼は男性でしかも老人である。彼は老後の小遣い稼ぎにこのアプリのサクラをやっていて、いつも変声機で女の子のふりをしてたけしのような持てない若者の悩みを聞いてあげている。そして彼はたけしのようなもてない男の話を聞いて時には涙をし、時には叱咤激励している。この仕事は案外悪くない。小銭稼ぎにはうってつけの仕事だし、いろんな人間を知ることが出来る。だけど彼にも時たま仕事の愚痴を言いたくなることがある。そんな時は彼は酒を飲みながらこんな事を言う。

「バーカ、モテないのは全部お前のせいなんだよ。努力ではどうしようもない、生まれた時から決められた宿命なんだよ。だからさっさと諦めろ!」


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