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カニバルラブ

 愛するものを食べるなんてあまりに悍ましくて誰も想像さえしないだろう。そもそもカニバリズムなんて遠い昔に消滅したものだと思っていた。自分と同じ種別の生き物を食べるだなんて考えるだに悍ましい。ましてやそれが自分の愛するものだなんて。だけど僕は見てしまったんだ。草むらの中でかつて愛した者を食べている場面を。『君の膵臓をたべたい』というベストセラーになった小説がある。僕はその小説を読んだことはないのでタイトルから内容を想像するしかないが、多分小説の中の君は膵臓が不治の病で犯されているのだろう。恐らく『君』の恋人であろう主人公はその『君』を救いたくて病に犯された膵臓ごと食べたいと願っているのだろう。それは愛ゆえに出来ることだ。僕が草むらで見たカニバリズムもきっと愛し合うが故の行為だったのだ。あの場面をもう一度思い返すと、きっとあれは愛するもののために我が身を捧げた犠牲的な行為なのだ。俺はお前の生贄になる。だからお前は生きるんだ。生きて未来へと命をつなげるんだ。と永遠の愛を誓ったのだ。

 あれは晩秋の出来事だった。僕は昼間からずっと公園で寝ていた。そして全身が急激に寒くなってきたのを感じて目が覚めた。ふと自分の周りを見るとなんと目の前で激しく交わっているではないか。小柄な男はその体からは想像もできないほど長い性器を自分の二倍ぐらい大きい太った女の腫れ上がって皺が剥き出しになった腹の中にぶち込んでいた。僕はこんなあからさまな愛する者たちの戯れを見たのは初めてだったので、恥ずかしくて目を背けた。だがそんな僕を無視して愛する者たちの交わりは激しさ増してゆく。だがそれは急に止まった。交わりを終えた愛する者たちは舌をチロリと出しながら余韻に浸っていた。だがそれも一瞬であった。なんと女がその鋭い爪を立てて男に襲いかかったのだ。しかし男はその女の凶行に逆らわずまるで殉教者のように女に身を捧げたのだ。僕はあんまりの陰惨な光景に耐えられず泣き叫んだ。ああ!これが彼らの愛なのか。愛するが故に命まで捧げるのか。女は後ろから男の首にかぶりついた。ああ!男の顔は恍惚に満ちていた。もしかしたら彼は彼女に食べられることによって自分は彼女と一つになれると思ったのかもしれない。君悲しまないで。僕らは永遠に一つになれたんだから。さぁ、早く僕らの子供を産んでおくれ。僕はこれ以上見ていられぬとその場を去った。

 その三日後である。僕はあの愛する者がどうなったのかどうしても確認したくなった。どうしても見ておかねばならないような気がした。僕はあの場所につくなりハッとして立ち止まった。僕の目の前であの女が子供を産もうと必死に頑張っているのだ。あの男の子を、自分が食べたあの男の子を。僕はその光景を見てただ泣くことしか出来なかった。

 その時である。僕の後ろから子供たちが子供を産もうとしている女のそばによるといきなり女がぶら下がっていた草を引っこ抜いたのだ。なんてことするんだ!と私が睨みつけた時女を捕まえた子供の一人が満面の笑みで仲間に言った。

「やべえ!卵産んでるカマキリ捕まえちゃったよ!持って帰って明日学校で自慢しようぜ!」


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