マガジン一覧

Re : 散文夢

夜と朝のはざまにある「あっち側の私」の体験を「こっち側の私」が記述する、ごく個人的なマジックリアリズムの記録です。

未必の、そして無実の恋

今より200年ほど前、その人はある地方の豪農の息子だった。そして私は小作人の子だった、らしい。 村の主な作物はコンデンサで、その年コンデンサは豊作だった。 とはいえコンデンサは過食部が少なく、丁寧に処理しないと食べた者の体内に毒性の金属が残り、やがて中毒を起こすと言う作物だ。だから収穫のあとの作業がたいへんで、それは主に女子供の仕事であったから、私も懸命に働いた。 あるとき豪農の息子が中毒になったと聞いた。 豊作ではあったけれどコンデンサの出来柄は悪く、通常太鼓型であると

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大河の支流のその隅で

ゆっくりと船はいく。 その船には航路も時刻表もなく、川に住む者なら求めれば誰でも乗せる。 小さな村もくまなく回る。 だが定期汽船の停泊する町ならいざ知らず、多くの村には艀のような気の利いたものはない。だから乗客はたっぷり百フィートほどを泳いで船へと渡らなくてはならない。 そもそもこの図体だけはでかい船に繊細な接岸の操船などできないし、やろうとしたら川縁の小さな家々を壊してしまうだろう。航海長は誇り高い戦士の血を引く男だが、できないものはできないのだ。 それに求められてい

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調顔師、という仕事

青い顔をした女だ。少し頬に影があり、はかなげな美しさがある。 もう一方は赤みさす顔をした女だ。ふくよかで幸せそうではあるが、でも何かが足りないと私は思った。 「どっちがいい?」 ふたつの顔を見下ろしていた彼女が問う。青い顔と赤い顔、どちらが良いか意見を求められているのだと理解するのに数秒かかった。 調顔師、という仕事がある。 去ってしまった人の顔の、思い出の中での再現を調整する仕事だ。現実世界ではおそらく納棺師が近いのだけど、思い出は美しいだけでなく同時に、たとえば憎しみに

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木造宇宙を降りていく

かがんでやっと通れる木造階段を、潜るように下りていたところだった。 その小人のおじさんは、階段の屈曲点にある壁の隙間から現れた。 身長50センチメートル(くらい)、2頭身、背中に○金マークの赤いチャンチャンコを着た四角い禿頭のおじさん。最初は頭が現れ、小さな肩口をグリグリやりながら、明らかに体より小さな隙間から「ぽん」という感じでこちら側、わたしの目の前に現れた。 小人のおじさんはあたりをキョロキョロ見回し、階段の先、小さな踊場にある台座にちょこんと収まりそしてそのまま動かな

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日記と短歌

その日その日に起こったことや感じたことを短歌一首とともに記します。

まだ浅い春の、ここにしかない色を見に海へ行く[日記と短歌]25,2,4

青という365色よりひとつポッケに入れて波際/夏野ネコ 立春の直前に海へ行きました。 海じたいに特に用事はないんだけど、でも用事がないけど見たくなる存在として、海は私のなかではでかいです。去年の秋も意味もなく海へ行ったし、そういえば1月も行ったな。 そう、いつ行っても「今このときにしかない色」があるから好きなのだよね、海。 最近好きなのは「海に接近している感覚」です。少しずつ周囲が開けていき、あるときどーんと見える、その予感がとても好きなのだと気づきました。 そのものよ

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「twitter」ではなく「X」でよい、とやっと思えた[日記と短歌]25,1,26

飛ぶ鳥を落として空は空であることを忘れた痛みすらなく/夏野ネコ   私はtwitterがtwitterだった頃にtwitterをはじめたので、twitterが持っていたtwitter的なカルチャーを愛していました。だからtwitterがある日「X」になってしまってからも、意固地にtwitterと呼びならわしていたのですが、ようやく現実を受け入れることができました。という話です。 ところで最近、藤井太洋さんの『まるで渡り鳥のように』という短編集を読みました。テクノロジーが

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今年の歌も定型、定型ったら定型です![日記と短歌]25,1,16

辞書にない言葉をつむぎだすように愛してるって言ってしまった/夏野ネコ   すっかり年も改まったところで今さらな年頭の所感ですが、今年、短歌に取り組む上で意識したいことは定型です。 ん?去年も言っていた気がするな。でも引き続き定型意識です。 短歌は57577の詩形自体に既に力が備わっており、詩形の力を借りているからこそ、自分が強く滲んでいなければならないなと思います。評価とかとはひとまず別の話としてそう思います、確信的に。 力ある定型というフォーマットに感情をねじ込んで

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冬の夜明けは命の奥の方へと繋がっている[日記と短歌]24,12,25

夜明けへと放った白い息ひとつまた遠くなる春を追っては/夏野ネコ   相変わらず平日毎朝5時には起床しているので、この時間、年末の今ごろは朝なのに夜です。 いまだ真っ暗な夜のなか朝の身支度を整えつつ、目覚めスイッチを入れるためベランダに出たりすると、本当にうっすらですが東の空が白くなりはじめています。 そんな、夜と朝とが交差する時間、寒さの中で体温を確かめるように薄明のはじまった東の空を見ていると、あぁ生きてまた今日を迎えたんだな、と思います。 夜、そして寒さは、生き

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月々のうた

毎月つくった自選短歌をピックアップしてまとめています。

月々のうた:2025年1月

私たち付き合うべきか真っ白いパワポを開くこんな夜にも そっくりねお母さんにをあと何度聞けば平和になるのでしょうか でも偽のサメを抱いてるIKEAにはあなたのぬいぐるみもあるといい 腐敗せぬスーラの河にひとつぶの色彩として吾を閉じ込めよ 息たちも歌うようだねハミングが白く交わる冬空の下 2025年が始まりました! ええと、今年の4月で夏野の短歌は満で3年を迎えるんですよ!なんだこの時間の早さは、というかこの3年で全く何も成し遂げていない自分におののきますね、本当に!

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月々のうた:2024年12月

凍てついた月を枕に君の星へ橋をかけたき深夜のうさぎ 草原と空とをつなぐジッパーのように走れば絵のなかにいる 雪の夜わたしの部屋へ君がきた時の温度を売ってください 流れ落つグラスの汗もそのままにやがては昏き恋のみずうみ さよならと言葉にすれば掴めないさ よ な ら の間隙は透明 2024年の12月は、調子が悪いなんてもんじゃなくもうメンタルが稀に見る悪さで、本当に辛い月でした。 いろんな人がいろんな場所からいろんなことを言う、その調整に明け暮れて、いや仕事の話なので

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月々のうた:2024年11月

ひび割れた歌そらんじて唇が花になる日を待つ霧の中 わたしへの招待状の色をして銀杏は君の胸に止まれり 君だけが秋桜ほどの丈のまま影を連れずに歩く小春日 前髪をわざと切りすぎ防御力下げた私の嘘を見抜いて 砂の城にも寝室をこしらえて白い窓からふたり入った どうにも調子のでない11月だったのですが、改めて見返してみると「なんからしいな」という歌が多くて驚きました。 らしさ、というものがどこから由来するのかはわかりませんが、でも自分なりに自分の「らしさ」の、なんとなく物差

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月々のうた:2024年10月

寝息には甘さがあって部屋の中いくつも浮かぶきみのマシュマロ ご利用が計画的でつまらないひとと海など一緒に行くか 木犀をあびては愛の集積を放つラブホの室外機たち 真夜中の平行世界くちびるが他のあなたを感じとったら 傷ついたダイヤを融かす温度帯あなたを迎え容れては腐敗 だいたい1ヶ月で30首、というのがざっくりの発表ペースであるらしい夏野です。 作る方で言うと突如的にアップするsuiu、ネプリ企画への参加、noteの短歌日記、いちごつみ、実は一番多いと思われる出すアテ

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連作短歌

連作、というほど大げさなものではありませんが、連なりの中で表現したものたち。だいたい思い立って一気につくります。

連作短歌:夜空、トナカイの黒い森

やりがいを報酬としてトナカイを誘うサンタの髭の蠢き 明るくて笑顔の絶えない職場です赤鼻優遇深夜勤有 家族なし趣味なし特技赤い鼻御社事業に共感し志望 夜空から故郷は黒き森の海ジングルベルのリストは嫌い 星空を走ればきっと母さんに会える、ほんとの橇ひく理由 昨年、2023年の12月に「きりさめ歌会」に参加した時の5首連作です。 テーマはクリスマス。いろんな歌人さんによるクリスマスの情景がたくさん並んで、ちょっとしたパーティー気分でした。あれから1年近く、今年ももうすぐ

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8首連作短歌:父を送る

ラジオよりデスペラードの流れをり瞼は父を夏に閉じ込め 帰宅せし動かぬひとの白きかお撮りて見もせず削除もできず 抱き締めていいかわからず頬骨を指でなぞれば日々と日々、日々 保険より服だったんだあのひとの背広が次から次と出てくる シャンとしたひとだったよね、叔母さんの言葉で着せた最期のスーツ こんなにも話しかけたことはなかった返る言葉もないというのに もう食えぬ人をば送るサラチキを齧るごめんよ腹が減るんだ ああ寝てる寝てるラジオをつけたまま知らんぷりする目覚めない

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連続短歌:エモーショナル禁止令、のときの3首です

2024年の夏、エモーショナル禁止令のハッシュタグとともにリリースされたネプリに参加しました。 総勢88名、とにかく大勢の方のエモ禁短歌が読めるというすごいたくらみでしたよね。 そのエモーショナル禁止令、既に出力期日もだいぶ過ぎたところで夏野の3首をおさらいする次第です。 エモ禁と一言で言っていますが「何をエモと捉えるか」については各人でフォーカスするポイントが違います。その様々なアプローチが楽しい。私はこんな感じでエモを解釈して臨みました。 んで、以下の3首ですね。 ま

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連作短歌:最高に最低な朝がくる

公園をきれいにゴミはもち帰りましょうこぼした痛みを拾う チューハイは91パーセントぶん素面を飲ませるから嫌いだよ 半額の寿司が飛び散る床のうえ朝の陽は元死体らに降る 鋼鉄の屋根に守られ雨つぶに祝福されず死にゆくミミズ かなしみは握った中にツナマヨを入れたら咀嚼できる程度さ メンタルが落ち窪んで、嫌なことや避けがたい悲しい出来事が次々と起こり、そうして迎える週末にはせめて早起きして空気の良い場所でのんびりして整えよう、と思っていた矢先の金曜が歴史に残るほどのひどい夜

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写真と短歌

ひょんなことからやってきたGR Digitalというオールドコンデジで日常の写真を撮りながら短歌詠んだりします

足音の来し夕べを忘れ得ずひかりをためるネコジャラシたち

写真と短歌(5) 足音の来し夕べを忘れ得ず ひかりをためるネコジャラシたち 人類が滅んだような 午後の終わり 最後のセミが鳴いて もうここには来ない靴音を 確かに聞いたんだ 遠い遠い熱帯に生まれた ゆるやかな風が 落とし物ひろうみたいに 夕焼けの粒のなかへ音は 彼らも聞いたろうか

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夏の陽に桜は眠る樹液へとやさしく春を湛え夢みる

写真と短歌(4) 夏の陽に桜は眠る 樹液へとやさしく春を湛え夢みる 年にいちど、花の咲く頃に あぁこの木は桜だったのだな、と思い 散るとそれも忘れてしまう そうして一年、でも彼女は生きている 耳をつけると聞こえるでしょう 春の湖水をたたえた音 目覚めるのを待っている音が

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空にまだ届いていない夏草の背伸びみたいな横顔といる

写真と短歌(3) 空にまだ届いていない 夏草の背伸びみたいな横顔といる 夏草の逞しさが眩しくて ときに目をそらしたりする 天に向かって命を尽くす でも届かないのも 知っているだろう彼ら その名前を私は知らない

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湧き立ちてやがては雨となる雲の白を刻んで言うさようなら

写真と短歌(2) 湧き立ちてやがては雨となる雲の 白を刻んで言うさようなら 朝に湧いてくる雲は 自分がこののち嵐になると知らない いちにちの始まりに まだ眠る私の上をのんびりと のんびりとただ通り過ぎながら なんにも知らないんだよね 雲も、私もさ

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