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「ミコマイ犯科帳(リポート)~今も私は、昔の男に恋してる」 第1話     [ねずみ小僧次郎吉に関する考察①]


第1~3話のあらすじ
 シャーマン(降霊)の能力を持つ歴女・御子柴舞は、鼠小僧について調べるうちに、同時代を生きた遠山金四郎と水野忠邦が関係していると推論立てていた。「ねずみ小僧」とは、忠邦と金四郎が裏金を運ぶために生み出した架空の盗人ではないかと。舞は田沼意次の末裔・真吾と知り合い、彼の身体を触媒にして意次の孫・意義の霊魂と接触する。舞の推理はあたっていて、彼がねずみ小僧のようだ。意義は従者の渡辺良左衛門の手を借り、農民たちを救うべく忠邦の蔵から一万両の裏金を盗み出す。だが忠邦の命を受けた金四郎が、大捕り物を組織し意義を追い詰める。万事休した意義は、その場で切腹したかと思われたが…。

【主要キャラ】
御子柴舞(20) 中野大学文学部日本史学科三年生。歴女で巫女。
中川淳子(20) 中野大学医学部病理学科三年生。肉食系リケジョ。
田沼真吾(24) 銀行マン。田沼意次の末裔。たぶんDT。
大潮教授(50) 日本史学近世史教授。大塩平八郎の末裔らしい。
武蔵坊弁慶(?) 舞の養父。マツコ・デラックスぽい。

田沼意義(30前後) 田沼意次の孫。舞のタイプのイケ武(イケてる武士)。
遠山金四郎景元(30代) 意義の親友。真面目な官僚。
水野忠邦(30代) 寺社奉行。出世欲の権化。
渡辺良左衛門(20前後) 意義の供回り。
 
 
 


本 編

 ○江戸市中
   
次郎吉の市中引き回し。
   大勢の町人が見物し、野次が飛ぶ。
舞のN「1832年(天保三年)9月13日。“ねずみ小僧”こと中村次郎吉が、江戸市中を引き回された」   
   
縄をかけられ馬に乗せられた次郎吉。
   華美な着物に、白塗り化粧。
   口には紅が塗られ、白粉がまぶされて
   顔の判別がつかない。
野次馬1「なんで化粧(けわい)なんかしてんだ?女みてえに」
野次馬2「お上の辱めだよ。女の腐ったような野郎ってこった」
野次馬3「でも、あれじゃどんな奴だかわかんねえぜ」
   などと、ささやき合っている。
舞のN「この頃から町人たちは、『次郎吉は、盗んだ金銭を困っている者たちに分け与えた義賊』と噂していた」
   無表情に空を見上げる次郎吉。
舞のN「だが史料によれば、『博打に狂って親に勘当され、遊ぶ金欲しさに盗みを重ねた、単なる鼠賊(そぞく)即ち、こそ泥ねずみ』なのだ」

〇表紙
   
「ミコマイ犯科帳(リポート)~今も 
   私は、昔の男に恋してる」 
   
第1話[ねずみ小僧次郎吉に関する考
   察①]
  
○鈴ヶ森刑場
   
磔(はりつけ)刑の執行。
   処刑人たちが黙々と槍を清めている。
次郎吉「…」
榊原「…されば、執行!」
   処刑人たちが槍を構える。
   柵の向こうで何か騒ぎが起きる。
   興奮した野次馬の声。
   顔を上げ、目を見開く次郎吉。
次郎吉「みんな、聞いてくれ!」
   見物人たちがざわつく。
榊原「問答無用。問答無用である!」
   慌てた榊原、処刑人たちに顎で促す。
次郎吉「俺の名は…ねずみ小僧!」
処刑人「問答無用!」
   次郎吉の胸に槍が突き刺さる。
次郎吉「中村じろ…き…」
   喉元に刺さる一撃。

 
○舞の部屋(朝)
   ベッドの中の舞、はっと目を覚ます。
舞「降りた?」
   床に散らばった肖像画などの史料を見 
   る舞。
舞「(独白)…違う。ここに、触媒はない」
   史料を片付ける舞。
舞のN「私は歴女だ。日本史をこよなく愛している。歴史研究は、作られた誤解との闘いだ。一度沁みついたイメージは、簡単には拭い去れない」
   舞、『遠山景元』の肖像画を見る。
舞のN「例えば、名奉行としてたびたびドラマにもなる遠山の金さんこと遠山金四郎景元。彼が町奉行になるのは四七歳。街中で暴れ回る歳ではないし、そもそも町奉行は今の法務大臣にあたり、自らお裁きをすることなど、ほぼないのである」
   『水野忠邦』の肖像画を見る。
舞のN「天保の改革で知られる水野忠邦は倹約令を出したためか、清廉潔白のイメージがあるが、実際は賄賂と裏金を駆使して老中に成り上がった金銭欲の権化だった」
   歌舞伎絵の『次郎吉』。
舞のN「ふたりと同時代に生きた次郎吉が、盗んだお金を困っている人たちの家に投げ込んだ『義賊』というのも、後世の歌舞伎作者が作り出した創作」
   手元に『鼠賊白状記』のコピー。
舞のN「当時の町奉行が取った調書『鼠賊白状記』によると、次郎吉は十年間で百回近く江戸市内の武家屋敷に忍び込み、三千両とも一万両以上とも言われる金品を盗み取った、と証言している」
    窓の外を見やる舞。

○御子柴神社の風景
   巫女たちが、掃除やおみくじの準備な
   どをする朝の風景。
弁慶の声「舞ちゃ~ん。ごはんできてるわよ」
 
○居間
   舞が着替えて下りてくると、ちゃぶ台 
   に朝食が用意されている。
   養父であるトランスジェンダーの武蔵
   坊弁慶が、先に食べている。
弁慶「おかあさんに、ご挨拶」
   舞、仏壇に向かって手を合わせる。 
   母・とよの遺影。
舞「ねえ、弁ちゃん。おかあさんも巫女だったんだよね。やっぱり、降霊能力強かった?」
弁慶「パネエよ。史上最強のシャーマンだったさ。なにせこのあたしも、とよに蘇らされたひとりだからね」
   食事の手を止め、読者に説明する舞。
舞「私は母から受け継いだその降霊能力を使って、歴史上の理想の男性を現代に蘇らせ、その人との愛の結晶をこの世に送り出す…それこそが、選ばれた巫女としての私の宿命なのだ」
弁慶「誰に喋ってんのよ。でも、降霊術には色々制約があるからね。例えば、あんたの降霊術は男にしか効かないのよ」
舞「私が百合に走ったら、役に立たないってことね?」
弁慶「走るな、アホ。さて。あたしは社務所の仕事があるから、先に出るわよ。あんたは、大学まじめに…」
舞「(くしゃみ)クシュン」
   ポンと煙が出て、弁慶の姿が白ダルマ   
   に変わる。
   背中には『武蔵坊弁慶』の張り紙。
舞「あ、ゴメン」
 
○バスの中
   
つり革につかまる舞。
舞のN「そんなわけで、私は大学で日本史の研究をしながら理想の"昔の男"を探している。なぜ、現代の男性ではダメなのか?」
   外の景色を見ると、くたびれたサラリ
   ーマンやムリして今ぶる若者の姿。
舞のN「今の男には夢がない、覇気がない…一所懸命さがない‥ん?」
   隣の男が、舞のお尻を触っている。
舞「ひとつ所に命を懸ける!」
   と、その手首をひねり上げる。
舞「命を懸けて触ってる?」
男「痛い痛い!」
舞「(諭すように)痴漢、あかん」
   車内の喝采を浴びる舞。

〇中野区高徳寺境内・新井白石の墓碑
   
新井白石の墓碑の前を走る舞。
舞「やべ。痴漢突き出してたら、遅刻した」
白石の声「巫女よ、巫女。私の話を、聞いておくれ~」
舞「あ、ごめん。白石クン、また今度ね~」
   軽く手を合わせて走り去る舞。
舞「(独白)あいつの話、長いからなあ。自慢話だし…」
   中野大学が見えてくる。

○中野大学・大潮研究室
   『日本史 大潮研究室』の札が貼られた
   ドアを開け、中へ入る舞。
舞「失礼します」
   室内に学生はいない。
大潮「遅い。論文オリエンテーションは、もう終了したで〜」
   黒板を拭いている大潮教授。
大潮「御子柴くん、やな。論文のテーマ、決まったか?」
舞「あ、はい。『ねずみ小僧次郎吉』で行こうと思ってます」
大潮「次郎吉か。ほな、論点を挙げてみ」
舞「はい。定説には、私なりに疑問に思うことが四つありまず」
   と、チョークを取って板書していく。 
   板書『論点①捕まらない理由』
舞「まず、次郎吉の盗みは十年間で百回近くに及んでいます。何故こんなにも成功したのか?」
   板書『論点②一回目の捕縛』
舞「ふたつ目。二年目に一度捕まりますが、このときすでに32回も大名屋敷を荒らしておきながら、所払いという軽い刑で釈放されたのはなぜか?」
   板書『論点③二回目の捕縛』
舞「みっつめ。二回目の捕縛は、その後七年近く経ってからです。今度の疑問は、なぜそのタイミングで犯行に及び、なぜ捕まったのか?」
   板書『論点④別人説』
舞「よっつめ。捕えられた次郎吉は市中引き回しにされます。でもこのとき、見物人が多いという理由で、華美な衣装に白粉といういでたちでした。もちろん異例です」
大潮「捕えた次郎吉は別人だった。だから奉行側は、素顔を見せたくなかった?」
舞「あるいは、世間が顔を知っているような人物だった…」
   大潮、お茶を啜る。
大潮「五年後に起きる大塩の乱にも似たような話があるな。平八郎は事件のあと爆弾自殺するんやが、遺体の顔が滅茶苦茶で、これは別人やないかと評判になったんや」
舞「先生は、自称『大塩平八郎の生まれ変わり』ですもんね」
大潮「そやねん。平八郎も教師やったしな」
舞「(独白)あ、否定しないんだ」
大潮「面白そうやが、次郎吉はあんまり資料も残っとらんからなあ」
   舞『忠邦→遠山→次郎吉』と三角関係
   図を板書。
舞「次郎吉だけではなく、水野忠邦と遠山の金さんを絡めてみ゙ようかと」
大潮「忠邦と景元は上司と部下やけど、ふたりとも次郎吉とはどうつながるんや?」
舞「仮説を立ててみました。まずこの『鼠賊白状記』の中で、次郎吉が初めて盗みに入ったと証言している文政六年…」
 
○賭場
   字幕『文政六年(1823年)』
   丁半博打に興じる遠山金四郎。
金四郎「よっしゃ。今度こそ半だ!」
   腕まくりをして、有り金全部を張る。
   袖口から桜吹雪の刺青が覗く。
   壺が開けられ、丁の目。
金四郎「ちきしょ~、今日もオケラだ」
   金四郎のうしろから付き人が囁く。
付き人「金さん。水野様から呼び出しです」金四郎「何?お奉行から?」
   金四郎、そそくさと引き揚げる。
 
○忠邦邸
   金四郎が庭に控えている。
金四郎「(独白)相変わらず豪勢だな。通称ワイロ屋敷ってか」
   奥から現れた忠邦が縁側に座る。
金四郎「へへえ。お奉行様には、ご機嫌うるわしゅう」
   ひれ伏す金四郎の前に、白房の十手が
   放り投げられる。
忠邦「金四郎。お主は今日から北町奉行の同心として、市井の揉め事・厄介ごとをつぶさに精査し、大事があればわしに報告せよ」
金四郎「北町奉行?寺社奉行の水野様が、何故そのようなお役目を」
忠邦「わしは、いずれ老中になる。町奉行の仕事も、進んで経験しておこうと思ってな」
金四郎「(独白)要は、あちこち嘴突っ込んで目立っとこう、ってことか」
   悟られぬように顔を伏せ、鼻白む。
忠邦「よきにはからえ」
金四郎「へへえ。承知仕りました!」
 
○牢
   囚われた男が、金四郎に聴取を受けて
   いる(後ろ姿で顔はわからない)。
舞のオフ「その中に、さる藩邸に空き巣に入った次郎吉がいた、と仮定します」
金四郎「(書きながら)では、繰り返すぞ。鳶職人の中村次郎吉。齢二三。左官の仕事でお屋敷の塀を繕いに行った際、屋敷内が御妾さんと女中ばかりであることに気づく。そこで武家屋敷に空き巣に入ることを…」
   金四郎の言葉に頷く男。
大潮のオフ「おや、次郎吉が最初に捕縛されるのは文政八年、二年後とちゃうか?」
舞のオフ「まあ、続きを聞いて下さいって」
 
○水野邸
   忠邦、縁側に火鉢を置いて興味なさげ
   に調書を読んでいる。
   前庭で畏まる金四郎。
忠邦「(顔を上げ)次郎吉、と申すか。ただの鼠であろう?わしは大事あれば報告せよと申したはずじゃが」
金四郎「はは。しかしこの鼠が申すには、なんでも参勤のない大名屋敷は無用心で忍び込むのは至極容易かった、とのこと。確かに各藩が江戸市内に構えている屋敷で大仰な警固体制を取れば、お上から謀反でも企てているのかと睨まれます」
忠邦「なるほど。で?」
金四郎「…仮に、諸藩からお奉行様に付け届けたい物があったとします。ところが届けようとした前の晩に、この鼠がごっそり盗んでしまったので届けられなかった」
忠邦「(聞き入り)…ふむ」
金四郎「しかしお奉行様がある日蔵を覗いて見たら、身に覚えのない品物が積まれてあった…盗まれた物が右から左に移っても与り知らぬが道理。例え、その金が…」
忠邦「金?」
金四郎「その贈物が、お奉行様からご老中の水野忠成様に渡ったとしても、何の疚しいこともございませぬ」
   忠邦、しばし考える。
忠邦「遠山景元。その者をどう裁く?」
金四郎「取るに足らぬ微罪ゆえ、ここは同心の拙者に身柄をお預けくださいませ」
   金四郎、ひれ伏す。
忠邦「お主が、そこまで申すなら」
   と、調書を火鉢にくべる。
 
○夜の江戸市中
   人気のない道を大八車を引く黒装束に
   黒い頬かむりの男と金四郎。
金四郎「今夜からおめえは、お上公認の盗人だ。但し、盗む屋敷も隠す場所も俺が決める」
男「(無言で頷く)」
   岩崎邸の前に着いたところで、金四郎 
   が帳面を改める。
金四郎「唐津藩岩崎邸、ここだな。(次郎吉に)おめえに符牒を授けてやる。『ねずみ小僧』だ。まずはこの屋敷を‥かじってこい」
男「(また黙って頷く)」
 
○岩崎邸
   裏木戸が開き、堂々と黒装束の男が入
   ってきて庭を横切る。
   途中、見張り番と遭遇する。
見張り番「(一礼)お役目、ご苦労様です」
男「…(礼を返す)」
見張り番「奥座敷は、あちらで」
   男、指し示された方へ向かう。
 
○奥座敷
   男が襖を開けると、盗って下さいとば
   かりに千両箱が積まれている。
男「…」
   箱を二つ、両脇に抱えて外へ出る。
 
○岩崎邸前
   大八車に腰かける金四郎。
金四郎「なんとも張り合いのねえ仕事だな」
   向こうから同心が二人、やってくる。
金四郎「(塀の裏へ)チュウ、チュウ」
   塀の裏で、箱を抱えた男が立ち止る。
同心1「(提灯をかざし)その方。夜分に、かような所で何をしておる」
金四郎「よ、ご同業。(懐から十手を取り出し)お互い、冬の夜勤は堪えますな」
   同心ふたり、顔を見合わせる。
同心2「これはご無礼。白房の十手、寺社奉行の方ですな。それは?」
   筵のかかった大八車を指す。
   金四郎が十手で筵をどけると、棺桶。
金四郎「お屋敷の高貴なお方が、急に亡くなられてな。内密に寺へ運ぶところでござる」
同心1「内密?」
金四郎「うむ。お奉行の関係者ゆえ、しばらくは秘匿せねばならん…おっと。貴公らも今夜のことは(口の前に指を立てる)」
   同心ふたり頷き、一礼して去る。
金四郎「よし、いいぞ」
   裏木戸から男が現れ、棺桶に千両箱を
   詰め込む。
舞のオフ「この金は一旦忠邦の屋敷に納められ、一定量貯まったところで老中・水野忠成のもとへ運ばれます」
 
○大潮研究室
   舞と大潮。
舞「こうして、1825年の一度目の正式な逮捕に至るまで、次郎吉は江戸市内の武家屋敷に忍び込むこと32回に及び、忠邦の裏金を運び続けた、という仮説です」
大塩「裏金の運び屋、か。論点①の捕まらない理由は、それで説明できるな」
舞「これで次郎吉と景元・忠邦の三人が、共犯という形で繋がります」
大塩「どう証明するんや?」
   舞『1825』と板書。
舞「1825年に次郎吉は一度捕まります。この年に忠邦は、寺社奉行から大坂城代に栄転しています。これは定説どおり、水野一族の出世頭で当時の老中・忠成への賄賂によるものです」
   三角関係図の上に『忠成』と板書。
大潮「その年の景元は?」
舞「金さんも江戸幕府に出仕してます。しかも次期将軍家慶の世話役。やくざ侍からの大出世です」
大潮「ご褒美いうことか。確かに三人の人生の節目が、1825年に集中しとる…果たしてこれは、ただの偶然か否か」
舞「先生、どうですか?」
大潮「うん。ただ、そうなると今度はなぜ次郎吉がその年に捕まったか、やな。そんなヤバイ秘密を握っとる男やで。うっかり奉行所で喋られでもしたら…」
舞「う~ん、そうか。いっそ、口封じに闇に葬った方がいいのか…」
   舞が考え込むのを見守る大潮。
大潮「まあ。でも、おもろいのは間違いない。歴史研究は大胆な仮説からや。どんどん空想をふくらませていったらええ」
 
○大潮研究室前の廊下
   舞が部屋から出ると、医学部の友人・ 
   中川淳子が待っている。
淳子「(舞の腕を掴み)さ、行こ」
舞「んっと、何が?」
淳子「合コン。今日は貧乏学生じゃなくて、銀行員だから食べ放題だよ。色々と」
舞「アッコ。いつも言ってるでしょ。私を頭数に入れないで」
   舞の耳元に声。
男の声「来て下さい。お話があります」
舞「…」
淳子「ま。あんたの王子様は、坂本竜馬だからね。でも、今から他探すのもなあ…」
舞「(決然と)行く。私を待っている人が、そこにいる!」
淳子「…あんた、ときどき怖いよね」
 
○小洒落た店
   女子大生たちと男子銀行員たち。
   淳子らはそれなりに盛り上がっている
   が、舞は手持ち無沙汰。
   舞の隣には、同じように浮いた感じの
   田沼真吾。
真吾「あのう、日本史の研究なさっているんですよね。申し遅れました。私、こういう者です」
   真吾、几帳面に名刺を渡す。
舞「東西銀行、田沼真吾…さん?」
真吾「田沼と言っても、賄賂は受け取りませんので…ってこれいつも言うんです。はは」
   と、自嘲気味に笑う。
舞「違います。田沼意次は賄賂政治ではなく、経済改革の第一人者です!」
真吾「…」
舞「いいですか。莫大な赤字に苦しんでいた幕府の財政を立て直しただけではなく、鎖国下の日本でロシアと経済交流を図ろうとした、国際経済の草分けなんですよ!賄賂なんてのは、政敵の松平定信が意次を陥れるために作り出したデマです」*諸説あり
真吾「…」
舞「現に意次の死後、彼の屋敷には贅沢品はほとんど残っていませんでした」
真吾「…ありがとう。初めて、弁護していただきました」
   真吾、微笑んでグラスを上げる。
真吾「実はぼく、本当に田沼意次の末裔なんです」 
   舞、まじまじと真吾を見る。
舞「私の家に来て。今夜は‥帰さない」
真吾「!!」
 
○夜の道
   タクシー、御子柴神社の前で停まる。
   中から出てくる舞と真吾。
真吾「ここ?」
 
○御子柴神社・拝殿
   拝殿に正座している真吾、居心地悪そ
   うに辺りを見回す。
   吹き抜けになっている中央の土間に、 
   巫女装束の舞が現れる。
舞「お待たせしてごめんなさい」
真吾「あの。何が始まるのでしょうか?」
舞「…儀式を執り行います」
   どこからともなく、雅楽が流れ、舞の
   巫女舞が始まる。
真吾「(独白)逃げ出したいけど‥」
   本殿の隅には、薙刀を肩に掛けた弁慶   
   の姿。
真吾「(独白)薙刀って銃刀法違反じゃ?」
   優雅で幻想的な踊りに圧倒されていく
   真吾。
真吾「(独白)これは、サバト的なもの?」
   真吾の身体がぶるぶる震え出し、やが
   て白目をむいて失神する。
舞「降りよ!降りて、真実のみを語れ!」
   真吾の口からエクトプラズムが噴出
   し、侍の姿が現れる。
舞「名乗られよ」
   侍の容貌が、くっきり浮かび上がる。
意義「田沼意義(おきよし)と申す」
舞「(独白)わ、イケ武!」*イケてる武士
   と、頬を赤らめる。
舞「(咳払い)…やはり、田沼家の方ですか。意次公との関係は?」
意義「意次翁の第四子・意正が、それがしの父に当たります」
舞「(独白)田沼意正の最終履歴は側用人。その息子、か。なるほど、名家の子息らしく品もあるわね」
   意義の端正な顔立ちと所作を観察する
   舞。   
舞「私を呼んでましたね。何故?」
意義「巫女殿がお知りになりたいことを、それがしが知っております」
舞「‥そなたが、ねずみ小僧の正体を知っている、と言うのですね?」
意義「はい。ねずみ小僧とは‥それがしのことです」
舞「!」
   話し始める意義。
舞のN「それから私たちは、それぞれの情報を共有した。私の立てた『ねずみ小僧=裏金運搬人』という仮説について、田沼意義は…」
意義「お見事です。的を射ております」
舞「では、こうね」
   仮説に出てきた黒装束の男の顔が、意
   義に変わる。
意義「ただ、ひとりではありません。私の供回りの者・渡辺良左衛門という若者も手伝ってくれてました」
   黒装束がふたりになり、若い侍・良左
   の顔が付け足される。
舞「指示役は、遠山景元で間違いない?どんな関係なの?」
   仮説に出てきた、桜吹雪の刺青で博打
   を打つ金四郎の姿。
意義「金四郎は、昌平坂学問所からの悪友です。互いに『金さん』『吉次郎』と通り名で呼び合ってましたね」
舞「吉次郎があなたの幼名?だから、ねずみ小僧は次郎吉なんだ」
意義「ただあやつの名誉のために申しておきますが、金四郎は生真面目な男で刺青は入れておりませんし、博打も酒もやりません」
   仮説の金四郎から、桜吹雪が消える。
舞「発案者も、金さんね?」
意義「はい。聴取をした本物の盗賊からヒントを得た、とも言ってましたね」
舞のN「交霊(テレパス)は、AI翻訳機のようなものだ。なるべく双方が理解しやすい言葉に変換してくれる。そうでなければ、江戸時代の人間との会話なんて不可能だ」
   意義と良左、金四郎に水野忠邦の姿が
   加わる。
舞「で、その金さんが主導して、水野忠邦の贈収賄が始まった。なぜ、あなたはこんな悪事に加担したの?」
意義「悪事?ああ。そうですか。この時代には、贈収賄は悪事なんですね?」
   眉を顰める舞。
舞「(独白)しまった。あの時代は、贈収賄お構いなしだった。善悪は時代によって変化する。こちら側の正義を振りかざしては、意思疎通はできない」
意義「(微笑)それはよかった。良い時代のようだ」
舞「(独白)へえ。価値観も進歩的な江戸人なんだ。それに、やっぱいいなあ。イケ武の笑顔は」
意義「我が田沼家は、意次翁の失脚以来不遇をかこっておりました。ですが老中が水野忠成殿に代わると、献金第一主義となったのです。直属の上司である忠邦殿を通じて贈賄すれば田沼家の復権が叶う、と金四郎が持ちかけてきました。文政八年、父上は三十年振りに幕閣の一員に抜擢され、所領も左遷されていた下村藩から田沼家本来の相良藩に戻りました。これは金四郎と私たちが、裏金をかき集めたからに他なりません」
舞「文政八年か。1825年に人生が変わった人物が、また一人増えたわね。それで、あなたの父上・田沼意正は?喜んだかしら?」
   意義、しばし黙り込む。
意義「…ある夜」
 
○田沼邸
   意義が帰ってくると、床の間に明かり
   がついている。
   意義、こっそり障子を開ける。
   白装束の意正が切腹しようとしてい
   る。
意義「父上!」
   と部屋に飛び込み、意正から短刀を奪
   い取る。
意義「何事です?」
   意正の悲しげな目。
意正「意義。わしを何も知らぬ、木偶の棒とでも思ったか」
意義「…」
意正「松平定信に濡れ衣を着せられた父・意次公がどんな思いでいらしたか、その父親の背中をわしがどんな思いで見ていたか?お主にはわかるまい」
意義「…」
意正「そればかりではない。これではわしは、わが身かわいさに下村藩を見捨てたことになる。そのうしろ暗さも無念さも、お主にはわかるまい!」
   意正が短刀を奪い返そうとするが、必
   死に抵抗する意義。
意義「私が浅はかでした。お許しを」
意正「わしは、側用人を辞退する」
   意義、ひれ伏す。
意義「それだけは、それだけはお考え直しください!今度は、相良藩の者を路頭に迷わせることになります」
意正「…」
意義「父上、私に罰をお与えください。それで何卒!」
   意正、諦めたように言う。
意正「罰か。では、言おう。賄賂などという毒に侵された者は、たった今から田沼家の者ではない」
意義「…」
 
○御子柴神社・拝殿
   舞と意義。
舞「勘当されたのね。私の記憶にも、恐らく田沼家の家譜にも、意義という名前はない」
意義「私は家名を、いや父の心を傷つけてしまったのだと、そのとき思い知りました」
舞「…で、あなたは?」
意義「自首しました」
 
○南町奉行所・廊下
   縄をかけられた意義が捕り方に連行さ
   れ、お白州に向かう。
   公事場に上ろうとする金四郎が、それ
   に気づく。
金四郎「(同心たちに)失敬」
   と白洲に降りて行き、捕り方の持
   つ縄を手に取る。
金四郎「ああ、これは‥縄が緩すぎますな。拙者が裏で直し申す。お白洲で粗相があっては一大事。さあ、来い」
   と、意義を裏庭に引っ張っていく。
   おざなりに縄を直しながら
金四郎「おい、吉次郎。何の真似だ」
   と、意義を睨む。
意義「罪を償うのさ」
金四郎「バカなことを」
意義「大丈夫だ。お主らのことには一切触れん。打ち合わせ通り、勘当された鳶職人が自棄になって盗みを働いた、という態だ」
金四郎「例え初犯でも、刺青を入れて江戸を所払いだぞ」
意義「望むところさ。江戸にいては、父上に迷惑がかかる」
金四郎「刺青は?お主のような名家の侍に、青線は似合わぬぞ」
意義「入れてくれ。俺も思うところがある」
金四郎「お主…」
意義「さっさと白洲に放り出せ。奉行所の連中に勘ぐられる」
金四郎「勝手に致せ!」
   と、縄を放り投げる。
   
(つづく)


第2話 https://editor.note.com/notes/n7f0a6577d9ca/edit/ 

第3話 https://editor.note.com/notes/n16132f1270b4/edit/


#創作大賞2024   #漫画原作部門

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