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残存する怒りはドブの様に色濃く

もううん年前の話。

新卒で入った会社は小売りだった。
西のおしゃれな仏壇屋で、今でもある程度幅を利かせている。
最初こそ頑張ろうと息巻いていたが、
紆余曲折あって半年で辞めた。

最後の異動先で上手くいかなくなった。
接客が下手すぎて、言葉が出なくなった。

201X年の新卒は、早々に今まで無縁と思っていたメンタルクリニックに逃げ込んだ。
何らかの薬をもらい、飲んで仕事に行った。

おはようございます、と挨拶しても自分より若い先輩以外は返してくれない。
早く出勤して準備をし始めても素知らぬ顔。

店長から「痩せなよ」と嫌味を言われた。
まず挨拶返せよと思った。

辞める理由になったババアは、
最後まで挨拶を無視していた。
接客の練習の時だけ「あなた今まで何してきたの?」と言われて逆ギレした事があった。

はっきり言って、接客の能力はないので無駄な反抗だった。伸ばそうと努力しなかった自分の責任である。

挙句パートのジジイにミスをおっ被せられた俺は偉い剣幕で怒鳴り散らしてきた。

パートのジジイと俺はババアの旦那が契約した仏壇を東京へ運んでいた。
ジジイの積み方が心配で、「もう一度確認しますけど、これで大丈夫ですか?」と聞いたが「あー大丈夫大丈夫。」と適当に返され、そのまま車で運送した。

仏壇にはデカ目の傷が付いたのに、パートのジジイはダンマリ。俺だけが詰められた。

ババアの旦那が売った品物だから、
ババアは俺に怒りの矛先を向けた。

コイツは仕事もできない、挙句愛する旦那に泥を塗った。

そんな怒りを感じた俺は、昼休みに謝りに行こうと思った。

日曜日の昼下がり、午後の店舗業務を投げ出して山手線に乗った。
最寄りは大手町、銀座。

大手町に着いても、電車から降りられない。
降りれなくなった。

2周目で何とか降りた。
降りたが、店の近くで項垂れる。

晩夏の空の下、背広で銀座の歩行者天国を眺めて座る。人々の笑顔が、まるで張り付いたお面の様に見える。笑われている様にも思えた。

いよいよもうダメなことを悟った。
今更戻っても怒られるし、謝りにも行けない。

結局山手線を何周も何周もして、
どこかの駅からバスで自宅まで帰った。

携帯には着信は無かった。
このまま遠くに行こうと思った。

紆余曲折あり、その後すぐに有休消化して仕事を辞めた。

そんな時の事が、今でも頭に思い浮かぶのだ。
だから、神や仏の類に縋ることはやめたし、
基本的に仕事で関わる人は100%信用してない。今でも神や仏は居ないと思っている。

でも接客に関しては本当に死ぬほど向いてなくて、辞めてしまって正解だったと思う。
そればっかりはあのババアは慧眼だった。

今でも頭の小脳あたりから赤黒い何かが蠢く時がある。

『今でもアイツらが働いてるなら、あの店をぶっ潰しちまえよ。何なら○しちまえよ。Googleの口コミに全部書いてしまえよ。』

そんな事をして、今の人生を終わらせたくはない。その一心で膿の様な悍ましい発想を頭の中に留めさせている。憎い奴は、頭の中で何度も何度も、幾度となくぐちゃぐちゃにしている。
それで良いと思う。行動に移して、本当にぐちゃぐちゃにしたら化け物になってしまうから。頭で処理出来ているだけ俺はお利口である。

ドラえもんで頭の中で考えている物を映像化する道具があったら、きっと俺の頭は誰にも見せられないだろう。
そんな思考を数年繰り返して、ようやく30手前にして落ち着いた。

清廉潔白な人間なんて、絶対に居ないと思う。
許せる人は、それだけで素晴らしいと思う。
俺は今でもあの時の出来事が許せない。
20xx年という時を切り取って破棄できるなら喜んで無かったことにしたいし、今でも店長とババアはぐちゃぐちゃにして首だけ乗せて船盛りにしたい。

勿論そんなことはしないけど、せめて「何で挨拶を無視したんですか?」とだけ聞きたい。

どうせ先にくたばるんだから、
「昔使えない若者が居てね………」などとくだらん昔話にはさせたくない。
あの時何で無視しようと思ったのか真意を聞きたい。

そうしたら初めて許せるかもしれない。
御挨拶は30になるまでにしたい事の一つだ。

俺はいつまでもイナゴの大群のようなフレッシュ笑顔の新卒に至近距離で殺虫剤を撒きたいと思う一方で、俺の様なマイルドに頭をやられているのにそれでも悪意を押し殺して日々を生き続ける人の味方になりたいと願っている。

そして「みんな」で成し遂げたいんだ。
俺たちを苦しめてきた連中を大きな大きなすり鉢に入れてプレス機でまとめて破砕する。

その血肉が混ざった肥料でバオバブの木でも育てたら、きっとみんなハッピーになれる。何者にもなれない人間なんていないという事を、身をもって知らせてやろうではないか。

○ヨ○さん、俺は別の業種であの頃より多少成長しました。
振り返れば、あなたの言っていたことは正しかった。
でも少しだけ、あの時自分の言い分も聞いて欲しかった。
やる気がなかったように見えたと思う。
確かに2度3度も同じミスをする人間は俺も嫌いです。
でも、挨拶し返さないのは違いますよね。
教えてください、教えてください。
どうして挨拶してくれなかったんですか?
思い出しただけで憎くなってきた。

どうしてやろうか考えるだけで、
明日を生きる原動力のひとつになる。

怒りを力に変えろ。

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