年収2000万のマチアプ男より、どうでも良い青色の夜を愛する
夏が終わりはじめると、思い出す夜がある。
マッチングアプリで知り合った男と、数回のデートの後、飲みに行った。
居酒屋を出て、近くのカラオケボックスに向かって2人で歩く夏の夜。
その男は年収2000万近くを稼ぐ医者で、その設定を100%ウソだと思い込んだ私は彼の「いいね!」を受けとり、「ありがとう」を返した。
一体どんな「ぼくのかんがえたさいきょうのおいしゃさん」設定が飛び出してくるのか、ワクワクしながら顔合わせのカフェに向かったものだ。
面白半分ならぬ、面白全部である。
こういう危ない橋を、思えば私はよく渡っていた。若かったと思う。
顔合わせで彼の本名を聞き、医師免許検索サイトでその名前を見つけたときはたまげた。
そこから数回の食事や遠出を重ね、今夜である。諸々互いに気になる点はあったが、そこに目を瞑れるだけの魅力もまた、互いにあったと思う。
夜のデートだし、相手は少々年上だし、もう数回会ってるし、今日で決まるんじゃないのかな、と渾身のノースリーブで出掛けた私、今思い出しても可愛い。
そのカラオケで彼が最初に入れた曲は、菅田将暉の「虹」であった。
上記一文でこの先が読めた人は私と音楽の趣味が合うので飲みに行こう。
そう、結論から言うと私と彼はその後、2度と会うことはなかった。
決して菅田将暉を否定している訳ではない。彼の声のストレートな響きを好む人たちがいることは想像に難しくないし、何より彼は俳優として日本の映画界に不可欠の存在として知られている。平たく言えば彼の存在そのものが価値である。
マチアプの彼が「少々年の離れたライブフェス好き女との初回カラオケでの良さそげな曲」として菅田将暉を選ぶのは、思いやりの心すら感じる。
しかしだ。
以下歌詞↓
「泣いていいんだよ そんな一言に 僕は救われたんだよ ほんとにありがとう」
冷静に今までの人生を思い返して、泣きの許可が救いになったことがあるだろうか。泣きの原因はそのままなのでは。
「情けないけれど だらしないけれど 君を想うことだけで 明日が輝く」
この場合のだらしない、とはなんだろう。私の中の「だらしなさ」と、「君を想うことで明日が輝く事象」とは、=でも≠でもない。「色が青いけど、三角形になったね」くらい、繋がらないのだ。「情けない」はギリわかる。
「ありのままの二人でいいよ 陽だまりみつけて遊ぼうよ ベランダで水をやる君の足元に小さな虹」
書いていて解ったのだが、この詩には具体性がない。前後の繋がりがわからない。
ありのままの二人でいいよの後に、理由や具体例がない。そりゃ優しくて可愛い君とイケメンで人気者の僕なら、ありのままでいいだろうよ。でもこちとら、貧乳のアラサーと加齢臭のアラフォーなんだわ。ありのままで良いわけねえだろ。
陽だまりみつけて何して遊ぶのだ。てかお前、数小節前まで泣いてなかったか?泣きの原因はもう良いのか??
ベランダで水をやるって、それは家事では???遊ぶ話どこいった????
この歌は、私の人生のどこにも繋がらない。突っ込みどころしかない。そんな歌を、菅田将暉の抑揚のない声で歌われると、どうしても讃美歌のように聞こえてしまう。
「一生そばにいるから 一生そばにいて
一生離れないように 一生懸命に
きつく結んだ目がほどけないように
かたく繋いだ手を離さないから」
優しく美しい歌詞。私とは遠く離れた場所で輝く綺麗な言葉。どこにも引っ掛からず私の身体の表面を撫でて、過ぎ去っていく歌。
でももしかしたら、隣で歌っているこの男の人生にはどこかに引っ掛かっているのかもしれない。
私が具体性を見出せない歌詞に結び付くような、美しい経験を持っているのかもしれない。
狭いカラオケの個室が、急に広くなった。
「ママの優しさと パパの泣き虫は
まるで僕らのようでさ 未来が愛おしい」
彼、今日は家族のグチが多かったな。主に母親に実家から出ないでと泣かれた話。どうしてそんな話を私にしたのかな。
「大きな夢じゃなくていいよ 自分らしくいれたらいいよ」
僕はマイペースだから、を理由に、LINE3日間くらい未読スルーするよな。嫌だって言った後も、1日未読されたな。
「ひとりぼっち迷ったときは あの頃を思い出して」
前回のドライブ、謎に高校時代のデートコース回らされたな。つまんなかったな、「ぼくのさいきょうのえもいおもいで」。
次に彼が入れのは、優里の「ビリミリオン」であった。
「頑張ろう 頑張ろう 頑張れ」
と歌う彼との距離がますます開いていく。
そう、私は菅田将暉の音楽が気に入らないんじゃない。虹を、ビリミリオンを、あの美しく真っ直ぐに影がない、私の歪んだ解釈の入る余地のないまるで正しい歌を、歌えるようになるまで聞ける人生を羨ましく思っているだけだ。
ゆずが、コブクロが、いきものがかりが、嫌だった。否、彼らが人気の世界が怖かった。
優里に頑張ろうって言われて頑張れる人がいると、頑張れない私が不利になる。頑張れる彼が正しい。頑張れない私は、どう考えても正しくない。
しかし、恐れている場合でもない。今はカラオケ、しかもタイマンだ。私も歌わないわけにいかない。しかも、私の好きな曲は低かったり難しかったりで私には歌えない。デンモクを持つ時、私はいつも試されている気がする。
今夜くらい、私も年甲斐とか気にせずに、有名なアイドルソングとか歌えば良かった。しかしあいにく、私がフルで歌えるアイドルソングは「潮騒のメモリー」「羞恥心」だけだ。絶対しらける。
悩んだ結果、私は「君はロックをきかない」「君に晴れ」「栞」「なんでもないよ」「若者のすべて」を選んだ。
私のなかであいみょんとヨルシカは可愛いし、クリープハイプとマカロニえんぴつは有名だし、フジファブリックはこの県に住まうアラサーアラフォーは全員履修済みだと思っていた。
でも彼はどれもピンと来てなかった。
そうかもな、だって私、いつから彼に自分の話をしなくなっただろう。いつから彼に、自分のことを解って貰えなくて良いと、むしろ解られてたまるかと、思っていただろう。
私の好きな音楽を、彼のセンスで安置に「僕も好き」と言われたくなかった。
気まずい雰囲気のままカラオケは一時間ほどで解散し、適当に別れの言葉を述べあってさよならした。
そうは言っても、志村正彦さん知らない山梨県民とかいる???モグリ?????
そこだけ納得いかなかった私は、アプリ上の彼のプロフィールをもう一度見直した。
マッチ時は「山梨県」だった居住地が、「東京」になっていて、写真が明らかに今より10年若いものに変わっていた。いいね数は増えていた。
彼もやはり「ありのまま(の二人)でいいよ」「自分らしくいれたらいいよ」とは本心では思っていなかったらしい。
山梨の片隅の歩道橋の上で、私は静かに彼をブロックした。ついでに、未読スルーの常習犯で会話のテンポが合わなさすぎるLINEも、ブロックした。
50年を100億円で買ってもらうより、若く自由な人生を、
年収2000万より、同じテンポで歩きながら見上げる夜を、手に入れたい。
真夏のピークが去った夜空は、濃い青色をしていた。満月でも流星群でもなんでもない普通の、どうでも良い夜だった。
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